烏の王と宵の花嫁

水川サキ

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三章

意外な再会

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 周囲を見わたすと、着飾った婦人たちが談笑する様子や大人の男性たちが酒を飲んで騒ぐ様子が目に飛び込んでくる。
 彼らの声が頭の中に響き渡る。月夜は人の多さに酔ってしまい、くらりと眩暈がした。

「どうしよう……」

 どくんどくんと鼓動が鳴る。
 今まで誰かがそばにいてくれたから平気だったたけで、ひとりになると急激に孤独と不安が襲ってきて震えが止まらなくなった。


「ねえ、君、どこのお嬢さん?」
「可愛いね。僕らとお話しない?」

 見知らぬ男性たちに声をかけられて、月夜は緊張しながら答える。

「え、えっと……知り合いがいるので」
「いいじゃない。楽しいところに行こうよ」

 震える月夜を見て、面白がって笑う人たち。


「なあ、いいだろう?」

 ひとりの男性に腕を掴まれた瞬間、月夜の恐怖心は頂点に達した。
 身体の奥から何かがわき立つような熱がじわじわ広がっていく。

 月夜の瞳が紅く光った瞬間、別の者が声をかけてきて気がそがれた。


「あなたは、あのときのお嬢さんではないか!」
「えっ?」

 振り返ったそこには、以前に一度だけ会ったことのある人物がいた。月夜の脳裏に蘇る、狂ったように悲鳴を上げる男性の姿だ。

「干野川、さん?」
「おおっ、僕のことを覚えていたのか!」

 月夜の腕を掴んでいた男性がちっと舌打ちした。


「なんだよ、男がいるのか」

 そう言って彼らは立ち去っていった。
 月夜はほっと安堵して、干野川に礼を言う。

「ありがとうございます。少し困っていたんです」
「あんな品性のない野郎どもは無視しておけばいいんだ」
「次から気をつけます」


 月夜は色白の彼の顔を見てどきりとした。その頬には月夜がつけた傷跡がくっきり残っているからだ。

「あのときは、本当にごめんなさい。顔に、残ってしまったんですね」
「ああ、この傷のことか。いいんだよ。責任を取ってくれれば!」
「責任……?」

 月夜が不安げに首を傾げると、干野川はにこにこしながら言った。


「この傷のせいで僕は縁談をしても令嬢に逃げられてしまう」
「……ごめんなさい」
「だから、あなたが僕と結婚すればいい」
「えっ……」

 月夜はどきりとした。
 干野川は両手で月夜の手をぎゅっと握りしめる。

 その瞬間、月夜の全身に鳥肌が立ち、ぞわっとした感覚が走った。
 縁樹が握ってくれたときとはまったく違う強烈な違和感が襲う。


「あの、放して……」

 月夜が手を引っこめようとすると、干野川はさらに力を入れて握りしめ、顔を近づけてきた。

「やはり美しい。あなたは僕の嫁にふさわしい。愛人ではなく正妻にしてやろう。どうだ? 嬉しいだろう」

 あまりに近くで言われて月夜は一歩後退した。干野川は笑顔だが、どこか不自然で、先ほどの男性たちとあまり変わらないように思える。


「ごめんなさい。私はあなたに嫁ぐことはできません」

 はっきりとそう告げると、干野川は急に表情を歪めて月夜を睨むように見下ろした。

「あなたは以前も僕の求婚を断ったね?」
「あのときは、姉があなたの婚約者だったので」
「それならもういいだろう。僕はあなたの姉との縁談をやめたんだ。責任を取れ」
「そんな……」

 脅しのような干野川の発言に、月夜は困惑し絶句した。


「まあ、あれは干野川の……」
「また令嬢に言い寄っているのね」
「あの子、可哀想にね。誰か助けてあげたら?」

 周囲から同情するような声が飛び交う。しかし、それらはすべて空虚なもので、所詮は他人事。誰もがただ傍観しているだけだった。

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