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40、君を取り戻したい(アベリオ)
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相変わらずパーティと外出に明け暮れるセリスに、僕は呆れるばかりだった。
最近は何を言っても不機嫌になる。
これなら大人しいレイラのほうがよかった。
レイラは絵が描けなくなったが、侯爵夫人としてなら何ら問題はないから。
セリスの家であのウィッグを見つけたときから、ずっと違和感が拭えなかった。
もしかすると、僕が目撃したレイラの不貞現場はセリスだったのかもしれない。
そんな可能性に気づけなかった自分を、僕は責めた。
むしゃくしゃして、最近はよく酒屋へ入り浸っている。
貴族がよく訪れるそこそこ格式のある店だ。
ひとりで高級ワインを傾け、ほどよく酔いが回ってきたころだった。
「レイラという聖絵師が、奇跡の絵を描くらしいぞ」
見知らぬ客のその言葉に、僕ははっとして耳を澄ませた。
「なんでも月明かりで魔法のような絵を生み出すらしい。そしてその絵は一晩しか見られないということだ」
「バカげたことを。魔法なぞあるわけないだろう」
「しかし、実際に見た奴がいるんだ。孤児院で働いている奴が言っていた。その娘が夜空に光の絵を描いたとな」
「夢でも見たんじゃないか?」
僕はその話を聞きながら、光る絵についての記憶を手繰った。
昔、カルベラ国出身の生徒がクラスで「絵が光るんだ」と言って笑われていたことがある。
その子は聖絵師なら可能だと言っていた。
だが、この国に光る絵を描く聖絵師など存在しない。
もし本当にレイラがその能力に目覚めたのなら、とんでもない話だ。
僕は残りのワインを放ったまま立ち上がり、支払いを済ませて店を出た。
翌日、真実を確かめるために、神殿と繋がりのある知人に訊くことにした。
「ああ、確かにレイラは戻ってきたようだ。父親は異国で行方不明と言っていたが、生きていたんだ。神殿で光る絵を披露して、他の聖絵師たちが度肝を抜いたらしいよ」
「彼女は今どこにいる?」
「ノルディーン公爵の屋敷で暮らしているそうだ。婚約でもしているんじゃないか?」
その言葉は、衝撃と期待を同時に運んできた。
レイラがノルディーン公爵の婚約者だって?
いや、まだ決まったわけではない。
しかも婚約には親の許可が必要だ。
レイラの父はまだ娘が生きていることを知らないはず。
もしかすると、これがレイラを取り戻すチャンスかもしれない。
さっそく僕はレイラの父に会いに行き、事情を説明した。
すると彼は驚きと歓喜をあらわにした。
「レイラが生きているだと? それは、連れ戻さねばなるまい」
「縁談相手に連絡しますか?」
「縁談相手? ああ、あの初老男爵のことか。まあいい。レイラはうちに戻す。今こそレイラの力が必要だ。セリスはまったく役に立たん。あれほど働かないとは思わなかったが、妹が激怒するからあまり強くは言えん。レイラさえいれば、また仕事もさせられる。能力が上がっているなら、商売もできるだろう」
僕は彼の話を聞き流し、静かになったところで切り出した。
「僕はセリスとの婚約を解消して、やはりレイラと結婚しようと思います」
「ああ、復縁してくれるのか。それはいい。ただしレイラが私の仕事を必ず果たすことが条件だ」
「以前と変わりません」
「それならいい。すべて元通りだ。いやあ、よかったよかった」
正直、この男がこれほど愚かだとは思わなかった。
僕がレイラと付き合っていたときは愛想よくしていたから気づかなかったが、セリスと付き合い出してからは露骨に自分の本性を剥き出しにしてきた。
レイラは僕に嫌われたくないから父親の愚痴を一切言わなかったのだろう。
その健気な姿に、今なら同情できる。
この男にレイラを返す気などさらさらない。
レイラが僕と結婚して侯爵家に入れば、この男の仕事などさせるつもりはない。
彼女には侯爵夫人として果たすべき務めがあると言えば問題ないだろう。
だが、とにかくまずはレイラを取り戻すことだ。
あとはどうにでもなる。
そして問題はセリスだが、彼女は素直に従わないだろう。
どうにか彼女に罪を突きつけて破談に持っていくよう仕向けるしかない。
そう、セリスがレイラにしたことと同じように。
「ところで、レイラは今どこにいる?」
「ノルディーン公爵の屋敷にいるようです」
「何? あの盲目公爵か。格はあるが社交界には滅多に顔を出さない謎の人物だ。そいつがレイラを狙っているのか?」
「婚約の噂はありますが、はっきりとはしませんね」
「ふん、父上の権力で破談にしてくれる」
「お願いしますよ。頼れるのはあなたしかいません、お義父様」
「はははっ、任せろ。そもそもレイラの縁談は君のものだったのだからな、アベリオ」
その陽気な笑顔を見て、僕は心底安堵した。
最近のこの人はわかりやすい。
おだてれば調子に乗る。自分の利益のためなら手段を選ばない。
たとえ家族を犠牲にしても。
まあ、僕はレイラが取り戻せるなら何でもいいのだが。
レイラ、早く君に会いたいよ。
最近は何を言っても不機嫌になる。
これなら大人しいレイラのほうがよかった。
レイラは絵が描けなくなったが、侯爵夫人としてなら何ら問題はないから。
セリスの家であのウィッグを見つけたときから、ずっと違和感が拭えなかった。
もしかすると、僕が目撃したレイラの不貞現場はセリスだったのかもしれない。
そんな可能性に気づけなかった自分を、僕は責めた。
むしゃくしゃして、最近はよく酒屋へ入り浸っている。
貴族がよく訪れるそこそこ格式のある店だ。
ひとりで高級ワインを傾け、ほどよく酔いが回ってきたころだった。
「レイラという聖絵師が、奇跡の絵を描くらしいぞ」
見知らぬ客のその言葉に、僕ははっとして耳を澄ませた。
「なんでも月明かりで魔法のような絵を生み出すらしい。そしてその絵は一晩しか見られないということだ」
「バカげたことを。魔法なぞあるわけないだろう」
「しかし、実際に見た奴がいるんだ。孤児院で働いている奴が言っていた。その娘が夜空に光の絵を描いたとな」
「夢でも見たんじゃないか?」
僕はその話を聞きながら、光る絵についての記憶を手繰った。
昔、カルベラ国出身の生徒がクラスで「絵が光るんだ」と言って笑われていたことがある。
その子は聖絵師なら可能だと言っていた。
だが、この国に光る絵を描く聖絵師など存在しない。
もし本当にレイラがその能力に目覚めたのなら、とんでもない話だ。
僕は残りのワインを放ったまま立ち上がり、支払いを済ませて店を出た。
翌日、真実を確かめるために、神殿と繋がりのある知人に訊くことにした。
「ああ、確かにレイラは戻ってきたようだ。父親は異国で行方不明と言っていたが、生きていたんだ。神殿で光る絵を披露して、他の聖絵師たちが度肝を抜いたらしいよ」
「彼女は今どこにいる?」
「ノルディーン公爵の屋敷で暮らしているそうだ。婚約でもしているんじゃないか?」
その言葉は、衝撃と期待を同時に運んできた。
レイラがノルディーン公爵の婚約者だって?
いや、まだ決まったわけではない。
しかも婚約には親の許可が必要だ。
レイラの父はまだ娘が生きていることを知らないはず。
もしかすると、これがレイラを取り戻すチャンスかもしれない。
さっそく僕はレイラの父に会いに行き、事情を説明した。
すると彼は驚きと歓喜をあらわにした。
「レイラが生きているだと? それは、連れ戻さねばなるまい」
「縁談相手に連絡しますか?」
「縁談相手? ああ、あの初老男爵のことか。まあいい。レイラはうちに戻す。今こそレイラの力が必要だ。セリスはまったく役に立たん。あれほど働かないとは思わなかったが、妹が激怒するからあまり強くは言えん。レイラさえいれば、また仕事もさせられる。能力が上がっているなら、商売もできるだろう」
僕は彼の話を聞き流し、静かになったところで切り出した。
「僕はセリスとの婚約を解消して、やはりレイラと結婚しようと思います」
「ああ、復縁してくれるのか。それはいい。ただしレイラが私の仕事を必ず果たすことが条件だ」
「以前と変わりません」
「それならいい。すべて元通りだ。いやあ、よかったよかった」
正直、この男がこれほど愚かだとは思わなかった。
僕がレイラと付き合っていたときは愛想よくしていたから気づかなかったが、セリスと付き合い出してからは露骨に自分の本性を剥き出しにしてきた。
レイラは僕に嫌われたくないから父親の愚痴を一切言わなかったのだろう。
その健気な姿に、今なら同情できる。
この男にレイラを返す気などさらさらない。
レイラが僕と結婚して侯爵家に入れば、この男の仕事などさせるつもりはない。
彼女には侯爵夫人として果たすべき務めがあると言えば問題ないだろう。
だが、とにかくまずはレイラを取り戻すことだ。
あとはどうにでもなる。
そして問題はセリスだが、彼女は素直に従わないだろう。
どうにか彼女に罪を突きつけて破談に持っていくよう仕向けるしかない。
そう、セリスがレイラにしたことと同じように。
「ところで、レイラは今どこにいる?」
「ノルディーン公爵の屋敷にいるようです」
「何? あの盲目公爵か。格はあるが社交界には滅多に顔を出さない謎の人物だ。そいつがレイラを狙っているのか?」
「婚約の噂はありますが、はっきりとはしませんね」
「ふん、父上の権力で破談にしてくれる」
「お願いしますよ。頼れるのはあなたしかいません、お義父様」
「はははっ、任せろ。そもそもレイラの縁談は君のものだったのだからな、アベリオ」
その陽気な笑顔を見て、僕は心底安堵した。
最近のこの人はわかりやすい。
おだてれば調子に乗る。自分の利益のためなら手段を選ばない。
たとえ家族を犠牲にしても。
まあ、僕はレイラが取り戻せるなら何でもいいのだが。
レイラ、早く君に会いたいよ。
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