烏の王と宵の花嫁

水川サキ

文字の大きさ
54 / 69
四章

ふりかかる狂気

しおりを挟む
 暁未は月夜が現れたことで標的をすぐさま変更した。
 じっと怨みのこもった表情で、月夜を睨みつける。

「月夜、あんたのせいよ。すべてあんたが奪った。許さないわ!」


 暁未は俊敏な動きで腕を振り、月夜を叩き潰しにきた。
 月夜はぎりぎりで逃げて避けたが、床に空いた穴に足を引っかけて転んだ。
 そこに暁未が覆いかぶさるようにして、月夜に拳を振り下ろそうとしていた。


「暁未、やめろーっ!」

 突然光汰の声がして暁未がそちらに気を取られた瞬間に、月夜は急いで姉から這い出すようにして逃げた。
 光汰は腹部に包帯を巻いた状態で、よろめきながら暁未に近づいてくる。その包帯には血が滲んでいて、生々しい怪我の様子がありありと浮きでて見えた。


「あら、お兄さま。生きていたの?」

 暁未はまるで呆れたような、残念がるような顔をした。
 光汰はゆっくりと様子をうかがいながら暁未に詰め寄る。

「暁未……お前の気持ちは、わからなくもない。俺だって、跡継ぎなのに何の力もない……正直、月夜がうらやましいと思ったこともある」
「何よ。かっこつけちゃって馬鹿みたい」

 うすら笑いを浮かべる暁未に対し、光汰は真剣な表情で話す。


「暁未、お前はただ月夜に嫉妬しているだけだ。でも、よく考えてみろ。今まで教育を受けてきたお前のほうがよほど特別で、月夜は長いあいだずっと、お前のことをうらやましく思ってきたはずだ。でも、お前を殺そうなんて思ったことないぞ。きっと」

 暁未はただ黙って光汰を見つめる。その表情は冷たく、何の感情もないように見える。

「言いたいことはそれだけ?」
「えっ……?」

 暁未は拳を振り上げ、今度は光汰を叩き潰そうとした。
 すると、そこに月夜が滑りこんで暁未の腕を振り払った。


「お姉さま!」
「あら、そっちから来てくれたの。手間が省けたわ」

 暁未はふふっと笑い、月夜に手を伸ばした。
 月夜は背後の兄に向かって叫ぶ。

「お兄さま、逃げて!」
「お前こそ逃げろ。暁未の狙いはお前だぞ」

 月夜は少し顔を傾けて、光汰に向かってにっこり笑った。

「お兄さま、守ってくれてありがとう」
「月夜……?」


 暁未の狙いは自分だと思い、月夜は庭に躍り出た。激しい雨が容赦なく叩きつける中、水たまりに足を取られそうになりながら走る。
 暁未はすぐに追ってきた。

 背後を振り返ると、自分を殺そうとする姉の姿がある。これまで優しくしてもらったことなどない。姉が部屋を訪れるときは嫌がらせをするときだけ。

 月夜にとって暁未はいないほうがよかった存在で、実際に何度もそう思った。それなのに心のどこかではずっと、優しくしてほしいと願っていた。


 月夜には一つ、かすかな記憶がある。

 まだ覚醒する前、暁未は笑っていた。それは嘲笑でも冷笑でもなく、まっすぐで無垢な笑顔だった。あの記憶があるから、月夜はどうしても暁未を憎みきれずにいる。

 足を取られ、泥水に滑ってべしゃりと転んだ。冷たい泥にまみれた身体を起こしながら、月夜は迫りくる暁未に向かって声を張り上げた。


「お姉さま、私は出ていきます。お姉さまの前から消えます。だから、どうか家を壊さないで。ここはお姉さまの居場所でしょう?」
「何を言っているの? お嫁に行くなんて許さないわ。幸せになるなんて許さない。あなたは出ていくのではなくてここで死ぬの」

 暁未はにたりと笑いながらゆっくりと近づいてくる。

 降りしきる雨に打たれ、滝のように流れ落ちていく彼女のその表情は、どこか泣いているように月夜には見える。けれど、暁未は紅い瞳を見開いて、笑みを浮かべたままだ。

 それが余計に不気味で月夜はぞっと身震いがした。
 月夜はどうにか立ち上がり、背筋を伸ばす。震える足を踏ん張って、まっすぐ暁未を見据えた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鬼様に生贄として捧げられたはずが、なぜか溺愛花嫁生活を送っています!?

小達出みかん
キャラ文芸
両親を亡くし、叔父一家に冷遇されていた澪子は、ある日鬼に生贄として差し出される。 だが鬼は、澪子に手を出さないばかりか、壊れ物を扱うように大事に接する。美味しいごはんに贅沢な衣装、そして蕩けるような閨事…。真意の分からぬ彼からの溺愛に澪子は困惑するが、それもそのはず、鬼は澪子の命を助けるために、何度もこの時空を繰り返していた――。 『あなたに生きていてほしい、私の愛しい妻よ』 繰り返される『やりなおし』の中で、鬼は澪子を救えるのか? ◇程度にかかわらず、濡れ場と判断したシーンはサブタイトルに※がついています ◇後半からヒーロー視点に切り替わって溺愛のネタバレがはじまります

あやかし警察おとり捜査課

紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。  しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。  反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。  

後宮祓いの巫女は、鬼将軍に嫁ぐことになりました

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を祓う下級巫女・紗月は、ある日突然、「鬼」と噂される将軍・玄耀の妻になれと命じられる。 それは愛のない政略結婚―― 人ならざる力を持つ将軍を、巫女の力で制御するための契約だった。 後宮の思惑に翻弄されながらも、二人は「契約」ではなく「選んだ縁」として、共に生きる道を選ぶ――。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

雪嶺後宮と、狼王の花嫁

由香
キャラ文芸
後宮に降る雪は、呪いではなく嘆きだった。 巫女として献上された少女セツナは、 封じられた狼王の“花嫁”としての前世を思い出す。 人と妖、政と信仰の狭間で、 彼女が選ぶのは従属ではなく均衡。 雪嶺を舞台に描く、異種婚姻×後宮伝承譚。

耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー

汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。 そこに迷い猫のように住み着いた女の子。 名前はミネ。 どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい ゆるりと始まった二人暮らし。 クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。 そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。 ***** ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※他サイト掲載

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

処理中です...