異世界カボ屋の覚え書き

tamamushi_k

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魔酔いの森

第五十九話

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 幸いなことに、休日に登りに行った山で、熊を見る機会はなかった。
 猟師からは、太めの黒い大型犬をイメージすれば良いって聞いてたけど……。

「あ、あれが……熊……!?」
「ええ、相当大きい個体よ! こんな場所で見掛けるやつらじゃないわ」

 二メートルを軽く超えたがっしり体型。
 見える範囲で三頭が立ち上がって、黒い壁が出来たようだ。

「う、動かないのは、なんで?」
「さあ? 怯えて逃げ出すところを弄びたいとか?」

 黒に近い紫色の濁った目には感情が見えない。
 ただ見てるだけのような、それでもこっちが動けば、面白半分に攻撃してきそうな嫌な目だ。

「レン……。やっぱり、ウナと合流する……?」
「え? もう終わったわ」

 ケレンが振り返ったのに合わせて、一匹が「ヴオッー!」と野太い威嚇の声を上げた。
 僕は身が竦むほど恐怖したのに、ケレンは涼しい顔で竹の中に入ってきて、僕の横にピッタリしてる……。

「いつもなら、聞く前に教えてくれるのに……?」
「一緒に見た方が楽しいわよ!」

 いくら猛獣を捕食するこの竹でも、あの巨体に体当たりされたら、一溜まりもなさそう……。
 射出印章で迎撃準備しようとした僕の手を抑え、ケレンが「あいつらの足下に集中して」と言った。

「なにこれ……、凄い! 熊の場所だけ凍土だ! これ、もう動けないんじゃ……」
「面白いでしょ? 下の温度を下げると、上の密度が高くなるって知ってた?」

 全く知らなかった……。
 熊が体を動かそうとする都度、凍っていくようだ。

「いつの間に?」
「着いた時にね。冥女はとどまった場所を浸食できるのよ」

 確かに、この辺り一帯が、ケレンのテリトリーと化してる。
 猪だって何時でも仕留められる感じだし、熊を凍らせる方法にしても、次元が違い過ぎる……!

「このレンの急成長は、今までの積み重ねがあったからなんだろうね……」
「なに急に? 言ったでしょ? 今の私はノルがいるからよ。ラニもウナもアイギス様もね」

 ケレンが視線で促した先に、獅子を表にした「魔神器アイギス」を構えるケウナが見えた。
 ケラニは樹上を移動して、猪の背後を取るつもりらしい。

「二人とも単独で仕留める気ね。ノルに良い所を見せたがってるんだから、見逃しちゃダメよ!」
「う、うん」

 先にケラニが動いた。
 猪の背後ではなく、真上辺りで「魔神器ハルパー改」の柄を片手で持ち、片手を峰に添えて飛び降り、猪の頭を落とした。

「凄い切れ味!」
「ラニは武器を変えたのかしら……?」

 ケレンは、鎌がアップグレードした経緯を知らなかったので教えてあげた。
 その間に、ケウナが獅子の角を突き刺して背後に投げ、仰向けになった猪の頭を鍬の刃先で落とした。

「ウナらしい豪快な戦い方! キャンプの時も、ああやって投げてたんだね」
「私は、あの二人を見て、戦うことは諦めたわ……」

 僕にも無理だな……。
 素早いケラニにも、力強いケウナにも成れる気がしない。

「そう考えれば、私達って、こうやって安全な場所から、援護射撃するのが理想よね……?」
「うん。危なくなったら、あの二人も逃げ込める場所があると良いね」

 巨大な煙突を作れるケレンなら、櫓も作れてしまうだろうから、思い付く範囲を伝えてみよう。
 まず、耐久性と持久性、出入りしやすく侵入されない構造、投擲または上空からの攻撃に対する備え、あとは……。

「ちょっと待って! 流石に全部を備えるのは無理よ!」
「確かに。その時の敵と地形に合わせるのが確実だね。じゃあ、遠距離から攻撃されたら……?」

 弓矢や投石程度なら問題ないそうだ。
 冥女ケレンは、自分の鼓動を勾玉で増幅させ、任意の範囲に氷を展開できるのだとか。

「今も、私とノルを囲んでる……っていうか、歩いてる時からそうしてたのよ」
「それは凄い! 空気を操る所まで辿り着いたんだね! それに、いつも僕を守ってくれてありがとう」

 彼女たちとの良好な関係を維持する為にも、褒める所は徹底的に褒め、感謝の言葉も惜しまない様にしたい。
 それが、これまでの彼女たちに圧倒的に足りなかったものだとも思うから。

「二人とも、いちゃついてる場合じゃないです! 熊が全滅してたので、猪を凍らせて欲しいです!」
「ああ、そう言えば、熊は私が仕留めてしまったわ……。猪も血溜まりごと凍らせたから十分でしょ?」

 ケラニとケウナが唖然とする程、冥女術は理外のものらしい。
 その二人とアイギスさんを労ってから、猛獣熊について聞いてみた。

「ノ、ノルのコートは、つ、次の熊で作る!」
「うん! ありがとうウナ! 急がなくて大丈夫だよ」

 あれは、解体以前に、解凍に時間が掛かりそうだからね。
 食肉用の冷凍庫で凍死すると、あんな感じになってしまうかも……。

「自分は、村の方角から逃げてきた熊と思ってたですが、西の森に生息する熊と確認したです」
「それなら見たこと無いのも納得だわ。向こうでも何かあったのかしらね……?」

 西と言えば、プシカリウス自治区の辺りかな?
 西回りに進んだアーヤ達とは無関係と思いたい……。

「その熊らは、親子に非ず。大群ホードの兆しと見ゆ」
「他にも、群れクラウドがいるかも知れないんですね……?」

 ケレンによれば、この近辺では確認できないものの、やはり西側で小型猛獣の移動が活発だという。
 極力戦闘を避けるには、東の浅瀬を渡って北上するのがベストで、ついでに、ケレンの姉弟子が消息不明となった場所を調べたいそうだ。

「私に子細ぞなし」
「僕も」
「自分もです」
「わ、わたしもだ」

 全員一致で、浅瀬を渡ることが決まった。
 出発する前に、血の池の謎を説明したら、アイギスさんが一番面白がって、ヘビでヘマタイトの小石を採取していた。
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