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29、あたたかい家族
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私とエリオスはとなり合って座り、テーブルを挟んで向かい側に婦人と侯爵が腰を下ろした。
侍女が淹れてくれたお茶は、このあいだ侯爵がお土産にくれたものと違うけれど、これも美味しかった。
テーブルにたくさんのお菓子が並ぶと、婦人が私に声をかけてくれた。
「さあ、お菓子を食べてちょうだい。チョコレートはお好きかしら?」
「はい。とても好きです」
「ねえ、そこのあなた。彼女にチョコレートを取り分けてちょうだい」
婦人が使用人に声をかけると、となりで侯爵が肩をぽんっと軽く叩いた。
「慌てなくていい。まずは挨拶をしよう」
「ええ、そうね。私ったら嬉しくてつい……」
婦人が私に目を向けてにっこり笑った。
いまだ戸惑う私に、となりでエリオスも優しく声をかけてくれる。
「緊張しなくていい。みんな、とても優しい人たちだ」
それを聞いて安堵し、笑みがこぼれた。
「改めまして。私はスヴェンの母エレノアと申します。先ほどは取り乱して失礼しましたね。どうぞ、あなたの家だと思ってくつろいでちょうだいね」
婦人はきちんと姿勢を正し、表情もきりっとさせて、はっきりとした口調で話した。
「ありがとうございます」
私が答えると婦人はとなりの侯爵に向かって訊ねた。
「私の話をどこまでしているのかしら?」
「ああ。スヴェンの母であることしか伝えていない」
「わかったわ。では、あれをお見せしてちょうだい」
婦人が声をかけると、侍従が使用人とともに大きな肖像画を運んできて、被せてある布をするりと外した。
それを目にした私は、驚きのあまり思わず声を洩らした。
「……私?」
肖像画に描かれている人物は、今の私とよく似た容姿をしているのだ。
髪や目の色だけでなく、体型も表情もすべてがまるで鏡に映る自分を見ているかのようだった。
けれど、その人物は格式高い衣装に身を包み、高価な宝石と輝くティアラを身につけていた。
その気品と威厳は令嬢よりも格上の人物であることを示している。
つまり、私であるはずがないのだ。
「すみません。失言を……」
「いいえ。あなたの反応はもっともですよ。なぜなら、私も同じことを思いましたもの」
婦人が微笑んでそう言った。
この肖像画について侯爵が説明をする。
「母さんはこのカルベラ国の王族の血を引く、エレノア・カリスベール元王女殿下なんだよ」
私は驚いて息を呑んだ。
カルベラ国の王室についての情報はあまり我が国では知られていない。
現国王と王妃、そしてその王子と王女のことを耳にしたことはある。
私が貴族学院に席を置いていたとき、現国王と王妃は国賓として招かれ、学校ではその話題で持ちきりになった。
私はほとんど学校へ行かず、ずっと家にこもっていたから実際に目にしたことはなかったけれど、国王は金髪だと聞いていた。
「お会いできて、光栄でございます」
私が震え声で言うと、婦人は破顔した。
「いやだわ。かしこまらなくていいのよ。今はただのおばあさんですから」
そのとなりで侯爵が説明を加える。
「ああ。君に素性を話したのは、母さんと君がよく似ていることを示したかったからだ。これでわかっただろう? 君自身も母さんと似ていることが」
「はい。とても……」
言葉がうまく出ず、唇をぎゅっと引き結ぶ。
胸の鼓動がさっきよりも一層高まるのを感じた。
侯爵は少し間を置いて、今後のことを私に説明した。
「今回、君にスヴェンのことを話し、彼の遺品を見せてあげようと思う。その代わりと言ってはなんだが、君がこの家の血筋であることをきちんと証明させてもらいたい。そのために、針で親指から1滴だけ血をいただくが、構わないだろうか?」
「はい。それは大丈夫です」
私が答えるとすぐに、婦人が反応した。
「まあ、血筋なんて調べなくていいじゃないの。こんなに似ているのだから、それだけで充分よ」
「母さん、これはハルトマン家だけの問題ではないんだ。レイラが我が国の王族の血を引いていることの証明にもなる」
「そんなこと、私はどうでもいいのです。孫娘と生きて会うことができただけで、これほど幸せなことはないわ」
ふたりのやりとりを静かに眺めながら、私は答えた。
「調べていただいて大丈夫です。私も、真実を知りたいと思います」
すると、侯爵と婦人はふたりとも穏やかに微笑んだ。
そして婦人はすぐに侯爵に付け加える。
「仮にもし、そんなことはないと思うけれど……もしもレイラと血の繋がりがなくても、私はもう彼女の祖母ですからね!」
「母さんはもう……」
侯爵が呆れたように肩をすくめる。
私はただ驚くばかりだった。
そして同時に胸が熱くなる。
生まれたときからずっと一緒にいた父からは、そんな言葉を投げかけてもらったことなどないのに。
この家の人たちはなんて温かいのだろう。
胸が熱くなり、自然と笑みがこぼれる。
ふととなりを見ると、エリオスもこちらを向いて静かに微笑んでいた。
侍女が淹れてくれたお茶は、このあいだ侯爵がお土産にくれたものと違うけれど、これも美味しかった。
テーブルにたくさんのお菓子が並ぶと、婦人が私に声をかけてくれた。
「さあ、お菓子を食べてちょうだい。チョコレートはお好きかしら?」
「はい。とても好きです」
「ねえ、そこのあなた。彼女にチョコレートを取り分けてちょうだい」
婦人が使用人に声をかけると、となりで侯爵が肩をぽんっと軽く叩いた。
「慌てなくていい。まずは挨拶をしよう」
「ええ、そうね。私ったら嬉しくてつい……」
婦人が私に目を向けてにっこり笑った。
いまだ戸惑う私に、となりでエリオスも優しく声をかけてくれる。
「緊張しなくていい。みんな、とても優しい人たちだ」
それを聞いて安堵し、笑みがこぼれた。
「改めまして。私はスヴェンの母エレノアと申します。先ほどは取り乱して失礼しましたね。どうぞ、あなたの家だと思ってくつろいでちょうだいね」
婦人はきちんと姿勢を正し、表情もきりっとさせて、はっきりとした口調で話した。
「ありがとうございます」
私が答えると婦人はとなりの侯爵に向かって訊ねた。
「私の話をどこまでしているのかしら?」
「ああ。スヴェンの母であることしか伝えていない」
「わかったわ。では、あれをお見せしてちょうだい」
婦人が声をかけると、侍従が使用人とともに大きな肖像画を運んできて、被せてある布をするりと外した。
それを目にした私は、驚きのあまり思わず声を洩らした。
「……私?」
肖像画に描かれている人物は、今の私とよく似た容姿をしているのだ。
髪や目の色だけでなく、体型も表情もすべてがまるで鏡に映る自分を見ているかのようだった。
けれど、その人物は格式高い衣装に身を包み、高価な宝石と輝くティアラを身につけていた。
その気品と威厳は令嬢よりも格上の人物であることを示している。
つまり、私であるはずがないのだ。
「すみません。失言を……」
「いいえ。あなたの反応はもっともですよ。なぜなら、私も同じことを思いましたもの」
婦人が微笑んでそう言った。
この肖像画について侯爵が説明をする。
「母さんはこのカルベラ国の王族の血を引く、エレノア・カリスベール元王女殿下なんだよ」
私は驚いて息を呑んだ。
カルベラ国の王室についての情報はあまり我が国では知られていない。
現国王と王妃、そしてその王子と王女のことを耳にしたことはある。
私が貴族学院に席を置いていたとき、現国王と王妃は国賓として招かれ、学校ではその話題で持ちきりになった。
私はほとんど学校へ行かず、ずっと家にこもっていたから実際に目にしたことはなかったけれど、国王は金髪だと聞いていた。
「お会いできて、光栄でございます」
私が震え声で言うと、婦人は破顔した。
「いやだわ。かしこまらなくていいのよ。今はただのおばあさんですから」
そのとなりで侯爵が説明を加える。
「ああ。君に素性を話したのは、母さんと君がよく似ていることを示したかったからだ。これでわかっただろう? 君自身も母さんと似ていることが」
「はい。とても……」
言葉がうまく出ず、唇をぎゅっと引き結ぶ。
胸の鼓動がさっきよりも一層高まるのを感じた。
侯爵は少し間を置いて、今後のことを私に説明した。
「今回、君にスヴェンのことを話し、彼の遺品を見せてあげようと思う。その代わりと言ってはなんだが、君がこの家の血筋であることをきちんと証明させてもらいたい。そのために、針で親指から1滴だけ血をいただくが、構わないだろうか?」
「はい。それは大丈夫です」
私が答えるとすぐに、婦人が反応した。
「まあ、血筋なんて調べなくていいじゃないの。こんなに似ているのだから、それだけで充分よ」
「母さん、これはハルトマン家だけの問題ではないんだ。レイラが我が国の王族の血を引いていることの証明にもなる」
「そんなこと、私はどうでもいいのです。孫娘と生きて会うことができただけで、これほど幸せなことはないわ」
ふたりのやりとりを静かに眺めながら、私は答えた。
「調べていただいて大丈夫です。私も、真実を知りたいと思います」
すると、侯爵と婦人はふたりとも穏やかに微笑んだ。
そして婦人はすぐに侯爵に付け加える。
「仮にもし、そんなことはないと思うけれど……もしもレイラと血の繋がりがなくても、私はもう彼女の祖母ですからね!」
「母さんはもう……」
侯爵が呆れたように肩をすくめる。
私はただ驚くばかりだった。
そして同時に胸が熱くなる。
生まれたときからずっと一緒にいた父からは、そんな言葉を投げかけてもらったことなどないのに。
この家の人たちはなんて温かいのだろう。
胸が熱くなり、自然と笑みがこぼれる。
ふととなりを見ると、エリオスもこちらを向いて静かに微笑んでいた。
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