旦那様には想い人がいるようなので、私は好きにさせていただきます!

水川サキ

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23、ところで、恋人は元気か?


 カルベスとミアを乗せた馬車の一行は王都に入った。
 町は建物がぎっしり建ち並び、石畳の大通りには多くの人々が行き交っている。
 市場には各領地の特産品や異国から仕入れためずらしい品が並び、大いに賑わっていた。
 車窓から町の様子を眺めながら、カルベスは感心したように話す。

「何度来ても華やかだな、王都は」
「このような町がお好きですか?」
「ああ、子供心に戻ったみたいでわくわくするよ。侯爵領にはない物がたくさんある」

 ミアはうーんと一瞬考える素振りを見せて、淡々と答える。

「私は旦那様の町のほうが好きですわ。緑がいっぱいで、静かに過ごせる場所もあり、人々が穏やかですもの」

 自分の町が好きと言われて、カルベスは照れくさそうに頬を赤らめる。

「そうか。確かに、この町はみんな忙しそうだな。学生の頃にここで寮生活をしていたが、お互いにあまり干渉せず、距離を置いた関係を築いていた」
「旦那様はどんな学生時代を送られたのですか?」
「勉強ばかりだったな。競争が激しいから友だちもライバルだったし、仲良くなっても心のどこかでは負けたくない気持ちが強くてね」
「そうなんですか。大変でしたねえ」

 まるで他人事のように話すミアに、カルベスは目を瞬かせる。

「え? 君も同じ学院だったよね? 入れ違いだろうけど」
「はい。旦那様が卒業された年に私は入学したようです」
「だったら、あの学校の試験の難しさもよく知っているはずだけど」
「大丈夫です。すべて暗記できましたから」

 カルベスは訊いた自分が馬鹿げていたと思った。
 ミアの能力を知っている今となれば、自分が苦労した試験を彼女が軽々とやってのけたことくらい想像できる。

(ミアは無意識にまわりの反感を買っていそうだなあ)

 カルベスは呆れ顔で問いかける。

「ちなみに、友だちはいたの?」
「はい。いろいろと教えていただきましたわ」

 それは本当に友だちだったのか、と訊こうとしてカルベスは言葉を飲み込む。
 ミアにそれを問いかけても意味はない。
 彼女はそんなことなどまったく気にしていないだろうから。


 馬車はやがてユーベルト伯爵家へ到着した。
 使用人たちが一斉に揃って出迎える中、ミアはにこにこしながら「ただいま」と言い、カルベスは緊張ぎみに「お世話になります」と会釈する。
 そして、エントラスホールで当主のマーサが待ち構えていた。
 相手を射貫くような目つきに引き締まった表情は、まるで猛獣を思わせる威圧感がある。

 カルベスが対面するのは結婚式以来で、今回は二度目だ。
 社交界で“最恐伯爵”と称されるその存在はあまりに強く、カルベスは無意識に背筋を伸ばす。
 そんなとき、ミアが場違いなほど明るい声を上げた。

「伯母様! ただいま帰りました」
「おかえり、と言いたいところだが、お前はもうよそに嫁いだ人間だぞ」
「あ、そうでした。つい伯母様の顔を見たら気持ちが緩んでしまいましたわ」

 クスクス笑うミアを見て、カルベスは驚愕のあまり目を見開いた。

(この恐ろしい顔を見てなんで気が緩むんだよ!)

 ミアはカルベスににっこり笑いかける。

「旦那様、緊張されてますか? 大丈夫ですよ。伯母様は見かけは獣のようですが、中身はウサギさんですから」

 カルベスはさらに目を見開いてミアを凝視する。

(どこがウサギなんだ? 本当にミアの感覚はどうなってるんだ?)

 カルベスがちらりとマーサに目を向けると、彼女はじろりと睨んで低く響く声で告げた。

「長旅は疲れただろう? ゆるりと休むがよい。自分の家だと思ってな」

 カルベスは硬直したまま「はい」と返事をした。
 一応、父からマーサは本当は優しい人だと聞いていたこともあり、たしかに顔つきは恐ろしいが言動から相手を気遣っていることはわかる。
 少しばかり安堵したところに、マーサから問われた。

「ところで、恋人は元気か?」
「えっ……」

 ふたたびカルベスは冷や汗をかき、慌てて答える。

「恋人とは、別れました」

 すると、マーサがさらに目を細め、射貫くような視線を向けた。
 返答に困ったカルベスのとなりで、ミアが声を上げる。

「私のせいでおふたりは破局してしまったのです。マデリーン様を丁重にもてなすつもりが、いろいろと私が余計なことをしてしまったのです。あれからおふたりは気まずくなってしまったようですわ」

 それを聞いたマーサは顔を背け、口もとに手を当ててくっと笑いをこぼした。
 その様子にカルベスはさらに驚き、呆気にとられる。
 マーサはふたたび険しい表情に戻ると、カルベスを真顔で一瞥した。

「ミアが失礼なことをして悪かったな」
「い、いいえ……破局の原因はミアではなく、俺たちの問題です。価値観があまりに違ったんです」
「ふむ。まあ、いい。ミアのせいでないなら気にしないことにしよう」
「はい」

 ミアがマーサの腕を掴んで「話したいことがたくさんある」と言うと、マーサは真顔のままミアに寄り添った。その様子を見たカルベスは拍子抜けする。
 社交界で噂の最恐伯爵は、どうやら姪っ子を相当溺愛しているらしい。

 とりあえず、マーサの意外な一面を目にしたことで、カルベスの緊張の糸は切れた。
 滞在中は穏やかに過ごせるだろう。
 そう思っていたときだった。

「やあ、ひさしぶりだな。カルベス」
「ディルク! どうしてここに?」
「当然、僕もパーティに出席するからだよ。伯爵が滞在を許可してくれたんだ」

 カルベスは一瞬、言葉を失った。
 よりによってミアに好意を寄せているディルクが同じ邸宅内にいるなど、カルベスの心境は穏やかではない。
 ディルクは不敵な笑みを浮かべながら言い放つ。

「君はパーティでスミス令嬢と過ごすだろう? そのあいだ、僕が奥さんの相手をしてあげるよ」

 やはりそれが狙いだったようだ。
 カルベスはきっぱりと断る。

「マデリーンとは別れた。そして、ミアは俺の妻だから、お前が相手をしなくてもいい」
「へえ、別れたの? 意外だ。あの令嬢がよく身を引いたな」
「マデリーンは手紙で結婚の報告をしてくれた。幸せになると書かれていたよ」
「ふうん。それ、信じたのか?」
「は? どういう意味だよ。マデリーンが嘘を言っているとでも?」
「あの子、計算高いからねー。バカだけど」

 カルベスが眉をひそめると、ディルクは肩をすくめた。

「まあ、いいさ。君たちのことなんかどーでも。せっかくの大きなパーティだから僕も相手を探すことにするよ」

 ディルクはひらひらと手を振って立ち去っていく。
 カルベスは複雑な心境だった。

 ディルクとは長い付き合いだが、彼は恋人を作ったり別れたりを繰り返してきた。
 手に入れたいものがあれば悩むことなく即刻行動する。

(ミアのそばをできるだけ離れないようにしよう)

 カルベスの胸中は不安と嫉妬に渦巻いていた。

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