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9話

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 怒涛の会話のあと、すぐに人が来たため俺と春風はそそくさと何事もなかったかのように自分の席へと座る。
 俺は自慢のポーカーフェイスで乗り切ったのだが、春風はそうもいかなかった。
 耳が少し赤いし、俺と目があった途端にそらす。
 ん? デジャブ。

 「なんか春風さん、お前のこと見てね?」

 例のごとく、俺に絡んできたケイヤ。
 今度は白海のときとは立場が逆になって聞いてくる。

 「イヤー、キノセイジャナイカー」

 「なんか棒読みじゃね?」

 「き、気のせい、気のせい」

 じー、っと見てくるケイヤ。
 俺はその視線に何だか居たたまれなくなり視線をそらす。

 「ハァ。聞かないどく」

 「え?」

 ため息を吐いてそう答えたケイヤに俺は、反射的に驚いてしまう。

 「聞かれたら不都合あんだろ? だったら聞かないどくよ」

 「助かるよ」

 さすがイケメンだ。
 対応もイケメンである。
 瞬時に相手の表情を見抜き、寄り添って対応をする。
 そんな芸当ができるケイヤには尊敬しかない。

 「お前やっぱいいやつだなぁ……」

 しみじみと呟く。
 ケイヤはそれに少し顔を赤くして慌てる。

 「べ、別にお前のためじゃないからな! じゃあな!」

 そのまま教室の外に走り出してしまった。

 生憎だが、男のツンデレは一定以下にしか需要はありません。

 ……ところで最近は教室の外に走り出すのが流行っているのだろうか。
 もうすぐホームルームが始まるけど、俺は面倒くさくなってケイヤは呼び戻すことをしなかった。

 酷い? いや、前の仕返し。

☆☆☆

 俺は男のツンデレを見たあと、すぐにホームルームが始まった。
 担任はなかなか美人。
 だが……怖い。
 よく整った顔に、切れ長な瞳。
 その目で睨まれると、体がすくんでしまう。
 ある意味俺と同類みたいなものだが、俺とは違い先生には美人という武器がある。
 それもあいまって、一部生徒からは人気を得ている。(ドM限定)

 「ホームルームを始めるわよ。さっさと席に着きなさい」

 少し棘を持った声に慌てて座るクラスメート達。
 それを見て少し満足そうにし、先生はホームルームを始めた。

 「まずは連絡だけど──」

 先生が連絡事項を話す。
 俺はそれを頭の中で流しながら、昨日今日、あったことを反芻させる。
 白海のこと、春風のこと。
 短い期間で衝撃なことが多数あった。
 未だに白海のことはよくわかっていない。
 彼女はいつも通り澄ました態度で座っている。
 昨日目が会っていたのはやはり気のせいだったのだろう。
 その証拠に、今日は一切こちらを見ようとしない。

 「──はい。それじゃあ終わり。今日も頑張りなさい」

 ボーッとしていたらいつの間にかホームルームが終わってしまっていた。
 さて、授業の準備をしようとしたとき、隣から声がかけられた。

 「なんかボーってしてる」

 淡白だが心配してくれていると知っている。
 それは、隣の席にいる女子だった。

 「あぁ。ちょっと眠たかっただけだから気にしないでくれ。宵闇」

 「そ、ならいいけど」

 宵闇と俺が呼んだ女子生徒は、もう興味が無くなったと言わんばかりに目線を外し、席を立つ。
 そんなボーッとしてただろうか。
 普段彼女から自発的に話しかけられることはない。
 そんな彼女が俺に話しかけるというのはきっと相当だったのだろう。

 その後、何事もなく授業が進んでいった。
 俺が通っている学校は進学校で、授業に関してはとてもわかりやすい。
 ただ、7時間授業がとてもめんどくさい。
 1コマ45分であるが、授業自体が1日に7回もあることがめんどくさいのだ。

 俺は四時間目が終ったタイミングでうーんっと腕を伸ばす。
 四時間目が終われば昼食のため、一時間の猶予が与えられる。
 これは昼休みも兼ねている。
 いつも男子たちは昼飯を急いで食べ、昼休みの間解放されている体育館でバスケをする。青春っすね。
 なお、俺にはバスケを一緒にやるような友達はいないので、いつも教室でスマホを弄っているか、図書室で本を読むかの二択だ。悲しい……

 昼飯はたまにケイヤと食べるがだいたいは一人だ。
 教室で一人だと、なんだか居心地が悪いため、中庭か、これまた図書室で食べている。
 ちなみに学食は無い。弁当忘れたらThe Endだ。俺は自分で作ってるから、忘れることはないが。
 今日はどっちで食べようかな、と考えていると、ふいに俺の肩がつつかれた。

 「あの……」

 振り返ると、そこには伏し目がちな白海がいた。
 いつもの澄ました無表情ではなく、手はモジモジしていて顔は少し赤い。
 それに、まるで言いたいことがあるけど、言えないかのように口をむにむにしている。

 白海のそんな表情に疑問を抱きつつ、返答する。

 「どうした? 何か用か?」

 「その、一緒にご飯食べないかしら?」

 その発言に、昼食で盛り上がりざわついていた空気が、別の意味でざわつく。

 「おい! 今白海様が昼食に男を誘ったぞ!?」

 「え、まさかあの二人付き合ってんの!?」

 「いや、それはないだろう。狭山だぜ? あんな陰キャと付き合ってるわけないだろ」

 「だよな。大方、人に聞かれたくない用事でもあるんだろうよ」

 「「それだ!」」

 と、勝手に結論に至っていた。
 言ってることは酷いが、目立ちたくない俺にとってはありがたい。

 ありがたい……が心が痛い……

 クラスメートたちのざわめきに気付いてないのか、頬を赤くしたまま俺の顔を不安げに見る。

 「あ、あぁ、いいよ。どっか別のとこで食べようぜ」

 「ええ。ありがとう」

 少し顔を綻ばせる白海。

 「じゃあ中庭行くか」

 「いいわよ」

 そして移動する。
 中庭は体育館一つ分くらいの大きさがある。
 そこには花壇や、木がそこそこ植えられている。
 さらには結構な数のベンチがある。
 これだけ設備が良いと、人が多そうだが、実際はまばらだ。
 理由は簡単。
 教室から中庭までが少し遠いのだ。
 階段をいくつか登り降りし、廊下を歩かなくてはならない。
 そのため、生徒の大半は教室で食べる。

 俺と白海は中庭の一番目立たない端っこに、並んで座る。

 「それで……どうしたんだ?」

 わざわざ白海が呼び出したのだ。
 余程のことがあったのだろう、と思い、聞く。
 だが、

 「え?」

 と不思議そうにした。

 「え?」

 俺はそれに同じえ? で返してしまう。

 「え?」

 それにまた白海がえ? と聞き返すカオスな状況になった。

 「何か用があったんじゃないのか?」

 「別に用が無かったら一緒にご飯食べちゃいけないの?」

 ふいっとそっぽを向く。
 ちょっと怒っているようだ。
 俺は白海の言葉を考える。
 ……つまり何も用事がなくて、ただ一緒にご飯食べたいってことか?
 いやいや、まさか……でも言葉を聞くとそうなるよな……?

 「つ、つまり俺と一緒に食べたかったってこと?」

 自分で考えてもわからないため、本人に聞く。
 それに顔を赤くして、聞き取れないような小さい言葉で言った。

 「そ、そうよ」

 「ソ、ソウデスカ」

 俺も顔を赤くしてしまう。
 というより湯気が出てしまいそうなくらいだ。

 「…………」


 「…………」

 無言になってしまった俺たち。

 「「あのっ!」」

 この無言を打破しようと声をかけるも、白海と被ってしまう。
 考えていることが一緒だったようだ。

 「「…………」」

 また無言になってしまう。なんだこのラブコメ漫画にありそうな雰囲気は。
 どうにも居心地が悪い。
 あんなことがあった後だ。何を話せばいいのやら。
 あの時は気を利かせてもらい、本題から話すことができた。
 だが今は、本題そのものが無いため、話題を提供して話さなければならない。
 こういう時に経験が物を言うのだろうが、その経験が残念ながら無い。

 「その……」

 先にこの無言を破ったのは白海だった。
 それに少しホッとする俺。

 「なんだ?」

 「実は一緒に食べたかったってのも本当なのだけど……一番はお礼が言いたくて……」

 「お礼……? あの時のなら……」

 「いいえ。ちゃんとしたお礼をしていないもの。それを言いたかったの」

 被せるようにして言う白海。
 そして、姿勢をキチッとし、深々と頭を下げた。

 「ありがとう。私を助けてくれて」

 その言葉にはとても誠意が籠っていた。
 あれは……と言おうとしたが、この姿を見て言い訳がましいことをするのは無粋というものだろう。

 「どういたしまして」

 俺は彼女の誠意を受けとることにした。

 頭を上げた白海はどこかスッキリした表情をしていた。
 言いたいことが言えてよかったと言わんばかりの表情だ。
 そして、あっ、と思い出したような顔をした。

 「そ、それでね? お礼をしたいの。何か私にさせて?」

 ん? 凄いデジャブなのだが。
 このお礼。
 俺が渋っても春風と同じく譲らないだろう。
 そんな雰囲気がする。
 だが白海ならこれが使えるかも──

 「わかった。じゃあ考えとくよ」

 「ずっと保留はなしよ」

 ──無理でした。

 な、なぜ効かない……
 ま、まるで心を読まれてるみたいだ……

 「顔に出すぎなだけよ」

 「あ、そっか顔か……ってガッツリ心読んでる!?」

 お、俺の情報筒抜け……
 愕然とした表情をすると、白海がふふっ、と笑った。

 「さ、昼休みも終わっちゃうから食べましょ」

 と言いさくさくと食べる白海。
 その姿にどこか釈然としない俺だが、白海と言う通り昼休みが終わってしまうため、渋々食べる。

 ちらりと見た白海の顔はどこか楽しそうだった。
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