21 / 35
21、どうしてこうなるのよ!
スミス子爵家の邸宅にて。
マデリーンはここ数日そわそわしていた。
カルベスに手紙を出してから7日ほど経ったが、返事は一向に届かない。
「どうしてよ。なぜ返事が来ないの? カルベスは焦っているはずよ」
マデリーンの機嫌がどんどん悪くなっていき、使用人たちの緊張感も日ごとに高まる一方だった。
そんなある日、執事が一通の手紙を手にして現れた。
「アランドール家より、お手紙でございます」
「まあっ、カルベスだわ。待っていたのよ!」
マデリーンは執事の手から手紙をひったくり、勢いよく封を破る。
その際、便せんの端まで破ってしまったが、そんなことは気にも留めず、内容に目を走らせる。
‡ ‡ ‡
親愛なるスミス子爵令嬢へ
手紙をありがとう
元気にしているようで安心した
縁談の話があると知り、君が前を向いているのだと思った
自分を大切にしてくれる人と一緒にいようと考えられるのは、とても素敵なことだと思う
いろいろ考えた末の決断だろう
その気持ちを尊重したい
どうか、心から安心できて、笑顔でいられる毎日を過ごしてほしい
今までありがとう
君の幸せを、心から願っている
‡ ‡ ‡
「なんなのよ、これはーっ!!」
手紙を読み終えた瞬間、マデリーンはぐしゃりと便せんを握り潰した。
「どうしてこうなるのよ!」
苛立ちに任せて視線を走らせていると、ふとテーブルの上の書物が目に入った。
その表紙には【男を振り向かせる10の方法】と書かれてある。
マデリーンはテーブルにずかずかと近づき、書物を手にすると睨みつけて言った。
「この本に書かれたことを実践したのに、カルベスは焦って追いかけてくるどころか、あたしの嘘の縁談を信じて祝いの言葉を送ってくるなんて!」
マデリーンは書物を床に叩きつける。
「こんな本は捨ててちょうだい!」
ひとりの使用人が慌てて本を回収した。
マデリーンは腕組みしたまま落ち着かない様子で室内をうろうろする。
「おかしいわ。この前のお茶会で相談した令嬢も言っていたのに。男は追いかければ逃げていく。距離を置けば追いかけてくるって」
ぴたりと足を止め、眉をひそめる。
「あの子も嘘をついていたのね」
マデリーンは悔しそうに歯噛みする。
そのとき、使用人が客人を招いて部屋に入ってきた。
「お嬢様、ダグラス男爵家のジミー様がお見えですが」
「は? 無視して。お父様の縁談は受けないって言ったでしょう」
その直後、扉がバーンと開け放たれ、両手を広げた男爵が満面の笑みで飛び込んできた。
「ああ、マデリーン。そんなつれないこと言わないでくれよ」
凄まじい勢いで駆け寄ってくる男爵に、マデリーンは思いきり蹴りを叩き込んだ。
男爵は吹っ飛び、壁に激突する。
「だ、大丈夫ですか?」
心配そうに覗き込む使用人たちをよそに、男爵はむくりと起き上がり、にへらっと笑った。
「今日の蹴りも見事だね、マデリーン。君の愛が伝わってくるよ」
使用人は半眼になり、マデリーンは本気で吐き気をこらえる。
「ほんっとに気持ち悪い! ジミー、その鬱陶しい顔を見せないでって何度言えばわかるの?」
「顔を見せなければいいのかい? じゃあ次は仮面をつけてこよう」
「そういう問題じゃないのよ! あたしはあんたの顔も体型も嫌いなの!」
「なるほど。じゃあ全身鎧でも着てくるか」
「うあああっ! もうっ! あたしはそれどころじゃないのよ!」
「何かあったのかい?」
「あんたには関係ないわよ!」
ふいっと顔を背けるマデリーンの足もとに、くしゃくしゃになった手紙が落ちている。
ジミーはそれを拾い、さらりと目を通してから「ふむ」と頷いた。
「どうやらアランドール侯爵は、僕と君の結婚を祝ってくれるらしい」
次の瞬間、ふたたびマデリーンの蹴りが飛んだ。
床に叩きつけられた男爵は、その勢いを利用してくるりと回転し、片膝をついて着地した。
そしてポケットから一輪の薔薇を取り出し、マデリーンに向かってすっと差し出す。
「今日は二度も愛の蹴りをくらったから、改めて求婚しよう」
「だから! なんでそうなるのよ! あんたバカじゃないの?」
「バカではなく、誠実な男さ」
「自分で言うことじゃないわよ! 少なくとも顔のいいカルベスは、自分でカッコイイなんて言わないわ」
ジミーは薔薇を近くの水の入ったグラスに突っ込み、急に真面目な顔になった。
「そんな顔だけの男なんて忘れて、君のすべてを受け入れる僕と結婚したほうが幸せになれると思うよ?」
「い、や、よ! だってあんた、背が低くて髪が薄いんだもの! 30過ぎて結婚できないってことは、そういうことなのよ!」
「安心して。君より1ミリ背は高いし、髪もまだかろうじて生えてる。それに愛に年の差なんて関係ないさ」
「なんでそんな自信満々なのよ! ほんっとにバカ! あたしみたいな可愛い令嬢は、顔のいいカルベスみたいな男じゃなきゃだめなの! 地位だって侯爵家と男爵家じゃ比べものにならないでしょ!」
ジミーはふたたび腕を組み、「ふむ」と考え込んだあと、にっこり笑った。
「愛の深さなら僕の勝ちだ。君にツンツンされるほど、僕の愛は燃え上がる」
「気持ち悪いのよ! この変態!」
ふたたびマデリーンの蹴りが炸裂し、ジミーは床にごろごろ転がった。
ところが、彼はマデリーンにげしげし蹴られながら恍惚とした声を上げる。
「ああっ、もっと! もっと罵って! もっと痛めつけて!」
「この変態じじい!」
遠巻きに見ていた使用人たちは、呆れつつも、どこか安心したように微笑を浮かべる。
「正直、お嬢様のお相手が務まるのは男爵くらいだと思うわ」
「わかる。あそこまで我儘なお嬢様を受けとめられる方、他にいないもの」
「ていうか、このふたり、相性よくない?」
ふたりのやりとりがしばらく続きそうなのを察した使用人たちは、顔を見合わせたあと何事もなかったかのように静かに部屋を退室し、それぞれの仕事へ戻っていった。
あなたにおすすめの小説
【本編完結】初恋のその先で、私は母になる
妄夢【ピッコマノベルズ連載中】
恋愛
第19回恋愛小説大賞にて、奨励賞を受賞いたしました。読者の皆様のおかげです!本当ありがとうございます。
王宮で12年働き、気づけば28歳。
恋も結婚も遠いものだと思っていたオリビアの人生は、憧れの年下公爵と一夜を共にしたことで大きく動き出す。
優しく守ろうとする彼。
けれどオリビアは、誰かに選ばれるだけの人生を終わらせたいと思っていた。
揺れる想いの中で、彼女が選んだのは――
自分の足で立ち、自分の未来を選ぶこと。
これは、一人の女性が恋を通して自分を取り戻し、母として、そして一人の人間として強くなっていく物語。
※表紙画像はAI生成イラストをつかっています。
幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました
ゆぷしろん
恋愛
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。
けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。
やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。
――もう、この結婚には見切りをつけよう。
夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。
身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。
一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。
幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。
私を裏切った不倫夫に「どなたですか?」と微笑むまで 〜没落令嬢の復讐劇〜
恋せよ恋
恋愛
「早くあんな女と別れて、可愛い子と一緒になりたいよ」
不倫中の夫が笑う声を聞き、絶望の中で事故に遭うジェシカ。
結婚五年目に授かったお腹の子を失った彼女は、
「記憶を失ったフリ」で夫と地獄の婚家を捨てることを決意。
元男爵令嬢の薄幸ヒロインは、修道院で静かに時を過ごす。
独り身領主の三歳の男の子に懐かれ、なぜか領主まで登場!
無実の罪をなすりつけ、私を使い潰した報いを受けなさい。
記憶喪失を装った没落令嬢による、「ざまぁ」が幕を開ける!
※本作品には、馬車事故による流産の描写が含まれます。
苦手な方はご注意ください。主人公が絶対に幸せになる
物語ですので、安心してお読みいただければ幸いです。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜
矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』
彼はいつだって誠実な婚約者だった。
嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。
『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』
『……分かりました、ロイド様』
私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。
結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。
なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。
※この作品の設定は架空のものです。
※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。
1年後に離縁してほしいと言った旦那さまが離してくれません
水川サキ
恋愛
「僕には他に愛する人がいるんだ。だから、君を愛することはできない」
伯爵令嬢アリアは政略結婚で結ばれた侯爵に1年だけでいいから妻のふりをしてほしいと頼まれる。
そのあいだ、何でも好きなものを与えてくれるし、いくらでも贅沢していいと言う。
アリアは喜んでその条件を受け入れる。
たった1年だけど、美味しいものを食べて素敵なドレスや宝石を身につけて、いっぱい楽しいことしちゃおっ!
などと気楽に考えていたのに、なぜか侯爵さまが夜の生活を求めてきて……。
いやいや、あなた私のこと好きじゃないですよね?
ふりですよね? ふり!!
なぜか侯爵さまが離してくれません。
※設定ゆるゆるご都合主義
【完結】え、別れましょう?
須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」
「は?え?別れましょう?」
何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。
ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?
だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。
※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。
ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。
婚約者とその幼なじみの距離感の近さに慣れてしまっていましたが、婚約解消することになって本当に良かったです
珠宮さくら
恋愛
アナスターシャは婚約者とその幼なじみの距離感に何か言う気も失せてしまっていた。そんな二人によってアナスターシャの婚約が解消されることになったのだが……。
※全4話。
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます