旦那様には想い人がいるようなので、私は好きにさせていただきます!

水川サキ

文字の大きさ
5 / 35

5、旦那様の恋を応援してあげましょう


「まあ、先ほどのケーキカットにはそんな意味があったの?」

 リリーから説明を聞いたミアは驚きの声を上げた。

 カルベスがいなくなってから、ミアは使用人たちとみんなで熱い紅茶を飲みながらおしゃべりしている。
 そんなときに、リリーがケーキ入刀の儀式について全員に語って聞かせたのだ。

「以前、公爵家のご当主様のご結婚披露宴のお手伝いに駆り出されたことがあるのです。盛大なパーティだったのですが、その中でも一番印象に残っているイベントだったのです」

 その話を聞いて、別の使用人も「私も見たことがあります」と頷いた。
 リリーはさらに説明を続ける。

「大昔には、子孫繁栄を願ってパンを分け合う伝統行事があったそうです。それが時代とともにケーキへと形を変え、現在では貴族の披露宴で行われる人気の演出になっています。旦那様は披露宴にご出席される機会が少ないようですから、ご存じなかったのでしょうね」

 リリーはふふっと笑って、紅茶をひと口飲んだ。
 一方、ミアは深刻な表情で考え込む。

「まあ、だったら旦那様に悪いことをしてしまったわ。マデリーン様がいらっしゃるのに、旦那様と子孫繁栄の儀式をおこなってしまうなんて……」

 使用人たちはお互いに怪訝な表情で目を合わせ、リリーは肩をすくめて嘆息した。

「実はですね……旦那様とマデリーン様は、ただの文通相手なんですよ」
「ええっ!?」

 驚くミアに、リリーは苦笑しながら真実を明かす。

「おふたりはパーティで出会って、半ば強引にマデリーン様に押し切られる形でカルベス様はお付き合いを始めたのです。それから何年も文通のみのやりとりをおこなっていて、おふたりは一度もお会いしていません」
「そんなっ……」

 ミアは衝撃を受けたように青ざめた表情になった。
 他の使用人たちも待っていたかのように、知っていることを次々と話す。

「カルベス様が出席されるパーティは、なぜかマデリーン様が欠席され……逆にマデリーン様が来るとなると、今度はカルベス様のご都合が悪くなり……」
「ほんと、びっくりするくらい噛み合わないんですよねぇ」
「そうそう。まるで運命に引き裂かれているかのように」
「だから、余計に燃え上がっているのよねえ。ロマンチックなのか、空回りなのか」

 それでも、ふたりにとっては真剣な恋人同士としてのやりとりなのだろう。
 お互いの強い想いだけでつながれた遠い恋なのだ。
 と、ミアは真剣に思った。

「……そんなに純粋な恋をされていたなんて」

 俯いてぼやくミアを見て、使用人たちは目を丸くして絶句する。

「なんだか可哀想だわ。会いたくても会えないなんて。何年も文通だけなんて、さぞ寂しかったでしょうね」
「え……奥様?」

 使用人の声など、ミアはまるで耳に入っていないようだった。
 拳をぎゅっと握りしめると、勢いよく立ち上がり、全員に向かって力強く宣言する。

「旦那様の恋がうまくいくよう、みんなで応援してあげましょう!」
「はい!?」

 使用人たちが同時に声を上げたあと、沈黙が広がる。
 ミアはゆっくり歩きながら顔を上げる。
 その視線の先には壮大に崩れた巨大なケーキの残骸がある。

「きっと旦那様はマデリーン様とケーキ入刀がしたいはずよ。だけど、貴族同士の結婚は親が決めるもの。きっと、つらかったでしょうね。私は自分が恥ずかしいわ。おふたりの気持ちも考えずに、毎日楽しく自由に過ごしているなんて。せめて、おふたりのために何かしたいわね」

 そう言うと、ミアはぱっと笑顔になり、全員に振り向いた。

「ま、それはまた考えるとして、そろそろ片付けましょうか。料理長が晩餐の支度に来られる前に厨房を綺麗にしておかないとね!」

 ケーキの残骸を皿に分けながら片付け始めるミアを見て、使用人たちは慌てて立ち上がる。
 そしてお互いにひそひそと話した。

「もしや奥様は天然では?」
「超絶前向き思考という可能性もあるわね」
「何にせよ、奥様が落ち込まれなくて安心だわ」
「そうよね。正直、愛人のいる男のところへ嫁ぐなんて、酷い話だもの」

 リリーがミアに声をかける。

「奥様、明日はレモンケーキを焼きませんか? 私は特別なレシピを知っているんです」
「まあ、素敵。ぜひそうしましょ!」

 ミアは満面の笑みで両手を合わせた。

 そして数日後――
 事態は急展開を迎える。

あなたにおすすめの小説

婚約者とその幼なじみの距離感の近さに慣れてしまっていましたが、婚約解消することになって本当に良かったです

珠宮さくら
恋愛
アナスターシャは婚約者とその幼なじみの距離感に何か言う気も失せてしまっていた。そんな二人によってアナスターシャの婚約が解消されることになったのだが……。 ※全4話。

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

婚約者とその幼なじみがいい雰囲気すぎることに不安を覚えていましたが、誤解が解けたあとで、その立ち位置にいたのは私でした

珠宮さくら
恋愛
クレメンティアは、婚約者とその幼なじみの雰囲気が良すぎることに不安を覚えていた。 そんな時に幼なじみから、婚約破棄したがっていると聞かされてしまい……。 ※全4話。

『病弱な幼馴染を優先してください』と言った妻が消えた翌日、夫は領地の会計書類が全て白紙になっていることに気づいた

歩人
ファンタジー
侯爵家に嫁いで五年。ルチアは夫エミルの領地会計・社交・使用人管理を全て一人で担ってきた。だがエミルはいつも幼馴染のアリーチェを優先する。「アリーチェは体が弱いんだ、お前とは違う」——その言葉を百回聞いた日、ルチアは微笑んで離縁届に署名した。「ええ、私は丈夫ですから。どうぞ幼馴染様をお大事に」。翌朝、エミルが目にしたのは——税務報告の締切、領民からの陳情の山、そして紅茶の淹れ方すら知らない自分。三ヶ月後、かつて「地味な妻」と呼ばれたルチアは、辺境伯の財務顧問として辣腕を振るっていた。

【完結】え、別れましょう?

須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

五度目の人生でも「君を愛することはない」と言われたので、私も愛を捨てました

たると
恋愛
「ルチア、私は君を愛することはない。この婚約は単なる義務だ」 冷徹な公爵、アルベルトの声が夜会会場の片隅で響く。 これで、五度目だ。 私は深く、そして軽やかに一礼した。 「承知いたしました。では、今後はそのように」 これまでは泣いて縋り、彼を振り向かせようと必死に尽くしてきた。 だが、死に戻りを五回も繰り返せば、流石に飽きる。 私は彼を愛することを、きっぱりと辞めた。

愛人を連れて帰ってきた翌朝、名前すら呼ばれなかった私のもとに王太子殿下が迎えに来ました 〜三年間冷遇された妻、今は毎日名前を呼ばれています〜

まさき
恋愛
侯爵家に嫁いで三年。 夫に名前を呼ばれたことは、一度もなかった。 社交の場ではただ隣に立つだけ。 屋敷では「妻」としてすら扱われない。 それでも、いつかは振り向いてもらえると信じていた。 ――けれど、その期待はあっさりと壊れる。 夫が愛人を伴って帰宅した、その翌朝。 私は離縁状を残し、静かに屋敷を出た。 引き止める者は、誰もいない。 これで、すべて終わったはずだった―― けれどその日、私のもとに現れたのは王太子殿下。 「やっと手放してくれたか。三年も待たされました」 幼い頃から、ただ一人。 私の名前を呼び続けてくれた人。 「――アリシア」 その一言で、凍りついていた心がほどけていく。 一方、私を軽んじ続けた元夫は、 “失ってはいけないもの”を手放したことに、まだ気づいていない。 これは、三年間名前を呼ばれなかった私――アリシアが、 本当の居場所と愛を取り戻す物語。

白い結婚のまま、旦那様は薔薇のような美人に夢中になりました

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢リディアは、美貌で有名な侯爵レオンハルトに嫁いだ。 けれど結婚して二年、夫婦は一度も結ばれないまま――白い結婚だった。 それでも旦那様は優しかった。 冷たいわけではない。気づかいの言葉も、穏やかな笑顔もくれる。 だからリディアは、愛されてはいなくても、いつか少しは夫婦になれるのではないかと信じていた。 そんなある日、彼女は知ってしまう。 旦那様が薔薇の君と呼ばれる絶世の美女に心を奪われていることを。 彼が触れなかったのは私にだけだったのだと。 都合のいい奥方として、役に立っていたと悟る 静かに離縁を決意したリディアは、実家へ戻ったあと、女子学院で働き始める。 すると侯爵夫人時代には当たり前だった実務のすべてが、外では驚くほど必要とされていた。 感謝され、認められ、自分の足で立ち始めた彼女は、少しずつ見違えるほど美しくなっていく