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29、それは本当の愛なのか?
マデリーンは腰に手を当てるとミアに鋭い視線を向けた。
そして、強い口調で言い放つ。
「カルベスはあたしと話をするためにここまで来たのよ。奥様は邪魔だから早く立ち去ってくださる?」
「はい、わかりました」
ミアが素直に応じてくるりと背を向けると、カルベスがとっさに引きとめた。
「待って、ミア。俺から離れないで」
「でも、旦那様……マデリーン様が」
「大丈夫。ミアは俺と一緒にいてほしい」
ミアが首を傾げると同時に、マデリーンが激昂した。
「何なのよ、カルベス! あたしと話をすると言いながらどういうこと? 愛を語り合うのではなかったの? あたしはそのためにわざわざ愛の場所を選んだというのに」
「聞いて、マデリーン。俺は君とちゃんと別れ話がしたかったんだ」
「は……?」
マデリーンは口を開けたまま固まった。
カルベスは冷静に続ける。
「君と離れてよくわかった。俺は勘違いをしていた。君と手紙のやりとりをしていたときも、それが恋だと思い込んでいた。けれど、俺は女の子と文通をしたことがなかったから、それが新鮮だっただけなんだ。実際に君と会って価値観も考え方も趣味趣向もまるで違ってて、そんな君と一緒にいても何も感じなかった」
カルベスの言葉に、マデリーンは思いきり顔をしかめて首を捻る。
「何を言っているのよ、カルベス……だって、価値観なんて育った環境が違うから仕方ないでしょ?」
「君は俺の顔が好きだと言っていたよね? それは本当の愛なのか?」
「そうよ。愛に決まっているでしょ」
「じゃあ、俺の顔が君の気に入らない部類だったら、君は俺を好きにならなかったよね?」
「……え、う……そんなの、わからないわよ……」
マデリーンは困惑の表情で言葉に詰まる。
カルベスは落ち着いた口調で話す。
「マデリーン、俺は君が手紙で婚約したことを報告してきたとき、心から祝福したんだ。俺のせいで勘違いさせてしまって本当に申し訳なかったから、今度こそ幸せなってほしいと思ったんだよ」
「勘違いじゃないわよ! あれは、カルベスに振り向いてもらいたくて、わざと嘘をついたのよ!」
「ああ、なんとなくそうじゃないかと思ったよ。でも、君の結婚を祝福する気持ちは本当だ」
「やめてよ! あたしにはカルベスしかいないの! あたしのことを愛して幸せにしてくれる男はこの世でカルベスだけなのよ!」
必死に叫ぶマデリーンに、ミアが横から口を挟む。
「それは違いますわ。マデリーン様のことを心から愛してくださる殿方がいらっしゃいますもの。ジミー様はマデリーン様のすべてを受け入れて慈しんでくださっています」
「余計なことを言わないで! 奥様は黙ってて!」
「はい、失礼しましたっ!」
ミアはぎゅっと固く口を閉じて背筋を伸ばす。
カルベスは静かに告げる。
「俺がすべて悪かったんだ。君から愛人関係を提案されたときに、はっきり断るべきだった。恥ずべきことをしたと反省している」
「反省なんてしなくていいの! カルベスはこれからもあたしと恋人関係でいればいいのよ! たとえジミーと結婚することになっても、あたしの心はカルベスにあるもの」
「だが、俺はもう君のことを見ていない」
マデリーンは衝撃のあまり固まった。
ミアは沈黙しまま、ふたりの顔を交互に見つめる。
「終わりにしよう、マデリーン。お互いの未来のために」
マデリーンはしばし硬直し、ぼろぼろ涙を流す。
「何を言っているの? 意味がわからないわ。カルベスはそこのお飾り妻に何か吹き込まれたんでしょ。人畜無害な顔して悪女なのよ」
「ミアは何もしていないし、何も言っていない。むしろ、俺のことなど興味もない。これは俺自身の問題だ」
「いやよ、絶対に別れないわ。別れるなら死んでやるううっ!」
マデリーンは泣き叫びながら逃げるように走り去った。
◇
これまで、マデリーンはずっとカルベスを引きつけたくてわざと我儘を言っていた。
泣いて逃げれば彼は追いかけてくるからだ。
しかし、マデリーンが途中で立ち止まって振り返るも、カルベスの姿はなかった。
「どうしてなのよ、カルベス。結婚してから変わってしまったわ。以前はあたしが手紙で訴えれば必ず優しい言葉を送ってくれたのに」
勘違いだったとカルベスは言った。
思い返してみれば、最初からずっと彼から熱い想いを感じたことはない。
ずっと片想いだったのかもしれない。
しかし――
「そんなことどうだっていいわよ。あたしがカルベスを好きなんだもの」
ぼそりと呟いた直後、がさりと草を踏む音がした。
マデリーンはハッとして笑顔でそちらを振り向く。
すると、そこにはディルクが立っていて、あからさまに落胆の顔をしてしまった。
「何よ、あなたなの」
「カルベスでなくて悪かったね」
「本当にそうだわ。今はあなたと話す気分じゃないの。さっさと私の前から消えてくれる?」
「言われなくてもそうするよ」
あまりにあっさりとそう言われて、マデリーンは拍子抜けした。
立ち去ろうとするディルクの腕を、慌てて掴んで引きとめる。
「本当に行くことないでしょ。傷心のあたしに何か言葉をかけなさいよ」
「やだよ。君の恋人でもないし」
「ふんっ、冷たいわね。カルベスとぜんぜん違うわ」
「当たり前だろ。でも僕は、誰にでも優しくするあいつのほうが酷いと思うけどね」
「カルベスを悪く言わないでちょうだい」
「はいはい、もういいか? 疲れたから部屋へ戻りたいんだ」
「さっさと行けば?」
カルベスの悪口を言われたことで気分が悪くなり、マデリーンはさっさとディルクの腕を放す。
すると彼は呆れ顔で嘆息し、マデリーンに冷静に言った。
「余計なことかもしれないけどさ。君はもっとよく目を開けてまわりを見たほうがいい。君を好意的に見てくれる人間はなかなかいないと思うからね」
「何が言いたいのよ?」
「別に。じゃあね」
ディルクはにこりともせず、マデリーンに背を向けると、片手でひらっと手を振って立ち去った。
「私がみんなに嫌われていると言いたいの? だけど、あの子だって嫌われているじゃない」
マデリーンの脳裏にミアの噂がよぎる。
ミアは社交界で変人と言われて妙な噂が流れているのに、カルベスは彼女を選んだ。
そのことがマデリーンは許しがたかった。
もはや、カルベスへの熱烈な想いよりも、ミアに対する嫉妬のほうがはるかに強く膨れ上がっていた。
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