烏の王と宵の花嫁

水川サキ

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四章

姉の覚醒

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 ざあああっと雨の音が耳に響く。
 窓のない部屋で育ったときは外の景色を見聞きすることができなかったので、不思議な感覚だった。

 雨の音は心地いい。けれど月の出ない夜は不安だった。
 月夜は布団にくるまって眠りにつこうとしたが、妙に胸がざわついて寝つけなかった。

 幼少期に初めて暗い部屋へ閉じ込められたときのような恐怖感が襲ってくる。あのときは自分が死んでしまうのではないかと思った。今はひとりではないのに、なぜか怖くてたまらない。


 ようやくうつらうつらとしてきた頃、冷たい気配に目を覚ました。
 風がないはずなのに、蝋燭の灯りが勝手に揺らめいている。

 次の瞬間、布団に横たわる月夜の眼前に、暁未の姿が飛び込んできた。


「お、お姉さま?」

 月夜はまったく気配に気づけなかった。それどころか、暁未が障子を開けることすら気づかなかったのだ。
 暁未は真顔で突っ立っており、月夜を冷たく見下ろしている。その瞳は紅く、髪の色も薄く茶髪に変化している。そう、まるで月夜と似たような姿になっているのだ。

 月夜が慌てて身体を起こすと、いきなり暁未に肩を押され、布団に叩きつけられた。その衝撃で月夜は背中を打ち、身悶える。布団がなければ怪我をしていたかもしれない。それほどに、暁未の腕の力が強かった。


「お姉さま……?」

 薄明りの中で、暁未の腕がいつもより大きくなっていることに気づいた。
 これはやはり、能力の覚醒だ。今の暁未は五歳の頃の自分と同じ状態になっていると月夜は思った。

「は、放して……」

 月夜は力をこめて暁未の腕を振り払おうとするが、びくともしない。それどころか暁未に押さえつけられた肩がぎりぎりと痛んだ。
 暁未はにんまり笑みを浮かべて月夜を見下ろし、訊ねた。


「あら、月夜。髪が黒くなっているわね」
「え?」
「妖力を失ったのかしら。まるで人間のようだわ」

 蝋燭の灯りに照らされた自分の髪を見て、月夜は驚いた。昨日までは変わっていなかったのに、今はじわりと黒になりかけている。

「ふふっ、まるで運命があたしを選んだみたいだわ。あなたは無能な人間になり下がったのよ。もうこの家に必要ないわね」
「何言って……ぐっ……!」

 暁未は月夜の首をぐっと掴んで絞めつけた。
 苦しくなり、もがく月夜に対し、暁未は平然と笑っている。


「お、ねぇ……さ……」
「月夜、どうして生まれてきたの? あんたがいなければ、あたしが烏波巳さまのお嫁さまになれるはずだったのよ。おばあさまもきっと、あたしを選んだに決まっているわ」

 月夜は必死に姉の腕に爪を立てるも、皮膚が硬くて傷一つつかない。

「ねえ、月夜……どうしてあたしの邪魔をするの?」

 暁未は口角を上げたまま、不自然な角度まで首を傾げる。開いた口から牙が見え、舌が真っ赤に染まっていた。

 月夜は息苦しさにのたうちながら、ふと思う。昼間に兄の部屋へ駆けつけていた使用人たちのことを。
 兄が倒れたというのは病ではないのかもしれない。


「お、ねぇさま……おに、さまの、こと……」
「ああ、お兄さまは先に殺しちゃったわ」

 どくんっと月夜の鼓動が跳ねた。

「たっぷり血をいただいたの。だって、あたしは吸血鬼だもの」

 鼓動がどくどく鳴り響き、身体の奥が沸騰するように熱くなる。

 怒りが感情を奮い立たせ、わずかに残っていた妖力が爆発した。
 月夜の目が紅く光り、腕に猛烈な力が込み上げてくる。

 両手で暁未の肩を押した瞬間、彼女は身体ごと吹き飛ばされて障子を破った。ずるりと身体を起こしながら、月夜に再び顔を向ける暁未は、よく知っている人間の顔ではなかった。

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