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一章
こわれた幸せ
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日の当たらない暗い奥の畳部屋にはほとんど人が寄りつかない。
家族はもちろん使用人でさえ、その部屋を訪れるのは食事を運ぶときくらいだった。
そこには吸血鬼の血を濃く受け継いで生まれた娘が閉じ込められている。
それが月夜だ。
媛地家の遠い先祖は吸血鬼であり、その血はずいぶん薄まっていたが、明治のこの時代に再び強い力を持って生まれてきてしまったのだ。
黒髪黒眼家系の媛地家に月夜は薄い朱華色の髪と紅い瞳というめずらしい容姿で生まれた。
両親は訝しんでいたが、それが決定的だったのは兄の光汰と庭で遊んでいたときのことだった。
その日は前日まで吹雪が続いたせいか、屋敷の庭一面が雪景色だった。
からりと晴れた空には雲が一つもなく、太陽の光が庭に照りつける。
空気が暖かく、雪はそれほど冷たく感じなかった。
月夜は兄の光汰とふわふわの雪を思いきり投げ合って遊んでいた。
ところが光汰は走りまわっているときに突如、足を取られて池の中に落ちてしまった。植木に覆われた雪のせいで池に気がつかなかったのだ。
光汰は転倒した際、腕と足に怪我をして流血してしまった。
池の水もかなり冷たいようで、彼は大声で泣き叫んで助けを呼んだ。
使用人たちが駆けつけるあいだ、月夜は泣いている兄を可哀想に思って、なんとか怪我が痛まないようにしてあげられないかと考えた。
そういえば、ついこのあいだ使用人の誰かが指を怪我して舐めていたのを目にしたばかりだ。
傷口を舐めれば痛みがなくなる、と月夜は思った。だから光汰の腕の傷口を、月夜は舐めたのだった。
大人がこうしていたから、月夜はそれを真似ただけだった。
光汰の傷口から血が止まった。どうやら痛みも消えたようで光汰は急に笑顔になった。痛くない、と言いながら月夜に腕を振ってみせる。
それを見た月夜も嬉しくなり、やはり大人たちはこうやって傷を治しているのだと学んだ。
それなのに、月夜の両親は褒めてくれるどころか、まるでおぞましいものでも見るかのように冷たい視線を向けたのだった。
「月夜、お前は二度と外に出てはならん!」
そのときの両親の顔を月夜は忘れたことがない。
月夜はまだ五歳だった。
突如として両親が冷たくなったことに、月夜は理解できず混乱した。
さらに太陽の光が降り注ぐ雪景色を目にすると、かつてのように感動することができなくなり、その美しさすら恐怖に変わった。
その日を境に月夜の人生は一変した。
屋敷の一番奥にある窓のない畳部屋に閉じ込められ、厳重な監視をつけられたのだ。
それ以来、人の目に触れることを禁じられている。
家族と食事をすることは許されず、それどころか厠へ行くのも監視付きだ。
月夜は誰とも話すことのない孤独な日々を過ごした。
たまに湯浴みをさせてもらうときに、通りかかった居間から家族の楽しそうな声が聞こえた。
普段はそれほど気にしなかったが、両親と兄と姉の会話を聞くと、無性に涙が出てくるのだった。
なぜ、自分は兄や姉のように両親とともに過ごせないのだろうと、不思議に思った。
最後に兄と庭で遊んだ日は、たしか家族みんなで食事をしたはずだ。幼い頃の記憶だが、月夜には家族との思い出がそれしかなかったので強烈に胸に刻まれていた。
楽しかったあの頃のことが、時折思い出されてつらくなる。
月夜はあるとき、父と話す機会があった。そのときに、なぜ自分は家族とともに過ごせないのか思いきって訊ねてみた。
すると父は無表情で答えたのだ。
「お前はおぞましい吸血鬼だ。穢れた血だから生まれてきてはいけなかったのだ」
月夜はそのとき初めて自分が人間ではないことを知らされた。
家族はもちろん使用人でさえ、その部屋を訪れるのは食事を運ぶときくらいだった。
そこには吸血鬼の血を濃く受け継いで生まれた娘が閉じ込められている。
それが月夜だ。
媛地家の遠い先祖は吸血鬼であり、その血はずいぶん薄まっていたが、明治のこの時代に再び強い力を持って生まれてきてしまったのだ。
黒髪黒眼家系の媛地家に月夜は薄い朱華色の髪と紅い瞳というめずらしい容姿で生まれた。
両親は訝しんでいたが、それが決定的だったのは兄の光汰と庭で遊んでいたときのことだった。
その日は前日まで吹雪が続いたせいか、屋敷の庭一面が雪景色だった。
からりと晴れた空には雲が一つもなく、太陽の光が庭に照りつける。
空気が暖かく、雪はそれほど冷たく感じなかった。
月夜は兄の光汰とふわふわの雪を思いきり投げ合って遊んでいた。
ところが光汰は走りまわっているときに突如、足を取られて池の中に落ちてしまった。植木に覆われた雪のせいで池に気がつかなかったのだ。
光汰は転倒した際、腕と足に怪我をして流血してしまった。
池の水もかなり冷たいようで、彼は大声で泣き叫んで助けを呼んだ。
使用人たちが駆けつけるあいだ、月夜は泣いている兄を可哀想に思って、なんとか怪我が痛まないようにしてあげられないかと考えた。
そういえば、ついこのあいだ使用人の誰かが指を怪我して舐めていたのを目にしたばかりだ。
傷口を舐めれば痛みがなくなる、と月夜は思った。だから光汰の腕の傷口を、月夜は舐めたのだった。
大人がこうしていたから、月夜はそれを真似ただけだった。
光汰の傷口から血が止まった。どうやら痛みも消えたようで光汰は急に笑顔になった。痛くない、と言いながら月夜に腕を振ってみせる。
それを見た月夜も嬉しくなり、やはり大人たちはこうやって傷を治しているのだと学んだ。
それなのに、月夜の両親は褒めてくれるどころか、まるでおぞましいものでも見るかのように冷たい視線を向けたのだった。
「月夜、お前は二度と外に出てはならん!」
そのときの両親の顔を月夜は忘れたことがない。
月夜はまだ五歳だった。
突如として両親が冷たくなったことに、月夜は理解できず混乱した。
さらに太陽の光が降り注ぐ雪景色を目にすると、かつてのように感動することができなくなり、その美しさすら恐怖に変わった。
その日を境に月夜の人生は一変した。
屋敷の一番奥にある窓のない畳部屋に閉じ込められ、厳重な監視をつけられたのだ。
それ以来、人の目に触れることを禁じられている。
家族と食事をすることは許されず、それどころか厠へ行くのも監視付きだ。
月夜は誰とも話すことのない孤独な日々を過ごした。
たまに湯浴みをさせてもらうときに、通りかかった居間から家族の楽しそうな声が聞こえた。
普段はそれほど気にしなかったが、両親と兄と姉の会話を聞くと、無性に涙が出てくるのだった。
なぜ、自分は兄や姉のように両親とともに過ごせないのだろうと、不思議に思った。
最後に兄と庭で遊んだ日は、たしか家族みんなで食事をしたはずだ。幼い頃の記憶だが、月夜には家族との思い出がそれしかなかったので強烈に胸に刻まれていた。
楽しかったあの頃のことが、時折思い出されてつらくなる。
月夜はあるとき、父と話す機会があった。そのときに、なぜ自分は家族とともに過ごせないのか思いきって訊ねてみた。
すると父は無表情で答えたのだ。
「お前はおぞましい吸血鬼だ。穢れた血だから生まれてきてはいけなかったのだ」
月夜はそのとき初めて自分が人間ではないことを知らされた。
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