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二章
しずかな威迫
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月夜がうつむいたまま肩を震わせていると、縁樹が冷静に言った。
「恐れなくていい」
「えっ」
「俺がいれば君が怖い思いをすることはない」
月夜が顔を上げると縁樹がまっすぐ見つめていた。
縁樹の言葉に少し安堵するも、月夜が周囲へ目を向けると彼ら以外の客もめずらしそうにこちらを見ていた。中には月夜の髪の色についてひそひそ話す者もいる。
月夜は周囲の視線に耐えられず、無意識に身を縮めてしまう。
すると、縁樹がやや強い口調で淡々と言った。
「事情を知らぬ者の身勝手な発言など耳に入れる価値もない。捨ておけばいい」
それを聞いた男のひとりが表情を歪めて立ち上がり、拳を握りしめながら声を上げた。
「てめぇ、餓鬼のくせに生意気なこと言ってると……」
男の勢いに月夜は驚愕し、恐怖のあまり戦慄く。
しかし縁樹が無言で睨みつけると男は目を瞠ったまま硬直し、そのままくるりと背を向けてしまった。
同席の男が怪訝な顔で訊ねる。
「おい、どうした?」
「帰るぞ」
「はあ?」
男たちは給仕が料理を運んできたというのに、それを無視してさっさと店を出ていってしまった。
呆気にとられる月夜に向かって縁樹がしれっとした顔で言う。
「口だけなら放置してやるんだが、手を出してくるなら別だ」
「縁樹さんが何かしたの?」
月夜がおずおずと訊ねると、縁樹はわずかに口角を上げた。
「ただ見つめてやっただけさ」
月夜がちらりと周囲へ目を向けると、誰もこちらを見ていなかった。というよりは、かかわりたくないという雰囲気だった。
縁樹が何をしたのか、月夜にはわからない。けれど、縁樹が先ほど言ったとおり、彼と一緒にいれば怖い思いをしないというのは本当のようだ。
縁樹が守ってくれる。手紙でしか知らなかった彼もずっと月夜の心を守ってくれた。
長いあいだ抱いていた彼の印象とはずいぶん違うものだったが、その優しさは手紙でしか知らなかったときと変わらない。
月夜はふと笑みがこぼれ、わずかに胸の奥が熱くなった。
「お待たせいたしました」
給仕の女性が盆に載せて香ばしい匂いのする料理を運んできた。鼻につんとくる匂いの正体はどろりとした茶色の液体だった。
それは白飯を半分覆うようにされており、月夜は自分の目の前に置かれたその料理を見ると、目を丸くして絶句した。
「カレーは初めて?」
縁樹に訊かれて月夜は黙ってうなずく。
「俺はこれが一番美味いと思ってる」
そう言って縁樹がひと口食べてみせるので、月夜はじっとその様子をうかがった。彼は特に妙な反応もなく黙々と食べているので、月夜も恐る恐るスプーンを握った。
「……いただきます」
銀のスプーンですくってみると茶色の液体がどろりと落ちた。匂いは悪くないが、色がなんとも気持ち悪く、食欲をそそられないのである。
月夜は目を閉じてぐっと息を止め、思いきってスプーンを口に入れた。すると、口の中に広がる初めての味に月夜は目を瞬かせた。
「美味しい!」
「そうだろう」
「こんなに美味しいものを食べたのは初めて」
縁樹は丁寧にスプーンを使って上品に食べている。なので月夜も見倣って不器用ながらこぼさないようにゆっくりと口に運ぶ。
あまりに遅いせいで縁樹は先に食べ終えてしまい、月夜は少し慌ててしまった。スプーンが銀食器にかちんと当たる音が響いて狼狽える。
すると縁樹は穏やかな口調で言った。
「ゆっくりでいい。誰も君の食事の邪魔はしない」
「ありがとう」
「恐れなくていい」
「えっ」
「俺がいれば君が怖い思いをすることはない」
月夜が顔を上げると縁樹がまっすぐ見つめていた。
縁樹の言葉に少し安堵するも、月夜が周囲へ目を向けると彼ら以外の客もめずらしそうにこちらを見ていた。中には月夜の髪の色についてひそひそ話す者もいる。
月夜は周囲の視線に耐えられず、無意識に身を縮めてしまう。
すると、縁樹がやや強い口調で淡々と言った。
「事情を知らぬ者の身勝手な発言など耳に入れる価値もない。捨ておけばいい」
それを聞いた男のひとりが表情を歪めて立ち上がり、拳を握りしめながら声を上げた。
「てめぇ、餓鬼のくせに生意気なこと言ってると……」
男の勢いに月夜は驚愕し、恐怖のあまり戦慄く。
しかし縁樹が無言で睨みつけると男は目を瞠ったまま硬直し、そのままくるりと背を向けてしまった。
同席の男が怪訝な顔で訊ねる。
「おい、どうした?」
「帰るぞ」
「はあ?」
男たちは給仕が料理を運んできたというのに、それを無視してさっさと店を出ていってしまった。
呆気にとられる月夜に向かって縁樹がしれっとした顔で言う。
「口だけなら放置してやるんだが、手を出してくるなら別だ」
「縁樹さんが何かしたの?」
月夜がおずおずと訊ねると、縁樹はわずかに口角を上げた。
「ただ見つめてやっただけさ」
月夜がちらりと周囲へ目を向けると、誰もこちらを見ていなかった。というよりは、かかわりたくないという雰囲気だった。
縁樹が何をしたのか、月夜にはわからない。けれど、縁樹が先ほど言ったとおり、彼と一緒にいれば怖い思いをしないというのは本当のようだ。
縁樹が守ってくれる。手紙でしか知らなかった彼もずっと月夜の心を守ってくれた。
長いあいだ抱いていた彼の印象とはずいぶん違うものだったが、その優しさは手紙でしか知らなかったときと変わらない。
月夜はふと笑みがこぼれ、わずかに胸の奥が熱くなった。
「お待たせいたしました」
給仕の女性が盆に載せて香ばしい匂いのする料理を運んできた。鼻につんとくる匂いの正体はどろりとした茶色の液体だった。
それは白飯を半分覆うようにされており、月夜は自分の目の前に置かれたその料理を見ると、目を丸くして絶句した。
「カレーは初めて?」
縁樹に訊かれて月夜は黙ってうなずく。
「俺はこれが一番美味いと思ってる」
そう言って縁樹がひと口食べてみせるので、月夜はじっとその様子をうかがった。彼は特に妙な反応もなく黙々と食べているので、月夜も恐る恐るスプーンを握った。
「……いただきます」
銀のスプーンですくってみると茶色の液体がどろりと落ちた。匂いは悪くないが、色がなんとも気持ち悪く、食欲をそそられないのである。
月夜は目を閉じてぐっと息を止め、思いきってスプーンを口に入れた。すると、口の中に広がる初めての味に月夜は目を瞬かせた。
「美味しい!」
「そうだろう」
「こんなに美味しいものを食べたのは初めて」
縁樹は丁寧にスプーンを使って上品に食べている。なので月夜も見倣って不器用ながらこぼさないようにゆっくりと口に運ぶ。
あまりに遅いせいで縁樹は先に食べ終えてしまい、月夜は少し慌ててしまった。スプーンが銀食器にかちんと当たる音が響いて狼狽える。
すると縁樹は穏やかな口調で言った。
「ゆっくりでいい。誰も君の食事の邪魔はしない」
「ありがとう」
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