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21、レイラの血筋(エリオス)
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気まずさが漂うのを感じとったのか、侯爵は場を和ませるように、明るい口調で話を続けてくれた。
「レイラと呼んでもいいだろうか?」
「はい」
「君は奇跡の絵を描くことができるとエリオス殿に聞いた。実は私の弟もそういった絵を描いていたんだ。もし君がそのことについてもっと知りたいと思うなら、ぜひうちへ招待したいと思っている」
「本当ですか?」
「ああ。弟は数年前に亡くなってしまったが、彼の遺品がある。君の手助けになるなら、ぜひいろいろ見せてあげたい」
「そんな大切なものを私が拝見してもよろしいのでしょうか?」
「誰の目にも触れないままより、誰かの役に立てたほうが弟も喜ぶだろう。彼は人助けのためにいろんな国を渡り歩いていたからね」
「そうですか。では、よろしくお願いします」
レイラの声がどことなく穏やかになった。
少し安堵したような口調だ。
それからふたりはお茶を飲みながら他愛無い話をしていた。
侯爵はカルベラ国の話や息子たちの話をして、レイラはよく笑っていた。
ただ、レイラから自身の家族や生い立ちについての話が出ることはなかった。
「では、再びお会いできるのを楽しみにしています」
談笑のあと、レイラはそう言って静かに退室した。
ふたりきりになった瞬間、侯爵は大きなため息をついた。
「はぁ、まいった……これは、予想以上だ。まるで弟が目の前にいるようだったよ」
その言葉に、胸の奥で高揚感がわいた。
やはりレイラは……と考え、すぐに冷静さを取り戻す。
「そんなに似ているんですか?」
「似ているなんてものじゃないよ。彼女は弟そのものだ。あの綺麗な銀の髪はカルベラ王族の特徴なんだよ。現国王はそれほどではないが、彼女はどうやらその血を濃く受け継いでいるらしい」
どうやらこの話は、俺の手には負えないほど大変な事態になりつつある。
ハルトマン侯爵の父である先代侯爵の妻エレノア、つまり目の前のマークの母親は元王女だ。
もし、レイラがハルトマン家の血筋であれば、彼女は王族の血を引いている。
「この事実は、慎重に調べる必要がありそうですね」
「ああ。だが、彼女の姿を見て、ほぼ確信している。加えて、彼女が弟と同じ能力を持っているというのなら、調べるまでもないがね」
侯爵がここまで断言できるということは、スヴェンとレイラは相当似ているのだろう。
俺だけが彼女の姿を見られないのが、本当に残念でならない。
ふと、先ほどの彼の説明を思い出し、疑問を口にする。
「なぜ、スヴェンは愛した人と別れることになったのでしょうね?」
「そのことは私にもわからない。ただ、わが国とこの国は一時的に断交していた。レイラの年齢からすると、ちょうどその時期に当たる」
「なるほど」
許されない恋だったということか。
今なら何ら問題ないというのに。
「弟は自身がカルベラ人だと隠してこの国に入り込んだのだろう。彼は国境に関係なく、自分の力で人々の助けになりたがった。しかし、自身がカルベラ王族の血を引いていることは、決して知られてはいけなかった。おそらく恋人にもその事実を話していなかっただろうな」
なんと物悲しく切ないことだ。
スヴェンはいつも穏やかに話してくれていたが、どこか悲壮感の漂う空気をまとっていた。
それが彼の特徴だと思っていたが、背景を知ると、胸が締めつけられるものだ。
「では、私はさっそく帰国してこのことを母に話してみようと思う。母は動揺するだろうが、とにかく冷静に話をする必要がある。そして、レイラの血筋について調べたいが、まずはやはり彼女の了承を得ることが先だろう。折を見てエリオス殿から彼女にこのことを話してもらえるだろうか?」
「そのつもりです。では、また連絡します」
「ああ。次はハルトマン家で会おう」
こうして、俺は侯爵と握手を交わした。
ひとりになった俺はソファに深く腰を下ろし、ため息をついた。
緊張感が一気に抜けたような感覚だ。
さて、レイラにどのように切り出そうか。
だが、彼女もさすがに何かに勘づいただろう。
少し時間を置いたら、彼女に会って話をしよう。
彼女の未来について大切なことだ。
そして、俺にとっても――
「レイラと呼んでもいいだろうか?」
「はい」
「君は奇跡の絵を描くことができるとエリオス殿に聞いた。実は私の弟もそういった絵を描いていたんだ。もし君がそのことについてもっと知りたいと思うなら、ぜひうちへ招待したいと思っている」
「本当ですか?」
「ああ。弟は数年前に亡くなってしまったが、彼の遺品がある。君の手助けになるなら、ぜひいろいろ見せてあげたい」
「そんな大切なものを私が拝見してもよろしいのでしょうか?」
「誰の目にも触れないままより、誰かの役に立てたほうが弟も喜ぶだろう。彼は人助けのためにいろんな国を渡り歩いていたからね」
「そうですか。では、よろしくお願いします」
レイラの声がどことなく穏やかになった。
少し安堵したような口調だ。
それからふたりはお茶を飲みながら他愛無い話をしていた。
侯爵はカルベラ国の話や息子たちの話をして、レイラはよく笑っていた。
ただ、レイラから自身の家族や生い立ちについての話が出ることはなかった。
「では、再びお会いできるのを楽しみにしています」
談笑のあと、レイラはそう言って静かに退室した。
ふたりきりになった瞬間、侯爵は大きなため息をついた。
「はぁ、まいった……これは、予想以上だ。まるで弟が目の前にいるようだったよ」
その言葉に、胸の奥で高揚感がわいた。
やはりレイラは……と考え、すぐに冷静さを取り戻す。
「そんなに似ているんですか?」
「似ているなんてものじゃないよ。彼女は弟そのものだ。あの綺麗な銀の髪はカルベラ王族の特徴なんだよ。現国王はそれほどではないが、彼女はどうやらその血を濃く受け継いでいるらしい」
どうやらこの話は、俺の手には負えないほど大変な事態になりつつある。
ハルトマン侯爵の父である先代侯爵の妻エレノア、つまり目の前のマークの母親は元王女だ。
もし、レイラがハルトマン家の血筋であれば、彼女は王族の血を引いている。
「この事実は、慎重に調べる必要がありそうですね」
「ああ。だが、彼女の姿を見て、ほぼ確信している。加えて、彼女が弟と同じ能力を持っているというのなら、調べるまでもないがね」
侯爵がここまで断言できるということは、スヴェンとレイラは相当似ているのだろう。
俺だけが彼女の姿を見られないのが、本当に残念でならない。
ふと、先ほどの彼の説明を思い出し、疑問を口にする。
「なぜ、スヴェンは愛した人と別れることになったのでしょうね?」
「そのことは私にもわからない。ただ、わが国とこの国は一時的に断交していた。レイラの年齢からすると、ちょうどその時期に当たる」
「なるほど」
許されない恋だったということか。
今なら何ら問題ないというのに。
「弟は自身がカルベラ人だと隠してこの国に入り込んだのだろう。彼は国境に関係なく、自分の力で人々の助けになりたがった。しかし、自身がカルベラ王族の血を引いていることは、決して知られてはいけなかった。おそらく恋人にもその事実を話していなかっただろうな」
なんと物悲しく切ないことだ。
スヴェンはいつも穏やかに話してくれていたが、どこか悲壮感の漂う空気をまとっていた。
それが彼の特徴だと思っていたが、背景を知ると、胸が締めつけられるものだ。
「では、私はさっそく帰国してこのことを母に話してみようと思う。母は動揺するだろうが、とにかく冷静に話をする必要がある。そして、レイラの血筋について調べたいが、まずはやはり彼女の了承を得ることが先だろう。折を見てエリオス殿から彼女にこのことを話してもらえるだろうか?」
「そのつもりです。では、また連絡します」
「ああ。次はハルトマン家で会おう」
こうして、俺は侯爵と握手を交わした。
ひとりになった俺はソファに深く腰を下ろし、ため息をついた。
緊張感が一気に抜けたような感覚だ。
さて、レイラにどのように切り出そうか。
だが、彼女もさすがに何かに勘づいただろう。
少し時間を置いたら、彼女に会って話をしよう。
彼女の未来について大切なことだ。
そして、俺にとっても――
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