烏の王と宵の花嫁

水川サキ

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四章

てがみのこと

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 香月が月夜との縁談を勧めてきたのは、月夜がまだ十歳に満たない頃だ。
 縁樹は香月から月夜の家での状況を伝えられていたが、その頃の彼にはどうすることもできなかった。

 夜になれば縁樹の妖力が落ちて月夜はなんら問題なく生活できるだろう。しかし昼間の烏波巳家は月夜にとって実家よりも地獄であり、命の危険もある。

 香月がずっと探している月夜の妖力を制御する方法が見つかれば、幾分か負担は少なくなるはずだ。
 それが見つかるまでどうにか月夜に生きのびてもらわなければならない。そこに特別な情はなく、ただお互いに都合のいい縁談を成立させるためのもの。


 そんなときに香月が提案したことは縁樹が手紙を書くことだった。

 香月のその案は月夜を励ますことの他に、縁樹に対する抵抗感を抱かせないためにもなる。
 長年手紙を送ってきた人物との縁談なら、月夜はすんなり受け入れられるだろうから。

 そのような合理的な理由で、縁樹は月夜に手紙を書いた。
 縁樹は義務感で手紙を送ったが、月夜からの返事は驚くほど純粋なものだった。


 からすさん、はじめまして
 あなたからのお手紙と贈りものを受けとりました
 ありがとうございます
 あなたはわたしにとって、かみさまです
 うれしくて、とてもしあわせです
 生きててよかった


 十歳の少女のまっさらな心で書かれた直接胸に響く言葉は、縁樹の心に罪悪感を抱かせた。
 こちらはただ取ってつけたような飾りの言葉を綴っただけなのに、それを信じて純粋な気持ちで返事をしてきたのだ。

 この年齢ならそれも当然だろう。縁樹もわかっていたが、次の手紙は少し考えてから書くことにした。
 ところが、気持ちをこめて手紙を綴ろうとすると、とたんに書けなくなる。縁樹は何度も下書きをしては破棄するということを繰り返していた。


「なんで俺がこんなことを……」

 文机の前で書き損じた紙をくしゃくしゃに丸めて背後に放り投げると、畳の上は同じような紙くずがたくさん転がっていった。

 手紙は苦手だった。
 一族の公的な書類を綴るくらいなら無感情でできるが、手紙というのが難である。しかも相手は雪のように純白で心に穢れのない少女だ。

 飾り立てた言葉を並べるだけでいいはずなのに、縁樹にはそれができなかった。
 なぜなら月夜は年齢を重ねるごとに、手紙が洗練されてきたからだ。


 彼は月夜がどんな姿をしているのか知らなかった。香月が言うのには異国の人形のように肌が白く美しい容姿をしているらしいとのこと。
 縁樹は月夜の姿が見てみたくなり、何度か昼間に媛地家の周辺をうろついていたが、その機会はなかった。香月の言うとおり、月夜は誰も会えない暗い奥の部屋に閉じ込められているのだろう。

 月夜をこの屋敷から解放する手段はたった一つ。彼女の妖力を制御する方法を手に入れて適齢期に縁談話を持ちかける。

 ところがあるとき、縁樹に月夜の姿を見る機会が訪れた。
 それは月夜が十四歳の頃のことだ。

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