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二章
はじめての食事
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人力車に乗り、町へ向かう。
屋敷に閉じ込められて育った月夜は町へ出かけたことがなかった。祖母や兄から聞く話で想像することは幾度かあったが、実際に目の当たりにするとそこは思った以上にまばゆい不思議な世界だった。
建物の壁は装飾が施され、どこか異国情緒を感じさせる。
周囲には和服に身を包んだ人々と、洋服を着た人々がすれ違い、その対照的な様子に独特の情景を作り上げている。
月夜はその光景に圧倒されながら、興奮に満ちて目を輝かせた。
「わあっ、本当に異国みたい。あっ、あれは何かしら?」
「あれは乗合馬車だ。大勢の人を乗せた籠を馬で引っ張るんだよ」
「すごい。こんな光景初めて。夢を見てるみたい」
月夜は通り過ぎていく馬車を見て感嘆の声を上げる。対する縁樹は興味もなさそうに義務的な説明を淡々とする。
「このあたりは西洋文化が進んでいる。洋食を食べたことはある?」
縁樹に訊かれて月夜は首を横に振った。
「お兄さまがたまにめずらしいお菓子をくれたけど……」
「じゃあ昼は洋食にしよう。俺の好みでいいなら」
「縁樹さんが好きならきっと私も好きだと思う」
月夜が笑顔でそう言うと、縁樹は真顔のまま目線だけそらし黙り込んだ。
到着した場所は煉瓦作りの建物で、看板には異国の文字が並んでいた。
店内には洋卓と椅子が整然と並び、洋装と和装の客が混在している。食器が軽やかに触れ合う音とざわざわした会話の音が混じり合い、異国情緒をより一層際立たせている。
店内に漂う美味しそうな匂いと目に映る華やかな料理も相まって、まるで別世界に足を踏み入れたような感覚だ。
月夜は緊張しながら案内された席に、縁樹と向かい合って座った。めずらしいものに目が行くため、周囲をきょろきょろ見まわしてしまう。
きらめく装飾照明や年季がかった骨董品に月夜は目を輝かせる。
けれど、なぜかそれらを見ると胸が熱くなり、わずかばかり切なくなるのだった。
「なんだか不思議。初めて見るのに懐かしい感じがするの」
「それは君が英吉利の血を引いているからだろう。英国文化に郷愁を感じるんだよ」
縁樹が当たり前のように言うと、月夜は驚いて固まった。
「わ、私……異国の人間なの?」
そんな話は一度も聞いたことがない。
驚く月夜に縁樹はさらりと告げる。
「媛地家は三百年ほど前に海を渡ってきたと聞いたことがある。この国は閉ざされていたから君の家は代々ひっそりとその血を継いでいたんだよ」
三百年とはまた気の遠くなるような話だが、もしかしたら縁樹にとってはそれほど昔ではないのかもしれない。
月夜が呆気にとられていると給仕の女性が来て、縁樹が何か料理を注文した。
周囲を見わたすと誰もが銀食器を使って食事をしている。
月夜は急に不安になり、おずおずと縁樹に申し出た。
「あの、私は箸しか使ったことがなくて……」
「大丈夫。簡単に食べられるものにしたから」
そう言って縁樹はかぶっていた帽子を脱いだ。
月夜はあらためて彼の素顔を見てため息をつく。自分と同年齢にしか見えないのに、これで百を超えているなどいまだに信じられない気持ちなのだ。
ふと周囲からひそかに嘲笑じみた声がした。
月夜がそちらへ顔を向けると、見知らぬ大人の男たちが嘲笑しながらちらちらとこちらを見ていた。彼らは煙草を口にくわえ、酒を飲んでいる。
彼らはにやりと笑いながら、からかうように声を上げた。
「餓鬼の来るところじゃねぇぞ」
「とっとと帰ってお寝んねしてな」
「親はどうした?」
月夜はどきりとして萎縮してしまった。
これほど多くの人と接するのも緊張するのに、あからさまに毒気のある言葉を投げつけられて急に怖くなったのだ。
縁樹とふたりきりのときは穏やかな時間を過ごしてすっかり忘れていたが、他人の目にさらされることに慣れていない。
屋敷に閉じ込められて育った月夜は町へ出かけたことがなかった。祖母や兄から聞く話で想像することは幾度かあったが、実際に目の当たりにするとそこは思った以上にまばゆい不思議な世界だった。
建物の壁は装飾が施され、どこか異国情緒を感じさせる。
周囲には和服に身を包んだ人々と、洋服を着た人々がすれ違い、その対照的な様子に独特の情景を作り上げている。
月夜はその光景に圧倒されながら、興奮に満ちて目を輝かせた。
「わあっ、本当に異国みたい。あっ、あれは何かしら?」
「あれは乗合馬車だ。大勢の人を乗せた籠を馬で引っ張るんだよ」
「すごい。こんな光景初めて。夢を見てるみたい」
月夜は通り過ぎていく馬車を見て感嘆の声を上げる。対する縁樹は興味もなさそうに義務的な説明を淡々とする。
「このあたりは西洋文化が進んでいる。洋食を食べたことはある?」
縁樹に訊かれて月夜は首を横に振った。
「お兄さまがたまにめずらしいお菓子をくれたけど……」
「じゃあ昼は洋食にしよう。俺の好みでいいなら」
「縁樹さんが好きならきっと私も好きだと思う」
月夜が笑顔でそう言うと、縁樹は真顔のまま目線だけそらし黙り込んだ。
到着した場所は煉瓦作りの建物で、看板には異国の文字が並んでいた。
店内には洋卓と椅子が整然と並び、洋装と和装の客が混在している。食器が軽やかに触れ合う音とざわざわした会話の音が混じり合い、異国情緒をより一層際立たせている。
店内に漂う美味しそうな匂いと目に映る華やかな料理も相まって、まるで別世界に足を踏み入れたような感覚だ。
月夜は緊張しながら案内された席に、縁樹と向かい合って座った。めずらしいものに目が行くため、周囲をきょろきょろ見まわしてしまう。
きらめく装飾照明や年季がかった骨董品に月夜は目を輝かせる。
けれど、なぜかそれらを見ると胸が熱くなり、わずかばかり切なくなるのだった。
「なんだか不思議。初めて見るのに懐かしい感じがするの」
「それは君が英吉利の血を引いているからだろう。英国文化に郷愁を感じるんだよ」
縁樹が当たり前のように言うと、月夜は驚いて固まった。
「わ、私……異国の人間なの?」
そんな話は一度も聞いたことがない。
驚く月夜に縁樹はさらりと告げる。
「媛地家は三百年ほど前に海を渡ってきたと聞いたことがある。この国は閉ざされていたから君の家は代々ひっそりとその血を継いでいたんだよ」
三百年とはまた気の遠くなるような話だが、もしかしたら縁樹にとってはそれほど昔ではないのかもしれない。
月夜が呆気にとられていると給仕の女性が来て、縁樹が何か料理を注文した。
周囲を見わたすと誰もが銀食器を使って食事をしている。
月夜は急に不安になり、おずおずと縁樹に申し出た。
「あの、私は箸しか使ったことがなくて……」
「大丈夫。簡単に食べられるものにしたから」
そう言って縁樹はかぶっていた帽子を脱いだ。
月夜はあらためて彼の素顔を見てため息をつく。自分と同年齢にしか見えないのに、これで百を超えているなどいまだに信じられない気持ちなのだ。
ふと周囲からひそかに嘲笑じみた声がした。
月夜がそちらへ顔を向けると、見知らぬ大人の男たちが嘲笑しながらちらちらとこちらを見ていた。彼らは煙草を口にくわえ、酒を飲んでいる。
彼らはにやりと笑いながら、からかうように声を上げた。
「餓鬼の来るところじゃねぇぞ」
「とっとと帰ってお寝んねしてな」
「親はどうした?」
月夜はどきりとして萎縮してしまった。
これほど多くの人と接するのも緊張するのに、あからさまに毒気のある言葉を投げつけられて急に怖くなったのだ。
縁樹とふたりきりのときは穏やかな時間を過ごしてすっかり忘れていたが、他人の目にさらされることに慣れていない。
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