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31、恥をかかせてやればいいわ
遡ること前日の夜。
薔薇園から逃げるように自身の部屋へ戻ったマデリーンは荒れていた。
そんなマデリーンを、ジミーがそばで明るく声をかける。
「そんな男はもう忘れて、僕たちの未来について語り合おう」
「うるさいわよ! 気分が悪いときに話しかけないでちょうだい」
「わかった。黙る」
本当に黙り込んでしまったジミーに、マデリーンは鋭い視線を投げつける。
「本当に黙ってどうするのよ! あんたも曲りなりにも婚約者なら、あたしの機嫌を取りなさいよ!」
「しゃべっていいのかい?」
「あー、もう! 鬱陶しいのよ! ちょっと一発殴らせて」
「いいけど、顔はだめだよ。これ以上歪んだら君の理想からどんどん離れてしまうから」
「すでに理想とかけ離れてるわよ!」
マデリーンは拳を振り上げ、殴りかかる。
それをジミーは片手でぱしっとキャッチする。
するとマデリーンは次々と拳を突きつけ、ジミーは手のひらでそれを受けとめた。
「うむ。いいパンチ力だ。マデリーンは今日も元気だね」
「うるさいわよ! 片手で止めるんじゃないわよ」
「じゃあ胸で受けとめるからおいで」
ジミーが満面の笑みで両手を広げると、マデリーンは思いきり顔を歪めた。
しかし体勢が前のめりになっていたマデリーンは、そのままジミーの懐にぽすっと収まってしまう。
ジミーは腕に力を込めるとマデリーンをぎゅっと抱きしめた。
「ちょっと放しなさいよ! 抱擁の許可はしてないわよ!」
「結婚したら毎日抱きしめることになるから練習しておこう」
マデリーンはしばらくじたばたしていたが、ジミーの腕から逃れられないとわかると急に大人しくなった。
「どうしたの? マデリーン」
「別に。あなたって意外と感触がいいのね」
「そうだろう。僕の懐はマデリーンのためにあるんだ。いつでも受け入れてあげる」
「結構よ!」
マデリーンはジミーの腕の力が緩んだ隙に、両手で押して逃れた。
名残惜しそうにするジミーをよそに、マデリーンはソファに腰を下ろす。
(はぁ、イライラするわ。あの奥様の何があっても動じないっていう態度が本当に腹立つのよね)
マデリーンの頭の中はすでにカルベスのことなどまったくなく、ミアのことでいっぱいになっている。
(どうにかしてあの子の狼狽える姿が見たいわ)
侍女がお茶とお菓子を持って部屋を訪れると、ジミーがそれを受けとった。
そして彼は侍女に退室するよう促す。
マデリーンはふと思いついたように顔を上げる。
(そうだわ。お茶会でちょっといたずらしちゃおうかしら)
ジミーがとなりに座り、スプーンでプディングをすくって「はい、あーん」とマデリーンに向ける。
(そうよ。ちょっと恥をかかせてやればいいわ。それくらいしないと気分が晴れないもの)
マデリーンは自身に差し出されたスプーンを無意識にぱくりと口へ入れる。
とたんに甘みが広がり、ふっと笑みを浮かべる。
「美味しい?」
訊かれて初めてジミーがとなりにいることに気づいたマデリーンは苛立ちながら声を上げる。
「何やってんのよ、あんた!」
「君の好きなデザートだよ」
「そんなこと知ってるわよ。自分で食べるからちょうだい」
ジミーからスプーンを奪うと、マデリーンはプディングを口にしながらにやりと笑った。
(明日のお茶会が楽しみだわ)
◇
そして翌日。
マデリーンは茶会の前に、一部の令嬢たちを集めてミアのについて誇張した話を聞かせた。
ミアに対する印象が悪い者ばかりだったので、少し話すと彼女たちはマデリーンに同情してくれた。
「以前から変わった子だとは思っていたわ」
「私は貴族学院のときに一緒だったけど、自分が優秀だからって周囲を鼻で笑って見下していたわよ」
「本当に性格の悪い子だわ。目にもの見せてやりたいくらいよ」
そこでマデリーンはある計画を話す。
すると令嬢たちは驚き、同時ににんまり笑った。
「もう、マデリーン様はいたずら心がおありねえ」
「それくらいしても許されるのではなくて?」
「あの夫人の取り乱す姿が見られるだけでも爽快だわ」
マデリーンの計画に反対意見はなく、むしろ全員乗り気だった。
そして彼女たちは茶会の催される部屋へ一足早く入ると、準備をおこなう侍女たちの目を盗んでミアの席に近づく。
白いカップに彼女たちの視線が集まる。
含み笑いの滲んだその表情はわずかに歪んでいる。
がちゃりと扉が開いて次々と令嬢たちが入室すると、ミアの席にいた者たちはそそくさと自分の席へ着いた。
マデリーンも背筋を伸ばして静かに着席している。
やがてミアが現れて、自分の席へ腰を下ろす。
マデリーンは口角を上げたままミアを見つめる。
その視線に気づいたミアが、にっこりと笑顔を向けた。
(ふん、そんな笑顔ができるのも今のうちよ)
侍女たちがそれぞれのカップへお茶を注ぐ。
カップから熱い湯気が立ちのぼり、ほのかに柑橘系と薔薇の香りが漂う。
マデリーンとその取り巻きは、ミアがお茶を口にする様子を固唾を呑んで見守った。
ミアがお茶を口に含んで目を丸くする。
マデリーンは堪えきれずにふっと笑みを洩らす。
ところが、ミアは特に動じることもなくお茶を飲み続けた。
マデリーンは驚いた顔で固まる。
(おかしいわ。どうしてそのお茶が飲めるのよ?)
ミアはとなりの令嬢と談笑し、ケーキを食べて、ふたたびお茶を飲む。
マデリーンもお茶を飲みながらミアの様子をうかがう。
当然この計画に賛同した令嬢たちも、眉をひそめながらお互いに顔を合わせた。
マデリーンは我慢できなくなり、となりの令嬢に声をかける。
「このお茶、本当に美味しいわね。そう思わない?」
「ええ、本当に。王都の高級茶葉は最高だわ」
令嬢と話しているあいだも、マデリーンはミアの様子をうかがった。
ミアはすでにカップのお茶を飲み干して、おわかりを要望している。
「まあ、侯爵夫人はよほどそのお茶をお気に召されたようですわね」
この策略を知る令嬢がミアに声をかけた。
するとミアは満面の笑みでさらりと答える。
「はい、とても美味しいですわ。ケーキも美味しくて見た目も綺麗ですし、作り方を教わりたいくらいです」
その返答にマデリーンたちは絶句したが、事情を知らない令嬢たちはミアに好意的な反応を見せる。
「まあ、お菓子作りをなさるの?」
「最近手作りお菓子が流行っていますものね」
「私も作ってみたいわ」
ミアはあっという間に話題の中心になった。
それを見たマデリーンたちは表情を曇らせる。
(何なのよ、あの子。味覚がおかしいんじゃないの?)
マデリーンは胸中で呟きながら、好物のムースケーキをスプーンで口に頬張る。
次の瞬間、バタンと音がして全員がそちらへ目を向けた。
マデリーンも視線を向けると、床にミアが倒れていた。
この場が一気に騒然となる。
「まあ、侯爵夫人。どうかされたのですか?」
「お体の具合でも悪いのですか?」
令嬢たちが声をかけるも、ミアはぴくりとも動かない。
次第に不安の声から悲鳴に変わっていく。
「大変だわ。夫人の顔が真っ青よ」
茶会の席は騒然となった。
侍女たちは慌てふためき、令嬢たちも狼狽えている。
マデリーンは放心状態だった。
(え、嘘……そんな……こんなつもりじゃ……)
動かないミアを見て、マデリーンは青ざめた顔で震えた。
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