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6、妻が俺にまったく興味がない
しおりを挟むカルベスはその日もいつものように執務室で仕事をしていたが、頻繁にミアのことが頭によぎった。
ミアがスプーンでケーキを頬張っている姿だ。
思い出すだけで頬が熱くなる。
(いやいや、何を考えているんだ。ただ同じ食器を使っただけじゃないか。あっちが勝手にやったことだ。俺が気にするようなことじゃない)
コンコンと扉がノックされ、執事のハンスが入室した。
カルベスはちょうどいいとばかりに彼に質問する。
「訊きたいことがある。ファーストバイトとは何だ?」
「ふむ。ご夫婦となるおふたりが初めて食事をともにする儀式のことですね。近年貴族のご結婚披露宴でよくおこなわれていますよ。それがどうかしましたか?」
「いや、別に。ただ知りたかっただけだ。俺には関係のないことだな」
カルベスとミアは親族だけの小さな挙式を挙げた。
ただ教会で形式的な誓いの言葉を述べただけだ。
恋人のいるカルベスにとっては、ミアと永遠の愛を誓うセリフなど虚言でしかなかったが、心を殺して儀式に臨んだ。
そして、その夜、恋人がいることをミアに打ち明け、あっさり返されてしまったわけだが。
「カルベス様、もし心残りがございましたら、今からでも披露宴の予定を組まれてもよろしいのでは?」
思わぬハンスの提案に、カルベスは驚いて目を見開き、すぐに小さく首を横に振った。
「意味がない。どうせ俺たちは仮面夫婦だ。ところで、用事があったのではないか?」
「はい。スミス子爵家からお手紙が届いております」
「マデリーンから?」
「どうぞ」
ハンスから手紙を受けとると、カルベスはすぐに開封して内容に目を通した。
そして、驚いた顔でハンスに告げる。
「マデリーンがうちへ来るらしい」
「そうですか。しかし、これまで機会がございませんでしたのに、なぜ急に?」
「どうやら、父親がローレンス伯爵領で毛皮の事業を始めたようだ。マデリーンもそこに滞在しているらしい」
「なるほど。ここからローレンス家はそれほど遠くはありませんからね」
「ああ、ようやくマデリーンに会える」
カルベスが喜びのあまり口角を上げた瞬間、ふとミアのことが頭をよぎった。
(さすがに妻を迎えた俺の家にマデリーンを招くのは……それにミアも了承するかどうか……いっそ俺がローレンス領へ行ったほうがいいのでは?)
沈黙するカルベスの様子を見たハンスが穏やかに訊ねる。
「客人を迎え入れることを奥様にもお話しておきましょうか?」
「ああ……いや、俺が直接言う」
「そうでございますか。では私は他の者たちと準備をしておきましょう」
「ああ、よろしく頼む」
ハンスが退室したあと、カルベスはため息をついた。
胸の奥が罪悪感でいっぱいなのだ。
(何も悪いことをしていないのに、なぜこんなに胸が痛いんだ)
正妻と愛人を持つことは、ミアもマデリーンも了承しているというのに、カルベスはどうも落ち着かなかった。
しかし、これは自身が招いたことだ。
きちんとこのことをミアに説明しようと、彼女のいる場所へ向かう。
彼女はちょうど庭園の自身のスペースで作業をしているところだった。
カルベスが声をかけると、ミアは頬に泥をつけた状態で顔を向けた。
「実は、君に話しておくことがある」
「はい、何でしょう?」
「マデリーンをうちへ招くことになりそうなんだが、問題ないだろうか?」
「はい、ございません。むしろ、なぜ問題なのですか? 恋人とお会いできるのでしょう。素晴らしいことではありませんか」
「え……ああ、そうだな」
カルベスはあまりにあっさりしたミアの反応に拍子抜けした。
そういえば、ミアはこういう性格だ。
もしかしたら嫌がられるかもしれないという心配は杞憂だったようだ。
「いつ頃来られるのですか?」
「おそらく来週になるだろう」
「では、私も準備をしておきますね!」
「いや、別に君は何もしなくても……」
「お任せください。でも、今は庭仕事がありますので、明日からやりますね」
そう言ってミアはふたたび作業を再開した。
もうカルベスに見向きすることもなかった。
ミアがいったい何の準備をするのか、カルベスは気になった。
なので、翌日からミアの様子を観察した。
ミアはダイニングルームの飾りつけや、客室の準備、それからマデリーンのための料理や菓子のレシピ等を料理長と相談していた。
どれも使用人や料理人がする仕事なのに、なぜミアがこれほど動いているのか、カルベスには理解できない。
だが、使用人たちも同じ気持ちだったようだ。
カルベスがこっそり厨房を覗いていると、ちょうどミアは料理の試作品を料理長とともに作っているところだった。
リリーがそばで手伝いながらミアに訊ねる。
「奥様はなぜ、マデリーン様のためにそこまでするんですか?」
「両想いのふたりに幸せになってほしいからよ」
「んー……嫉妬とか、ないんですか?」
「ええ。だって私は旦那様に欠片も興味ないもの」
ミアのさっぱりした発言に、カルベスは胸の奥でガラスが粉々に砕けたような気持ちになった。
興味ないもの、のミアの言葉が頭の中を反響する。
(こうもはっきり言われると、結構ショックだな……いや、俺はショックを受けるような立場ではない。興味がないと言われても当然だ)
カルベスは静かにその場を立ち去った。
そして、その夜、彼は一睡もできなかった。
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