烏の王と宵の花嫁

水川サキ

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二章

優しいいたずら

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 家では食事が遅ければたとえ茶碗に飯が残っていても膳を下げられてしまう。わずかな食べ物しか与えられないのに月夜が食事をする時間は限られていた。
 誰にも何も言われずに、美味しいものをゆっくり食べられる喜びを、月夜はじっくり噛みしめた。

 食事を終えた縁樹は月夜をじっと見つめていた。
 急に恥ずかしくなった月夜はうつむいて少し急いで食べる。

 すると縁樹がおもむろに言った。


「君は痩せすぎだからしっかり食べたほうがいい。その身体では妖力に潰される」 
「えっ……」

 縁樹が穏やかな口調のままそんなことを言うので、月夜は驚いて食事の手を止めた。
「どういうこと?」
「君の妖力は結構強い。だが、それに釣り合う体力がない。身体うつわが保てない状態になっているんだ。このままだと死ぬ」
「えっ、死ぬの?」

 呆然とする月夜に向かって縁樹は淡々と返す。

「だから今まで以上に食事をしっかりとってくれ。君が死ぬようなことになったら俺は香月さんに呪い殺される」

 縁樹は真面目な顔で話しているのに、月夜は少しばかりおかしくなった。

「縁樹さんは真面目な人なのね。おばあちゃんとの約束を忠実に守るなんて」
「あの人、怖いんだよ」
「え? 縁樹さんに怖いものがあるの?」

 先ほどのいざこざを冷静に対応した縁樹に怖いものがあるというのは信じられないが、少し照れくさそうに視線を横にずらす彼を見て、月夜は笑みがこぼれ同時に安堵した。


「嬉しい。縁樹さんと同じ。私もおばあちゃんが怖かったよ」
「言い直す。怖いんじゃない。面倒なんだ」

 縁樹はあくまで平静を保ちながら言った。
 月夜はふふっと笑い、それから急に襲ってきた切なさに胸の奥が痛くなった。

「おばあちゃんは怖いけど、優しいの。たったひとりだけだった。私を人間扱いしてくれたのは」

 祖母の最期の笑顔と言葉が頭に浮かび、月夜はわずかに涙ぐむ。すると縁樹は困惑の表情で月夜に言った。

「泣くな。どうせそのへんで見てる」

 月夜が周囲を見わたすと、変わらず客たちが食事をしながら談笑する光景が見えるだけだ。すると縁樹が話を続けた。


「香月さんは君が笑っていないと死にきれないだろう」

 月夜は涙を拭い、笑みを浮かべながらうなずく。
 そのとき、ちょうど熱い飲み物を持ってきた給仕の女性が縁樹に声をかけた。

「あらあら、女の子を泣かせちゃだめよ」

 縁樹は特に表情を変えることはなかったが、月夜がすぐに説明した。

「違うんです。彼がその、優しくて……」
「あら、嬉し涙だったのね」

 女性は黒い茶が淹れられた西洋茶器ティーカップを置くと、にこやかに笑って立ち去った。ふわっと湯気が立ち、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。

 月夜は未知の飲み物について再び縁樹に訊ねようとしたが、彼が先に答えた。


「珈琲だよ」

 そう言って縁樹はひと口飲んだ。
 それを見た月夜はほっと安堵する。

 縁樹が平気な顔をしているからこれも美味しいのだろう。そう思い、安心しきって珈琲を飲んだ。ところが月夜はひと口で眉をひそめ、思わず咳き込んだ。

「うっ……苦い」

 それを見た縁樹は「くっ……」と笑って顔を背けた。

「縁樹さん?」
「少し待って」

 縁樹はそう言って、給仕の女性に声をかける。

「悪いけど砂糖と牛乳を持ってきてくれない?」

 すると、彼女はすぐに頼んだものを持ってきてくれた。
 縁樹は月夜の珈琲にそれらを混ぜてスプーンでかき混ぜる。

「これで飲めるよ」
「本当?」

 疑念の目を向ける月夜に、縁樹はただ手を差し出し、飲んでみろと促す。
 たしかに珈琲は甘くまろやかになって、月夜の好みの味に変貌した。


「美味しい。でも、最初からこうしてくれればよかったのに」
「気がまぎれただろう」
「もしかして、私を笑わせてくれるために?」
「さあ、どうだろうな。俺は性格が悪いから」

 縁樹は腕を組み、不敵な笑みを浮かべながら目線をよそに向けた。


 彼は少しずつ、知らない表情を月夜に見せてくれる。ほとんど真顔なのに、たまに不機嫌そうにしたり、困惑の表情を浮かべたり、冗談を言って笑ったり、少し意地悪なことをしたり。

 性格が悪いなんて自分で言っても、月夜には真逆にしか捉えられなかった。
 だって、こうして一緒にいるだけで、楽しくてたまらないのだから。

 まったく愛想の欠片もないのに、縁樹は本当に太陽みたいに月夜を照らしてくれる。
 この幸せな時間が本物なのかどうか、月夜は疑ってしまうくらいだった。

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