旦那様には想い人がいるようなので、私は好きにさせていただきます!

水川サキ

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15、自業自得じゃないか


 翌日の昼のこと。
 食事の席で、マデリーンが目の前の料理を見てそっとフォークを置いた。
 大皿には、白身魚の切り身をこんがり焼いて香りのよいハーブソースで味付けしたものがある。
 彼女は眉をひそめながら言った。

「お肉料理に変えてくださるかしら?」

 その言葉に、カルベスとミアが同時に目を丸くした。
 カルベスが戸惑いながら問いかける。

「マデリーン、この魚は厨房で料理したものだよ」
「そんなことわかっているわ。でも、魚は嫌なのよ」
「以前は嫌いじゃないと言っていたじゃないか」
「昨日から嫌いになったの! 恋人なら察してちょうだいよ!」
「え? ええー……」

 カルベスは微妙な表情で言葉に詰まる。
 するとミアがハンスに声をかけた。

「マデリーン様にお肉料理を作っていただけるよう、料理長にお願いしてもらってもよろしいですか?」

 ハンスは少々困った顔で申し訳なさそうに答える。

「実は本日、肉の仕入れが業者の手違いで遅れておりまして……ここでお出しすると、晩餐の分が不足してしまうかもしれません」
「いいわ。私の分をマデリーン様に差し上げてください。私は魚を食べるから」
「さようでございますか……」

 困惑するハンスに向かって、カルベスが口を挟む。

「では、俺の分の肉をマデリーンにあげてくれ。ミアの分はそのままで」
「あら、いけませんわ。旦那様はこのお屋敷の当主です。主人がお肉を食べないのに妻である私が食べるわけにいきません」
「だが、君が我慢することはない。マデリーンを招待したのは俺の都合だから、君に迷惑をかけるつもりはない」
「迷惑ではありませんわ。だってマデリーン様は旦那様の大切なお方ですもの。私は大切なお客様を最高におもてなしすべきだと考えておりますので、どうかお気になさらずに」
「そうは言っても……」
「それに、平気ですわ。私はじゃがいもを揚げて塩を振りかけた料理でも満足ですから」
「は? じゃがいも?」
「父がよく作ってくれたのです。肉がなければじゃがいもを食べればいいじゃないかと」

 ミアが真面目な顔でそう語ると、カルベスは吹き出した。

「じゃあ、俺もじゃがいもを食べるよ」
「まあ、今度はじゃがいもが不足してしまいますわ」

 ふたりのやりとりにハンスは安堵したように微笑み、リリーもにこやかな笑みを浮かべている。
 そんな中、突如バンッと派手な音が響いた。
 マデリーンがテーブルを叩いて立ち上がったのだ。
 全員が驚いた顔で一斉に視線を向けると、マデリーンは顔に怒りを滲ませていた。

「いったい何なのよ。奥様はカルベスとの仲睦まじい様子をあたしに見せつけて楽しい?」
「何のことでしょうか?」

 ミアは本気で意味不明だという顔で訊ねた。
 マデリーンはミアを睨みつけ、カルベスに向かって叫んだ。

「カルベスもひどいわよ! どうしてあたしの前で奥様と仲良くするの?」
「え? 俺は普通に会話をしているだけだが」
「それが嫌なのよ! どうしてわからないの?」
「はあ?」

 カルベスが困惑していると、ミアが神妙な面持ちで頭を下げて言った。

「マデリーン様、ご配慮が足りず申し訳ありません。しゃべりかけるなというマデリーン様との約束も反故にしてしまいましたので反省します。私は今後一切、旦那様と口を利きませんからご安心くださいませ」
「ミア? そんなことしなくても」

 カルベスが慌てていると、マデリーンが扉を指差してミアに言った。

「今すぐ出ていって。あなたの顔を見たくないの」
「承知しましたわ」

 ミアが立ち上がろうとすると、カルベスが制止した。

「そんなことしなくていい。ミアはこの家の当主の妻だ。マデリーン、ミアは君を迎えるために尽力してくれたんだよ」
「そんなこと、あたしにはどうでもいいのよ! カルベスはこの家の変なルールと、恋人のあたしの気持ち、どっちが大事なの?」
「それは比較対象にはならないよ。俺は当主としての立場もあるし、マデリーンの気持ちも大切にしたい。だが、妻であるミアの立場も考えている」
「なんなのよ、それは! カルベスにはまったく愛がないわ!」
「そうかもしれない。俺は不器用な人間だから」
「もういいわよ。あたしは部屋へ戻るわ。あとであたしの部屋に来て。絶対よ、カルベス」

 マデリーンはドタドタを足音を立てながらダイニングルームを出ていった。
 しんと静まり返った室内で、立ち上がったまま呆然とするカルベスと、真顔で無言のミア。
 しかし、その中でディルクだけが、かちゃかちゃと食器の音を鳴らしている。

「すまない、ミア。俺の立ち回りが悪いばかりに」
「いいえ。旦那様は何も悪くありませんわ。私がマデリーン様との約束を破ったのが原因です。あ、今も話してはいけなかったですね。黙ります」
「ミア……」

 困惑の表情になるカルベスをよそに、ミアな真顔で黙り込み、食事を続けた。
 次の瞬間、いきなりディルクが笑い出した。

「あははははっ、もうだめだ。ずっと堪えてたけど無理。なんだ君たち、面白すぎ」

 そんなディルクの様子を見て、カルベスは険しい顔つきになり、ミアは真顔のまま彼を見つめる。
 カルベスはディルクを睨みながらぼそりと言う。

「そんなに笑うことか?」
「ああ、実に愉快だよ。美味い食事と面白い観劇を同時に楽しめてね」
「俺は不愉快だ。まったく面白いことはないし、むしろ困惑している」
「自業自得じゃないか。君がこの関係を築いたのだから」

 カルベスは言葉に詰まる。
 ミアはデザートのプディングを口にしながら、ふたりを交互に目で追っている。
 ディルクが笑みを浮かべながら言う。

「愛人を持つなら、もっと上手くやらないとだめだ。君はそういうの苦手だろう?」
「……お前は上手くやれると言いたいのか?」
「僕はそもそも、そんな面倒なことはしないよ。女のご機嫌取りはひとりでも大変なのに、ふたりもいるなんて耐えられない」

 ディルクは肩をすくめて席を離れる。
 途中ミアのそばに寄り、肩をぽんっと叩いて告げる。

「でも、奥さんなら悪くない」

 ミアは目を丸くして首を傾げる。

「カルベスと別れることになったら、ぜひ僕のところへおいで」
「ディルク……!」

 焦って声を上げたのはカルベスだった。
 ディルクは不敵な笑みを浮かべながらカルベスを見つめる。
 しかし、ミアがすっとんきょうな声を上げた。

「大丈夫です。興味ありませんので」

 これにはディルクもカルベスも目を見開いて固まった。
 しかし、ディルクはすぐに声を上げて笑った。

「奥さんには敵わないなあ。これで僕は2回も振られたわけだ」

 カルベスは眉をひそめて「2回?」と呟く。
 ディルクは笑顔でミアに告げる。

「わかった。じゃあ、君を友人としてうちへ招待するよ」
「それなら承りますわ。そのときは旦那様と参りますので」
「ふふ、ぶれないな。そこがまたいいんだけど」

 にっこり笑って答えるミアに、ディルクは苦笑する。
 カルベスは複雑な表情でため息をついた。
 

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