15 / 35
15、自業自得じゃないか
翌日の昼のこと。
食事の席で、マデリーンが目の前の料理を見てそっとフォークを置いた。
大皿には、白身魚の切り身をこんがり焼いて香りのよいハーブソースで味付けしたものがある。
彼女は眉をひそめながら言った。
「お肉料理に変えてくださるかしら?」
その言葉に、カルベスとミアが同時に目を丸くした。
カルベスが戸惑いながら問いかける。
「マデリーン、この魚は厨房で料理したものだよ」
「そんなことわかっているわ。でも、魚は嫌なのよ」
「以前は嫌いじゃないと言っていたじゃないか」
「昨日から嫌いになったの! 恋人なら察してちょうだいよ!」
「え? ええー……」
カルベスは微妙な表情で言葉に詰まる。
するとミアがハンスに声をかけた。
「マデリーン様にお肉料理を作っていただけるよう、料理長にお願いしてもらってもよろしいですか?」
ハンスは少々困った顔で申し訳なさそうに答える。
「実は本日、肉の仕入れが業者の手違いで遅れておりまして……ここでお出しすると、晩餐の分が不足してしまうかもしれません」
「いいわ。私の分をマデリーン様に差し上げてください。私は魚を食べるから」
「さようでございますか……」
困惑するハンスに向かって、カルベスが口を挟む。
「では、俺の分の肉をマデリーンにあげてくれ。ミアの分はそのままで」
「あら、いけませんわ。旦那様はこのお屋敷の当主です。主人がお肉を食べないのに妻である私が食べるわけにいきません」
「だが、君が我慢することはない。マデリーンを招待したのは俺の都合だから、君に迷惑をかけるつもりはない」
「迷惑ではありませんわ。だってマデリーン様は旦那様の大切なお方ですもの。私は大切なお客様を最高におもてなしすべきだと考えておりますので、どうかお気になさらずに」
「そうは言っても……」
「それに、平気ですわ。私はじゃがいもを揚げて塩を振りかけた料理でも満足ですから」
「は? じゃがいも?」
「父がよく作ってくれたのです。肉がなければじゃがいもを食べればいいじゃないかと」
ミアが真面目な顔でそう語ると、カルベスは吹き出した。
「じゃあ、俺もじゃがいもを食べるよ」
「まあ、今度はじゃがいもが不足してしまいますわ」
ふたりのやりとりにハンスは安堵したように微笑み、リリーもにこやかな笑みを浮かべている。
そんな中、突如バンッと派手な音が響いた。
マデリーンがテーブルを叩いて立ち上がったのだ。
全員が驚いた顔で一斉に視線を向けると、マデリーンは顔に怒りを滲ませていた。
「いったい何なのよ。奥様はカルベスとの仲睦まじい様子をあたしに見せつけて楽しい?」
「何のことでしょうか?」
ミアは本気で意味不明だという顔で訊ねた。
マデリーンはミアを睨みつけ、カルベスに向かって叫んだ。
「カルベスもひどいわよ! どうしてあたしの前で奥様と仲良くするの?」
「え? 俺は普通に会話をしているだけだが」
「それが嫌なのよ! どうしてわからないの?」
「はあ?」
カルベスが困惑していると、ミアが神妙な面持ちで頭を下げて言った。
「マデリーン様、ご配慮が足りず申し訳ありません。しゃべりかけるなというマデリーン様との約束も反故にしてしまいましたので反省します。私は今後一切、旦那様と口を利きませんからご安心くださいませ」
「ミア? そんなことしなくても」
カルベスが慌てていると、マデリーンが扉を指差してミアに言った。
「今すぐ出ていって。あなたの顔を見たくないの」
「承知しましたわ」
ミアが立ち上がろうとすると、カルベスが制止した。
「そんなことしなくていい。ミアはこの家の当主の妻だ。マデリーン、ミアは君を迎えるために尽力してくれたんだよ」
「そんなこと、あたしにはどうでもいいのよ! カルベスはこの家の変なルールと、恋人のあたしの気持ち、どっちが大事なの?」
「それは比較対象にはならないよ。俺は当主としての立場もあるし、マデリーンの気持ちも大切にしたい。だが、妻であるミアの立場も考えている」
「なんなのよ、それは! カルベスにはまったく愛がないわ!」
「そうかもしれない。俺は不器用な人間だから」
「もういいわよ。あたしは部屋へ戻るわ。あとであたしの部屋に来て。絶対よ、カルベス」
マデリーンはドタドタを足音を立てながらダイニングルームを出ていった。
しんと静まり返った室内で、立ち上がったまま呆然とするカルベスと、真顔で無言のミア。
しかし、その中でディルクだけが、かちゃかちゃと食器の音を鳴らしている。
「すまない、ミア。俺の立ち回りが悪いばかりに」
「いいえ。旦那様は何も悪くありませんわ。私がマデリーン様との約束を破ったのが原因です。あ、今も話してはいけなかったですね。黙ります」
「ミア……」
困惑の表情になるカルベスをよそに、ミアな真顔で黙り込み、食事を続けた。
次の瞬間、いきなりディルクが笑い出した。
「あははははっ、もうだめだ。ずっと堪えてたけど無理。なんだ君たち、面白すぎ」
そんなディルクの様子を見て、カルベスは険しい顔つきになり、ミアは真顔のまま彼を見つめる。
カルベスはディルクを睨みながらぼそりと言う。
「そんなに笑うことか?」
「ああ、実に愉快だよ。美味い食事と面白い観劇を同時に楽しめてね」
「俺は不愉快だ。まったく面白いことはないし、むしろ困惑している」
「自業自得じゃないか。君がこの関係を築いたのだから」
カルベスは言葉に詰まる。
ミアはデザートのプディングを口にしながら、ふたりを交互に目で追っている。
ディルクが笑みを浮かべながら言う。
「愛人を持つなら、もっと上手くやらないとだめだ。君はそういうの苦手だろう?」
「……お前は上手くやれると言いたいのか?」
「僕はそもそも、そんな面倒なことはしないよ。女のご機嫌取りはひとりでも大変なのに、ふたりもいるなんて耐えられない」
ディルクは肩をすくめて席を離れる。
途中ミアのそばに寄り、肩をぽんっと叩いて告げる。
「でも、奥さんなら悪くない」
ミアは目を丸くして首を傾げる。
「カルベスと別れることになったら、ぜひ僕のところへおいで」
「ディルク……!」
焦って声を上げたのはカルベスだった。
ディルクは不敵な笑みを浮かべながらカルベスを見つめる。
しかし、ミアがすっとんきょうな声を上げた。
「大丈夫です。興味ありませんので」
これにはディルクもカルベスも目を見開いて固まった。
しかし、ディルクはすぐに声を上げて笑った。
「奥さんには敵わないなあ。これで僕は2回も振られたわけだ」
カルベスは眉をひそめて「2回?」と呟く。
ディルクは笑顔でミアに告げる。
「わかった。じゃあ、君を友人としてうちへ招待するよ」
「それなら承りますわ。そのときは旦那様と参りますので」
「ふふ、ぶれないな。そこがまたいいんだけど」
にっこり笑って答えるミアに、ディルクは苦笑する。
カルベスは複雑な表情でため息をついた。
あなたにおすすめの小説
【完結】私を裏切った不倫夫に「どなたですか?」と微笑むまで 〜没落令嬢の復讐劇〜
恋せよ恋
恋愛
「早くあんな女と別れて、可愛い子と一緒になりたいよ」
不倫中の夫が笑う声を聞き、絶望の中で事故に遭うジェシカ。
結婚五年目に授かったお腹の子を失った彼女は、
「記憶を失ったフリ」で夫と地獄の婚家を捨てることを決意。
元男爵令嬢の薄幸ヒロインは、修道院で静かに時を過ごす。
独り身領主の三歳の男の子に懐かれ、なぜか領主まで登場!
無実の罪をなすりつけ、私を使い潰した報いを受けなさい。
記憶喪失を装った没落令嬢による、「ざまぁ」が幕を開ける!
※本作品には、馬車事故による流産の描写が含まれます。
苦手な方はご注意ください。主人公が絶対に幸せになる
物語ですので、安心してお読みいただければ幸いです。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
【本編完結】初恋のその先で、私は母になる
妄夢【ピッコマノベルズ連載中】
恋愛
第19回恋愛小説大賞にて、奨励賞を受賞いたしました。読者の皆様のおかげです!本当ありがとうございます。
王宮で12年働き、気づけば28歳。
恋も結婚も遠いものだと思っていたオリビアの人生は、憧れの年下公爵と一夜を共にしたことで大きく動き出す。
優しく守ろうとする彼。
けれどオリビアは、誰かに選ばれるだけの人生を終わらせたいと思っていた。
揺れる想いの中で、彼女が選んだのは――
自分の足で立ち、自分の未来を選ぶこと。
これは、一人の女性が恋を通して自分を取り戻し、母として、そして一人の人間として強くなっていく物語。
※表紙画像はAI生成イラストをつかっています。
【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?
氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。
しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。
夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。
小説家なろうにも投稿中
幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました
ゆぷしろん
恋愛
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。
けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。
やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。
――もう、この結婚には見切りをつけよう。
夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。
身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。
一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。
幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。
理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました
ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。
このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。
そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。
ーーーー
若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。
作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。
完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。
第一章 無計画な婚約破棄
第二章 無計画な白い結婚
第三章 無計画な告白
第四章 無計画なプロポーズ
第五章 無計画な真実の愛
エピローグ
婚約者とその幼なじみの距離感の近さに慣れてしまっていましたが、婚約解消することになって本当に良かったです
珠宮さくら
恋愛
アナスターシャは婚約者とその幼なじみの距離感に何か言う気も失せてしまっていた。そんな二人によってアナスターシャの婚約が解消されることになったのだが……。
※全4話。
1年後に離縁してほしいと言った旦那さまが離してくれません
水川サキ
恋愛
「僕には他に愛する人がいるんだ。だから、君を愛することはできない」
伯爵令嬢アリアは政略結婚で結ばれた侯爵に1年だけでいいから妻のふりをしてほしいと頼まれる。
そのあいだ、何でも好きなものを与えてくれるし、いくらでも贅沢していいと言う。
アリアは喜んでその条件を受け入れる。
たった1年だけど、美味しいものを食べて素敵なドレスや宝石を身につけて、いっぱい楽しいことしちゃおっ!
などと気楽に考えていたのに、なぜか侯爵さまが夜の生活を求めてきて……。
いやいや、あなた私のこと好きじゃないですよね?
ふりですよね? ふり!!
なぜか侯爵さまが離してくれません。
※設定ゆるゆるご都合主義