烏の王と宵の花嫁

水川サキ

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三章

からすの力

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 縁樹がくるりと振り返り、干野川を真顔で見つめた。そして再びにやりと笑う干野川に向かって彼が静かに訊ねる。

「何か用?」
「んなっ……ふざけるなああっ! この烏があああっ!」
「うるせえな。いちいち怒鳴るなよ」

 縁樹がめんどくさそうに返す。


「貴様の婚約者が僕の腕に傷をつけた。謝れ!」
「ああ、悪かったな。治療代を送ってやるよ。お前の家に」
「そんなふざけた謝り方があるかああっ!」
「だから、いちいち叫ぶなよ。お前の声は不快だ。耳が腐る」
「んな、なんだとおおっ!!」

 月夜は呆気にとられて目を丸くしたまま縁樹を見つめた。彼は本当にうんざりした表情を干野川に向けている。
 激昂した干野川は縁樹を指差しながら周囲に向けて高らかに叫んだ。


「見ろ。この醜態を! 没落した烏波巳家の当主が今さら社交界に出てきて化け物みたいな女を娶ったらしいぞ!」

 縁樹は「没落してない」と冷静に反論する。
 すると干野川は口から長い舌を見せながら「いひひっ」と笑った。

「一族が分裂した烏波巳家の噂はみんな知っているだろう? 特に本家は妖力をほとんど失って今や無能に近い存在だ。過去の栄光にすがって偉そうにしているのも今のうちだ。すでに僕の家が貴様の家より格上。どうだ? 悔しいか? この腐れ烏め」

 勝ち誇ったように語る干野川に縁樹は真顔でさらりと返す。


「どうでもいい」

 干野川はあんぐりと口を開けてぱくぱくさせた。
 そんな彼を放置して、縁樹は再びくるりと背中を向けるとそっと月夜の肩を抱いて声をかけた。

「いろいろ事情がある。ちゃんと説明する」

 月夜は微笑みながらうなずく。
 しかしふたりの背後にいる干野川は真っ赤な顔で睨みつけていた。彼の腕には蛇皮の模様が浮き、口からは鋭い牙がむき出しになる。


「今ここでどちらが格上かはっきりさせてやる」

 干野川はそう言って、縁樹に向かって襲いかかってきた。
 周囲から「きゃあっ」と悲鳴が上がり、月夜が振り向くと目をぎょろりとさせた干野川がすぐそこまで迫っていた。

「縁樹さん」
「大丈夫」

 縁樹は怖がる月夜の耳もとでそっとささやき、そのあと背後に襲いくる干野川に向かって右手をまっすぐかかげた。

 干野川の顔が黄金にまばゆく染まり、一瞬のあと彼はかなり離れた壁に激突した。干野川は「ひぎゃっ!」と悲鳴を上げると、そのまま床に崩れ落ちて気絶した。


「ああ、悪い。敵意を向けられたからうっかり。俺にやられた分も一緒に治療代を送っておくよ。お前の家に……って、聞いてないか」

 まったく悪びれた様子もなく淡々と語る縁樹に月夜は呆気にとられた。
 周囲はざわつきながら、口々に言い合う。

「やはり烏波巳さまのお力は健在ですな」
「最近の干野川家は調子に乗っていたからいい気分だ」
「さすがは烏波巳さま。この国の太陽ですわ」

 周囲の誰も干野川を助けることはなく、声をかける者もいなかった。
 そのあと、月夜は無事にメアリーと会えた。彼女は他の人と話をしているあいだに、月夜を見失ってしまったらしい。


「ごめんネ! 本当にごめんなさい!」

 メアリーが何度も頭を下げて謝るので、月夜は逆に申し訳ない気持ちになり、慌てて彼女を制止した。

「大丈夫よ。縁樹さんが助けてくれたの。私ももっと気をつけなくちゃいけないと思ったわ」
「ツキヨ、初めてのパーティなのに、アタシ失敗」
「そんなことない。メアリーと出会えて本当に嬉しかったもの」
「アタシもうれしい! ツキヨ、アタシの大事な友だち」

 メアリーは涙ぐみながら月夜に抱きついた。
 月夜はもう驚くこともなく、冷静にメアリーを受けとめる。


 これまで、こんなに自分のことを案じてくれる人に出会ったことなどなかった。メアリーが口にした友だちという言葉が月夜の胸の奥にじんわりと沁み込んでいく。

 そっと縁樹に目を向けると、彼はほんの少し口角を上げて静かに微笑んでいた。
 その優しい表情を見た瞬間、月夜の目頭は急激に熱を帯びた。

 月夜はメアリーの背中に腕をまわし、ぎゅっと抱きしめて泣いた。

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