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18話

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 「な、なぜ……」

 なんで拍手をするんだ、と聞きたかったのだがその、圧倒的な威圧感に言葉が出なかった。

 場を支配した重圧とともに口を開く。

 「良いパフォーマンスだった」

 そしてフッと圧が消える。
 その瞬間、辺りからは「なんだ、パフォーマンスか」という声が聞こえてくる。

 「なんで信じるんだ」

 いくら『六道』の娘だといってもそこまでの権力は無いはずだ。
 現に許嫁にされていることからそれがわかる。
 しかも、なんだ? あの重圧は。

 ……さっきとは何もかも違いすぎる……

 そして、彼女はハイヒールの踵を床に打ち付けながら歩いてくる。
 カツン、という音が鳴り響く度に圧が増してくるような感覚がした。

 「改めて自己紹介をしましょうか」
 
 「何を……」

 どういうことだ。
 何がしたいんだ。

 「私の名前は六道 瞳。六道の現当主」

 「ッッ!?」

 冗談……ではなさそうだ。
 俺は彼女から三歩ほど後ずさってしまう。
 もし、彼女が当主なら、さっきの事は説明が付く。
 あの圧も、だ。
 
 じゃあ俺が話した当主とはいったい誰なのか。
 あの出来事はどういうことなのか。
 許嫁は嘘だったのか。

 疑問が疑問を呼び、頭の中でグルグルと渦巻く。

 「アナタの質問には追々答えてあげる。まずは座りましょ」

 俺を見てそう言う。
 彼女は近くにあった椅子を三脚持ってき、俺とジジイに座るように促す。
 俺とジジイは無言のまま従い座る。

 彼女も同様に椅子に腰掛け、俺とジジイ二人を見る。

 「そうね……アナタの質問に答えるわ」

 それを聞き、俺は考えた。
 聞きたいことは多数あるが、俺は今高校生としての立場で来ているわけではないのだ。
 『天笠』の人間として来ている。
 よって全てを聞くのは愚かな行為。
 つまり、状況を整理しつつヒントを頼りに正解を導くしかない。

 そうだな……まずは……というか確信を突こう。

 「あの茶番になんの意味が?」
 
 状況を整理すると、これは仕組まれたことだとわかる。
 最初から最後まで全て、だろう。
 恐らくジジイも演技してたに違いない。……多少本音もあったと思うが。
 それがわかってる俺は、それらの説明を省き、問う。
 してることはわかっても動機がわからない。
 あんなことをして何の意味があるというのだ。

 彼女は自力でそこまで推察したことに、ほぅ、っと感心をしていた。
 
 「あれは試練よ」

 「試練……?」

 試練……急に突飛な回答が聞こえたが。

 「そう。天笠との和平の試練」

 そういうことか……ならば許嫁というのも試練のうちか……
 もしそうなら試練はきっと不合格だろう。
 微妙に入った俺の私情とジジイへの不快感。
 いくら彼女を庇っても、その感情は言葉の 端々からわかるはずだ。
 俺のせいできっと不合格に──

 「合格よ」

 「え」

 俺は自分の耳を疑った。
 今……確かに合格と聞こえた……

 「なぜですか」

 俺は合格で安心するより、何故かという疑問の方が頭を支配する速度は早かった。

 「合格基準は簡単よ。許嫁を突っぱねること。簡単に従うなんて三流もいいとこだわ」

 そうか……なら確かに合格だろう。
 でも、俺は何か釈然としない。
 結果的に断ってしまったことに後悔はないが、微妙な気持ちだ。
 ジジイに言ったあの言葉は果たして彼女にとって正しかったのだろうか。

 だが、その正しさは彼女に肯定された。

 「でも、予想外よ。別に許嫁を断るなんて、ただ嫌だ、って感情だけで良かったのにワタシのことを案じて、とはね……想像以上よ」

 彼女のその言葉は、まるで俺の醜い感情を肯定されているようで。

 なんだか嬉しくなってしまった。
 
 これで一件落着──

 「あ、許嫁の件はありの方向ね」

 ──ではなかった。

 「は!?」

 思わず椅子から思いきり立ってしまった。
 どういうことだ。
 また何か企んでるのではないか……

 「ワタシこの腐った裏社会の考え方をしないアナタが欲しいわ」

 うん、すごい企んでる。
 確かに俺は裏社会の考え方をしていないだろう。
 これだけ密接に関わっても、考え方が変わらないのはひとえに俺の中に真っ直ぐとした一本の信念が宿っているからだ。
 俺はこの信念を曲げることはない。
 だから、

 「和平は約束してほしい。でも許嫁の件はダメです」

 こればっかりは俺も譲れない。
 許嫁なんて親族の鎖でがんじがらめにされ運命を呪われた者同士だと思っている。

 俺が断ると、少し拗ねた様子になる。
 俺は納得させるために本心を話す。

 「俺は他人に人生を決められたくありません。あなたには六道というしがらみに捕らわれず自由に恋をして欲しいですから」

 多分、俺とは背負ってるものの重さが違う。
 俺は特殊な家系にあろうと、一介の高校生。
 あっちは若くしてヤクザのトップである『六道』の当主。

 そんなしがらみに捕らわれてはいつか自分を見失ってしまうかもしれない。
 会ったばかりとはいえ、境遇を思えば応援したくなるものだ。

 彼女は少し考えている様子だった。
 そして、

 「わかったわ。許嫁の件はひとまず諦めるわ」

 俺はそれに満足し、うんうんと頷く。

 「そうですかよかったで……ん? ひとまず?」

 魚の小骨が喉に刺さったような違和感を感じた俺。
 ひとまずとはどういうことだ。

 「でも、最終的に諦めるつもりはないわ! 六道の名においてアナタを手に入れるわ!」

 ビシッと俺は指差し宣言してくる。
 頼むからそんなことで名をかけないでください……
 さらに、存在を忘れていた隣のジジイは俺にボソッと呟いた。

 「ヒュウ~もてもてじゃの」

 DA☆MA☆RE☆!
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