52 / 69
四章
姉の覚醒
しおりを挟む
ざあああっと雨の音が耳に響く。
窓のない部屋で育ったときは外の景色を見聞きすることができなかったので、不思議な感覚だった。
雨の音は心地いい。けれど月の出ない夜は不安だった。
月夜は布団にくるまって眠りにつこうとしたが、妙に胸がざわついて寝つけなかった。
幼少期に初めて暗い部屋へ閉じ込められたときのような恐怖感が襲ってくる。あのときは自分が死んでしまうのではないかと思った。今はひとりではないのに、なぜか怖くてたまらない。
ようやくうつらうつらとしてきた頃、冷たい気配に目を覚ました。
風がないはずなのに、蝋燭の灯りが勝手に揺らめいている。
次の瞬間、布団に横たわる月夜の眼前に、暁未の姿が飛び込んできた。
「お、お姉さま?」
月夜はまったく気配に気づけなかった。それどころか、暁未が障子を開けることすら気づかなかったのだ。
暁未は真顔で突っ立っており、月夜を冷たく見下ろしている。その瞳は紅く、髪の色も薄く茶髪に変化している。そう、まるで月夜と似たような姿になっているのだ。
月夜が慌てて身体を起こすと、いきなり暁未に肩を押され、布団に叩きつけられた。その衝撃で月夜は背中を打ち、身悶える。布団がなければ怪我をしていたかもしれない。それほどに、暁未の腕の力が強かった。
「お姉さま……?」
薄明りの中で、暁未の腕がいつもより大きくなっていることに気づいた。
これはやはり、能力の覚醒だ。今の暁未は五歳の頃の自分と同じ状態になっていると月夜は思った。
「は、放して……」
月夜は力をこめて暁未の腕を振り払おうとするが、びくともしない。それどころか暁未に押さえつけられた肩がぎりぎりと痛んだ。
暁未はにんまり笑みを浮かべて月夜を見下ろし、訊ねた。
「あら、月夜。髪が黒くなっているわね」
「え?」
「妖力を失ったのかしら。まるで人間のようだわ」
蝋燭の灯りに照らされた自分の髪を見て、月夜は驚いた。昨日までは変わっていなかったのに、今はじわりと黒になりかけている。
「ふふっ、まるで運命があたしを選んだみたいだわ。あなたは無能な人間になり下がったのよ。もうこの家に必要ないわね」
「何言って……ぐっ……!」
暁未は月夜の首をぐっと掴んで絞めつけた。
苦しくなり、もがく月夜に対し、暁未は平然と笑っている。
「お、ねぇ……さ……」
「月夜、どうして生まれてきたの? あんたがいなければ、あたしが烏波巳さまのお嫁さまになれるはずだったのよ。おばあさまもきっと、あたしを選んだに決まっているわ」
月夜は必死に姉の腕に爪を立てるも、皮膚が硬くて傷一つつかない。
「ねえ、月夜……どうしてあたしの邪魔をするの?」
暁未は口角を上げたまま、不自然な角度まで首を傾げる。開いた口から牙が見え、舌が真っ赤に染まっていた。
月夜は息苦しさにのたうちながら、ふと思う。昼間に兄の部屋へ駆けつけていた使用人たちのことを。
兄が倒れたというのは病ではないのかもしれない。
「お、ねぇさま……おに、さまの、こと……」
「ああ、お兄さまは先に殺しちゃったわ」
どくんっと月夜の鼓動が跳ねた。
「たっぷり血をいただいたの。だって、あたしは吸血鬼だもの」
鼓動がどくどく鳴り響き、身体の奥が沸騰するように熱くなる。
怒りが感情を奮い立たせ、わずかに残っていた妖力が爆発した。
月夜の目が紅く光り、腕に猛烈な力が込み上げてくる。
両手で暁未の肩を押した瞬間、彼女は身体ごと吹き飛ばされて障子を破った。ずるりと身体を起こしながら、月夜に再び顔を向ける暁未は、よく知っている人間の顔ではなかった。
窓のない部屋で育ったときは外の景色を見聞きすることができなかったので、不思議な感覚だった。
雨の音は心地いい。けれど月の出ない夜は不安だった。
月夜は布団にくるまって眠りにつこうとしたが、妙に胸がざわついて寝つけなかった。
幼少期に初めて暗い部屋へ閉じ込められたときのような恐怖感が襲ってくる。あのときは自分が死んでしまうのではないかと思った。今はひとりではないのに、なぜか怖くてたまらない。
ようやくうつらうつらとしてきた頃、冷たい気配に目を覚ました。
風がないはずなのに、蝋燭の灯りが勝手に揺らめいている。
次の瞬間、布団に横たわる月夜の眼前に、暁未の姿が飛び込んできた。
「お、お姉さま?」
月夜はまったく気配に気づけなかった。それどころか、暁未が障子を開けることすら気づかなかったのだ。
暁未は真顔で突っ立っており、月夜を冷たく見下ろしている。その瞳は紅く、髪の色も薄く茶髪に変化している。そう、まるで月夜と似たような姿になっているのだ。
月夜が慌てて身体を起こすと、いきなり暁未に肩を押され、布団に叩きつけられた。その衝撃で月夜は背中を打ち、身悶える。布団がなければ怪我をしていたかもしれない。それほどに、暁未の腕の力が強かった。
「お姉さま……?」
薄明りの中で、暁未の腕がいつもより大きくなっていることに気づいた。
これはやはり、能力の覚醒だ。今の暁未は五歳の頃の自分と同じ状態になっていると月夜は思った。
「は、放して……」
月夜は力をこめて暁未の腕を振り払おうとするが、びくともしない。それどころか暁未に押さえつけられた肩がぎりぎりと痛んだ。
暁未はにんまり笑みを浮かべて月夜を見下ろし、訊ねた。
「あら、月夜。髪が黒くなっているわね」
「え?」
「妖力を失ったのかしら。まるで人間のようだわ」
蝋燭の灯りに照らされた自分の髪を見て、月夜は驚いた。昨日までは変わっていなかったのに、今はじわりと黒になりかけている。
「ふふっ、まるで運命があたしを選んだみたいだわ。あなたは無能な人間になり下がったのよ。もうこの家に必要ないわね」
「何言って……ぐっ……!」
暁未は月夜の首をぐっと掴んで絞めつけた。
苦しくなり、もがく月夜に対し、暁未は平然と笑っている。
「お、ねぇ……さ……」
「月夜、どうして生まれてきたの? あんたがいなければ、あたしが烏波巳さまのお嫁さまになれるはずだったのよ。おばあさまもきっと、あたしを選んだに決まっているわ」
月夜は必死に姉の腕に爪を立てるも、皮膚が硬くて傷一つつかない。
「ねえ、月夜……どうしてあたしの邪魔をするの?」
暁未は口角を上げたまま、不自然な角度まで首を傾げる。開いた口から牙が見え、舌が真っ赤に染まっていた。
月夜は息苦しさにのたうちながら、ふと思う。昼間に兄の部屋へ駆けつけていた使用人たちのことを。
兄が倒れたというのは病ではないのかもしれない。
「お、ねぇさま……おに、さまの、こと……」
「ああ、お兄さまは先に殺しちゃったわ」
どくんっと月夜の鼓動が跳ねた。
「たっぷり血をいただいたの。だって、あたしは吸血鬼だもの」
鼓動がどくどく鳴り響き、身体の奥が沸騰するように熱くなる。
怒りが感情を奮い立たせ、わずかに残っていた妖力が爆発した。
月夜の目が紅く光り、腕に猛烈な力が込み上げてくる。
両手で暁未の肩を押した瞬間、彼女は身体ごと吹き飛ばされて障子を破った。ずるりと身体を起こしながら、月夜に再び顔を向ける暁未は、よく知っている人間の顔ではなかった。
3
あなたにおすすめの小説
【完結】『左遷女官は風花の離宮で自分らしく咲く』 〜田舎育ちのおっとり女官は、氷の貴公子の心を溶かす〜
天音蝶子(あまねちょうこ)
キャラ文芸
宮中の桜が散るころ、梓乃は“帝に媚びた”という濡れ衣を着せられ、都を追われた。
行き先は、誰も訪れぬ〈風花の離宮〉。
けれど梓乃は、静かな時間の中で花を愛で、香を焚き、己の心を見つめなおしていく。
そんなある日、離宮の監察(監視)を命じられた、冷徹な青年・宗雅が現れる。
氷のように無表情な彼に、梓乃はいつも通りの微笑みを向けた。
「茶をお持ちいたしましょう」
それは、春の陽だまりのように柔らかい誘いだった——。
冷たい孤独を抱く男と、誰よりも穏やかに生きる女。
遠ざけられた地で、ふたりの心は少しずつ寄り添いはじめる。
そして、帝をめぐる陰謀の影がふたたび都から伸びてきたとき、
梓乃は自分の選んだ“幸せの形”を見つけることになる——。
香と花が彩る、しっとりとした雅な恋愛譚。
濡れ衣で左遷された女官の、静かで強い再生の物語。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
課長のケーキは甘い包囲網
花里 美佐
恋愛
田崎すみれ 二十二歳 料亭の娘だが、自分は料理が全くできない負い目がある。
えくぼの見える笑顔が可愛い、ケーキが大好きな女子。
×
沢島 誠司 三十三歳 洋菓子メーカー人事総務課長。笑わない鬼課長だった。
実は四年前まで商品開発担当パティシエだった。
大好きな洋菓子メーカーに就職したすみれ。
面接官だった彼が上司となった。
しかも、彼は面接に来る前からすみれを知っていた。
彼女のいつも買うケーキは、彼にとって重要な意味を持っていたからだ。
心に傷を持つヒーローとコンプレックス持ちのヒロインの恋(。・ω・。)ノ♡
子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちだというのに。
入社して配属一日目。
直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。
中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。
彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。
それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。
「俺が、悪いのか」
人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。
けれど。
「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」
あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちなのに。
星谷桐子
22歳
システム開発会社営業事務
中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手
自分の非はちゃんと認める子
頑張り屋さん
×
京塚大介
32歳
システム開発会社営業事務 主任
ツンツンあたまで目つき悪い
態度もでかくて人に恐怖を与えがち
5歳の娘にデレデレな愛妻家
いまでも亡くなった妻を愛している
私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?
課長と私のほのぼの婚
藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。
舘林陽一35歳。
仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。
ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。
※他サイトにも投稿。
※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる