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38、因縁の再会
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セリスは私を見て、目を見開いた。
次の瞬間、彼女は作り物みたいな笑みを浮かべて駆け寄ってきた。
「レイラ! レイラじゃないの! どうしてこんなところに? 会いたかったわ! 生きていたのね!」
白々しいにもほどがある。
けれど、子供たちの前で波風を立てるわけにもいかない。
私は微笑みを作った。
「久しぶりね、セリス」
「あなたが嫁ぎ先へ向かう途中で行方不明になったと聞いて、毎晩泣いていたのよ。ああ、本当に心配したんだから。今はどこに住んでいるの? 伯父様には報告したの?」
「父には会っていないわ。追い出されたも同然だもの」
「追い出されたなんて……言い方が悪いわよ。父親に向かって」
その言葉に反論する気も起きなかった。
私は淡々と答える。
「今は彼のお屋敷にお世話になっているの。仕事もしているわ」
セリスの視線が、となりに立つエリオスへと向かう。
「こんにちは。君が従妹かな? レイラから話は聞いているよ」
穏やかに告げるエリオスに、セリスは一瞬、表情を固くした。
そして、私へと向き直り、声を低くする。
「嫁ぎ先でもない殿方の屋敷に住むなんて……裏切りになるわよ、レイラ」
「なんと言われても構わないわ。私は命の恩人に恩返しをしているだけ」
「伯父様に伝えておくわ。あなたが生きていることを。きっと、すぐに迎えに来るでしょうね」
「そうやって、また私を売り飛ばすの? 私は物じゃないわ」
静かな声で告げると、セリスの笑みが引きつった。
けれど、彼女はすぐに満面の笑みを作り直して言った。
「私はね、立派に絵の依頼をこなしているのよ。そのお金で孤児院への寄付もおこなって、今ではこの国でも名の知れた聖絵師として活躍しているの」
それは今までずっと私がやってきたことだ。
だけどわざわざ自慢するようなことではなく、一人前の聖絵師であれば当然のこと。
「そのせいで毎日のようにパーティの依頼が殺到して多忙極まりないわ」
絵を描くだけで寝る時間だってないほどなのに、なぜ毎日パーティへ出席できるのか疑問だけれど。
セリスはにんまり笑って、わざわざ私に顔を近づけて言い放つ。
「あなたの代わりを立派に務めているから安心して」
ずきりと胸が痛くなった。
右手が疼く。怪我を負ったあの日のことが頭の中によみがえる。
胸の奥から怒りの言葉が飛び出しそうになったけれど、その前に近くにいた子供たちがセリスに抗議した。
「お姉ちゃんをいじめないで!」
「レイラお姉ちゃんは立派な絵師さんだよ!」
子供たちの反応に、セリスの表情が瞬く間に歪んだ。
頬が引きつり、次の瞬間、怒声が響く。
「あんたたち、誰のおかげで生活できてると思ってるの? 私が寄付してあげてるからご飯が食べられるのよ! 感謝くらいしなさいよ!」
その剣幕に子供たちは驚き、たちまち泣き出す子もいた。
庭の空気がぴんと張りつめる。
「セリス、なんてことを……」
「大人の事情を子供にぶつけるのは感心しないな。話したいことがあるなら場所を変えよう」
エリオスが冷静に言葉を挟む。
しかし、その穏やかな声がかえって癇に障ったのか、セリスは私をきつく睨みつけ、ふんっと鼻を鳴らして背を向けた。
ヒールの音を響かせながら、彼女はそのまま去っていく。
その背中が門の向こうに消えると、私はふっと息を吐き、肩から力が抜けた。
子供たちが心配そうに駆け寄ってくる。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「酷いこと言われたの?」
私は笑みを作り、そっと彼らの頭を撫でた。
「大丈夫よ。あのお姉さんとは、ちょっと喧嘩しただけ。すぐに仲直りするわ」
子供たちは顔を見合わせ、ほっとしたように笑った。
「僕たちも喧嘩するけど、ちゃんと仲直りするもんね」
「うん。早く仲直りできるといいね」
ああ、なんて優しい子たちだろう。
けれど、私がセリスとわかり合える日が来ることはないだろう。
孤児院を離れ、帰りの馬車の中。
沈黙を破るように、エリオスが静かに口を開いた。
「大丈夫。君が連れ戻されることはない。君はもうハルトマン家の人間だ。それに……そんなこと、俺が絶対にさせない」
その言葉は、いつもより少しだけ強く、頼もしかった。
「ありがとう。私も戻るつもりなんて絶対にないわ」
そう答えると、エリオスも柔らかく微笑んだ。
窓の外を流れる景色が、優しく滲んで見えて、心が少し軽くなった。
次の瞬間、彼女は作り物みたいな笑みを浮かべて駆け寄ってきた。
「レイラ! レイラじゃないの! どうしてこんなところに? 会いたかったわ! 生きていたのね!」
白々しいにもほどがある。
けれど、子供たちの前で波風を立てるわけにもいかない。
私は微笑みを作った。
「久しぶりね、セリス」
「あなたが嫁ぎ先へ向かう途中で行方不明になったと聞いて、毎晩泣いていたのよ。ああ、本当に心配したんだから。今はどこに住んでいるの? 伯父様には報告したの?」
「父には会っていないわ。追い出されたも同然だもの」
「追い出されたなんて……言い方が悪いわよ。父親に向かって」
その言葉に反論する気も起きなかった。
私は淡々と答える。
「今は彼のお屋敷にお世話になっているの。仕事もしているわ」
セリスの視線が、となりに立つエリオスへと向かう。
「こんにちは。君が従妹かな? レイラから話は聞いているよ」
穏やかに告げるエリオスに、セリスは一瞬、表情を固くした。
そして、私へと向き直り、声を低くする。
「嫁ぎ先でもない殿方の屋敷に住むなんて……裏切りになるわよ、レイラ」
「なんと言われても構わないわ。私は命の恩人に恩返しをしているだけ」
「伯父様に伝えておくわ。あなたが生きていることを。きっと、すぐに迎えに来るでしょうね」
「そうやって、また私を売り飛ばすの? 私は物じゃないわ」
静かな声で告げると、セリスの笑みが引きつった。
けれど、彼女はすぐに満面の笑みを作り直して言った。
「私はね、立派に絵の依頼をこなしているのよ。そのお金で孤児院への寄付もおこなって、今ではこの国でも名の知れた聖絵師として活躍しているの」
それは今までずっと私がやってきたことだ。
だけどわざわざ自慢するようなことではなく、一人前の聖絵師であれば当然のこと。
「そのせいで毎日のようにパーティの依頼が殺到して多忙極まりないわ」
絵を描くだけで寝る時間だってないほどなのに、なぜ毎日パーティへ出席できるのか疑問だけれど。
セリスはにんまり笑って、わざわざ私に顔を近づけて言い放つ。
「あなたの代わりを立派に務めているから安心して」
ずきりと胸が痛くなった。
右手が疼く。怪我を負ったあの日のことが頭の中によみがえる。
胸の奥から怒りの言葉が飛び出しそうになったけれど、その前に近くにいた子供たちがセリスに抗議した。
「お姉ちゃんをいじめないで!」
「レイラお姉ちゃんは立派な絵師さんだよ!」
子供たちの反応に、セリスの表情が瞬く間に歪んだ。
頬が引きつり、次の瞬間、怒声が響く。
「あんたたち、誰のおかげで生活できてると思ってるの? 私が寄付してあげてるからご飯が食べられるのよ! 感謝くらいしなさいよ!」
その剣幕に子供たちは驚き、たちまち泣き出す子もいた。
庭の空気がぴんと張りつめる。
「セリス、なんてことを……」
「大人の事情を子供にぶつけるのは感心しないな。話したいことがあるなら場所を変えよう」
エリオスが冷静に言葉を挟む。
しかし、その穏やかな声がかえって癇に障ったのか、セリスは私をきつく睨みつけ、ふんっと鼻を鳴らして背を向けた。
ヒールの音を響かせながら、彼女はそのまま去っていく。
その背中が門の向こうに消えると、私はふっと息を吐き、肩から力が抜けた。
子供たちが心配そうに駆け寄ってくる。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「酷いこと言われたの?」
私は笑みを作り、そっと彼らの頭を撫でた。
「大丈夫よ。あのお姉さんとは、ちょっと喧嘩しただけ。すぐに仲直りするわ」
子供たちは顔を見合わせ、ほっとしたように笑った。
「僕たちも喧嘩するけど、ちゃんと仲直りするもんね」
「うん。早く仲直りできるといいね」
ああ、なんて優しい子たちだろう。
けれど、私がセリスとわかり合える日が来ることはないだろう。
孤児院を離れ、帰りの馬車の中。
沈黙を破るように、エリオスが静かに口を開いた。
「大丈夫。君が連れ戻されることはない。君はもうハルトマン家の人間だ。それに……そんなこと、俺が絶対にさせない」
その言葉は、いつもより少しだけ強く、頼もしかった。
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そう答えると、エリオスも柔らかく微笑んだ。
窓の外を流れる景色が、優しく滲んで見えて、心が少し軽くなった。
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