旦那様には想い人がいるようなので、私は好きにさせていただきます!

水川サキ

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26、すべて俺のせいだ


 マデリーンは鮮やかなブルーのドレスを着用し、胸もとにはまばゆいほどギラギラするシルバーのネックレスをつけていた。
 頭には目を瞠るほど大きな青の薔薇が飾られ、全身を青で統一しているのかと思いきや、唇だけは真っ赤なルージュだ。
 そのインパクトは抜群で、周囲の視線を否応なく集めていた。

「マデリーン」

 カルベスがマデリーンに挨拶をしようとすると、彼女はいきなり抱きついてきた。
 
「会いたかったわ、カルベス! 離れているあいだ、あなたのことが忘れられなかったの!」
「えっ……?」

 驚いて目を見開くカルベスの横で、ミアはきょとんとしている。

「カルベス、あたし理解したわ。離れれば離れるほど、あなたへの愛が深くなっていくことに!」
「いや、待って。君は婚約したんじゃ……?」

 混乱するカルベスに、マデリーンが言い放つ。

「そうよ。あたしはお父様に無理やり婚約させられたの。しかも30過ぎたおっさんとよ。冗談じゃないわ。顔も微妙だし身長も低いし、あたしの理想の相手とほど遠いのよ」
「君はまだ、顔で相手を選んでいるのか……」
「当たり前でしょ! 容姿以外に男を選ぶ理由があるかしら?」

 相変わらずのマデリーンに、カルベスは呆れ顔でため息をつく。
 マデリーンはカルベスの手を掴み、必死に懇願する。

「お願いよ、カルベス。今夜のパーティであたしと踊ってちょうだい。そうしなければ、あたしは悲しみで死んでしまうわ」
「え? そんなことで死んだりしないよ」
「いいえ! 涙が枯れるほど泣いてミイラ化して死んでしまうの。カルベスのせいよ」
「はあ?」
「どうして結婚おめでとうなんて言うのよ! あたしがあんな男と本気で結婚するとでも思っているの?」

 マデリーンはカルベスを見つめたまま、別の人物へ人差し指を向ける。
 その指先の向こうにいる小柄な男がヘラっと笑った。
 彼はカルベスに近づいて、軽く一礼。

「あなたはダグラス男爵ですね?」
「どうも。マデリーンの婚約者のジミーです」

 途端にマデリーンがすかさず叫ぶ。

「ちょっと! カルベスに変なこと言わないでちょうだい。あたしはあんたと結婚なんか絶対しないんだから」
「でも、もう決まっていることだしね」
「断固拒否するわ。あんたの顔じゃ生理的に無理なの!」
「ふう、仕方ないなあ。異国の名医か薬術師に相談して僕の顔を変えてもらう薬をもらってくるか」
「顔を変えても無理よ。カルベスくらい高い身長でないとだめ。あと、髪も黒くて艶があってサラサラしてなきゃだめ。カルベスみたいに」
「了解。とある騎士団で身長を伸ばす訓練があるみたいだから参加しよう。髪は増毛薬を手配して黒く染めよう」
「それでもカルベスにはならないわよ!」

 見事なまでの嚙み合わなさ。
 カルベスとミアは呆然としている。
 ふとカルベスがぼそりと呟いた。

「マデリーンの発言をすべて好意的に捉えられるなんて、すごい人だな」
「マデリーン様と婚約者様はとても仲良しなんですね!」
「じゃあ、俺たちは行こうか。ふたりの邪魔をしないように」
「ええ、そうしましょう」

 ふたりが踵を返した瞬間、マデリーンがカルベスの腕をがしっと掴んだ。

「カルベスはあたしとダンスをするの。あたしがどれほど今日を待ちわびてきたかわかる? この日のためにずっとダンスの練習をしてきたのよ」

 カルベスは小さくため息をつくと、マデリーンをまっすぐ見据えて冷静に言った。

「マデリーン、今夜は妻と過ごすことにしているんだ。君にはきちんと別れの手紙を書いたはずだよ」
「何を言っているの? 手紙一つで別れられるとでも? 非常識にもほどがあるわ」
「君との付き合いを始めるときも手紙だったと思うけど……」
「そんな昔のことなんてどーでもいいわよ! 今が大切なのよ。あたしはカルベスとダンスをするの。こんなに大勢の前であたしに恥をかかせるつもり?」

 一連の騒ぎのせいで、誰もがこちらに注目している。
 すると、ミアが平然と言い放った。

「旦那様、マデリーン様とぜひダンスをなさってください。せっかくこれほど楽しみにしていたのですもの。願いを叶えて差し上げてはいかがですか?」
「いや、しかし……」

 困惑するカルベスをよそに、ミアは男爵に問いかける。

「マデリーン様とダンスをする許可をいただけませんか? 婚約者様」
「ふっ、仕方ないね。僕は寛大だから、一度だけなら許可しよう」

 その言葉にマデリーンが抗議の声を上げた。

「なんであんたの許可が必要なのよ!」
「君は僕の婚約者だからさ。当然だろう。パーティで一番最初に他の男とダンスをするというのだから。僕のハートはズキズキするよ」
「ほんっとうるさいわね。カルベス、行きましょ」

 マデリーンが強引に腕を絡めてきて、カルベスは困惑する。
 しかし――

「では、婚約者様。私と踊りませんか?」

 ミアの発言にカルベスは驚愕した。
 ジミーは優雅に一礼し、ミアにすっと手を伸ばす。

「では侯爵夫人。よろしくお願いします」

 ミアはジミーの差し出した手を取り、ふたりはカルベスたちより先にダンスホールの中央へ躍り出た。
 唖然とするカルベスに、マデリーンが笑いかける。

「あら、意外と奥様とジミーはお似合いだわね。まあ、ジミーと結婚してもこうしてお互いのパートナーを交換すればいいわね。我ながら素晴らしい案だわ」

 カルベスはショックのあまりマデリーンの声がもはや聞こえていない。
 とりあえずダンスを始めたが、彼の目線はちらちらとミアのほうへ向けられる。

 ミアは笑顔で楽しそうにジミーとダンスをしている。
 その光景がやけに遠く感じた。
 胸の奥が焼けるように熱く、悶々とした感情がわき立つ。

(なぜ、妻が他の男とダンスをしているんだ……)

 とは思うものの、結局こうなった原因は自分にあるので自業自得だ。

(いい加減にはっきりしよう。すべて俺のせいだ)

 カルベスは決意をこめた表情でマデリーンを見つめた。
 するとマデリーンはそれを勘違いしたのか、頬を赤らめて上目遣いで微笑む。

「カルベスったら照れ屋さんなんだから」
「……マデリーン、あとで話がある」
「嬉しいわ。あたしも愛を語り合いたいと思っていたの」

 カルベスはそれに返事をせず、ただ無言でダンスをこなす。
 その視界の隅で、ミアとジミーがダンスを終えて楽しそうに談笑する姿があった。
 胸の奥がずきりと痛む。

(俺は今、自分を殴りたい。いろんな意味で)

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