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37、オルナード国に戻る
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ある日、ハルトマン侯爵が一通の手紙を私に届けた。
封蝋にはオルナード国の紋章が刻まれていた。
「君の評判はカルベラ王宮でも話題になっているが、まさかオルナード国にまで届いているとはね」
侯爵の言葉に、私は少し複雑な気持ちになった。
もともとあの国で聖絵師として働いていたのに、こうして異国から噂として自分の名が届くなんて不思議なものだ。
「オルナード王宮は君をパーティに招待したいと言っている。もちろん、ハルトマン家の一員として」
王宮のパーティに出れば、セリスやアベリオと顔を合わせることになる。
それでも、いつまでも逃げている自分でいたくはなかった。
これからは、堂々と生きていきたい。
私にはもう、かけがえのない家族がいる。
そして、私を支えてくれる人も。
「承りますわ」
そう答えると、侯爵は肩の力を抜いたように、穏やかに微笑んだ。
こうして私は、自分の故郷へ戻ることになった。
王宮への招待には、エリオスも同行してくれるという。それが何よりの安心だった。
出発の日。
ハルトマン家の人々が門前に集まり、私を見送ってくれた。
みんな、どこか寂しげな表情をしていた。
「パーティには私も招待を受けているの。必ず行くわね」
エレノア様はそう言って、そっと私の手を握った。
その指先がかすかに震えていて、彼女の寂しさが伝わってくる。
胸の奥がじんと熱くなった。
「お待ちしています」
私はエレノア様を抱きしめ、静かに別れを告げた。
そして、私は生まれ育った故郷へ戻った。
懐かしい景色を見渡しながら、私はエリオスと共に王宮へ向かった。
王宮を訪れるのはこれが初めてで、ましてや王子殿下と直接会うなど、夢にも思わなかった。
「初めまして。君の噂を聞いて、どうしても会いたくなったんだ。よく来てくれた」
第3王子のサムエル殿下は、気さくで人当たりのいい方だった。
彼は聖絵師の活動を支援し、自国の育成にも力を入れている。
その名は、私も神殿にいた頃からよく耳にしていた。
私が神殿に姿を現すと、関係者たちは一斉にざわめいた。
「あの娘はレイラではないか?」
「異国へ嫁いだと聞いたが……」
「怪我で絵が描けなくなったと父親が言っていたぞ」
「亡くなったと聞いたが、生きていたのか?」
私にまつわる様々な噂が、どうやら好き勝手に広まっているらしい。
「レイラは奇跡の絵を描けるそうだ。我が国にとっても貴重な絵師だ」
サムエル殿下がそう紹介すると、場が一層どよめいた。
多くの人が驚きと称賛を口にする中、ほんのわずかに疑念の声も混じっていた。
今この場にセリスがいないことは救いだった。
彼女はきっと何か理由をつけて私を排除しようとするだろうから。
私は光の絵について、仕組みや描法を丁寧に説明した。
それが、これからの聖絵師たちの道しるべとなるかもしれないから。
その後、殿下の勧めで孤児院を訪れると、懐かしさに胸が震えた。
よくここに絵を描きに来ては、子供たちと笑い合った日々が懐かしく感じる。
門をくぐると、庭では子供たちが楽しそうに遊んでいた。
私の姿に気づいたひとりが「レイラお姉ちゃん!」と声を上げた。
その声につられるように、次々と小さな足音が駆け寄ってきた。
覚えてくれていたことが嬉しくて、私はみんなを抱きしめた。
「わあ、ほんとにレイラお姉ちゃんだ!」
「久しぶりだね。また絵を描いてくれるの?」
胸が痛んだ。右手のことを知られたら、きっとがっかりさせてしまう。
だから、そっと袖で隠す。
「もちろん。時間ができたら、また一緒に描きましょうね」
そう言うと、子供たちは歓声を上げ、嬉しそうに跳ねまわった。
その横で、エリオスが小さく笑う。
「君は人気者なんだな」
「昔は、よくここで子供たちと遊んでいたの」
そのとき、ふと視線の先に、きらびやかなドレスをまとった令嬢の姿が見えた。
施設の関係者と談笑していた彼女と目が合い、心臓が跳ねる。
――セリス。
まさか、こんなところで会うなんて。
封蝋にはオルナード国の紋章が刻まれていた。
「君の評判はカルベラ王宮でも話題になっているが、まさかオルナード国にまで届いているとはね」
侯爵の言葉に、私は少し複雑な気持ちになった。
もともとあの国で聖絵師として働いていたのに、こうして異国から噂として自分の名が届くなんて不思議なものだ。
「オルナード王宮は君をパーティに招待したいと言っている。もちろん、ハルトマン家の一員として」
王宮のパーティに出れば、セリスやアベリオと顔を合わせることになる。
それでも、いつまでも逃げている自分でいたくはなかった。
これからは、堂々と生きていきたい。
私にはもう、かけがえのない家族がいる。
そして、私を支えてくれる人も。
「承りますわ」
そう答えると、侯爵は肩の力を抜いたように、穏やかに微笑んだ。
こうして私は、自分の故郷へ戻ることになった。
王宮への招待には、エリオスも同行してくれるという。それが何よりの安心だった。
出発の日。
ハルトマン家の人々が門前に集まり、私を見送ってくれた。
みんな、どこか寂しげな表情をしていた。
「パーティには私も招待を受けているの。必ず行くわね」
エレノア様はそう言って、そっと私の手を握った。
その指先がかすかに震えていて、彼女の寂しさが伝わってくる。
胸の奥がじんと熱くなった。
「お待ちしています」
私はエレノア様を抱きしめ、静かに別れを告げた。
そして、私は生まれ育った故郷へ戻った。
懐かしい景色を見渡しながら、私はエリオスと共に王宮へ向かった。
王宮を訪れるのはこれが初めてで、ましてや王子殿下と直接会うなど、夢にも思わなかった。
「初めまして。君の噂を聞いて、どうしても会いたくなったんだ。よく来てくれた」
第3王子のサムエル殿下は、気さくで人当たりのいい方だった。
彼は聖絵師の活動を支援し、自国の育成にも力を入れている。
その名は、私も神殿にいた頃からよく耳にしていた。
私が神殿に姿を現すと、関係者たちは一斉にざわめいた。
「あの娘はレイラではないか?」
「異国へ嫁いだと聞いたが……」
「怪我で絵が描けなくなったと父親が言っていたぞ」
「亡くなったと聞いたが、生きていたのか?」
私にまつわる様々な噂が、どうやら好き勝手に広まっているらしい。
「レイラは奇跡の絵を描けるそうだ。我が国にとっても貴重な絵師だ」
サムエル殿下がそう紹介すると、場が一層どよめいた。
多くの人が驚きと称賛を口にする中、ほんのわずかに疑念の声も混じっていた。
今この場にセリスがいないことは救いだった。
彼女はきっと何か理由をつけて私を排除しようとするだろうから。
私は光の絵について、仕組みや描法を丁寧に説明した。
それが、これからの聖絵師たちの道しるべとなるかもしれないから。
その後、殿下の勧めで孤児院を訪れると、懐かしさに胸が震えた。
よくここに絵を描きに来ては、子供たちと笑い合った日々が懐かしく感じる。
門をくぐると、庭では子供たちが楽しそうに遊んでいた。
私の姿に気づいたひとりが「レイラお姉ちゃん!」と声を上げた。
その声につられるように、次々と小さな足音が駆け寄ってきた。
覚えてくれていたことが嬉しくて、私はみんなを抱きしめた。
「わあ、ほんとにレイラお姉ちゃんだ!」
「久しぶりだね。また絵を描いてくれるの?」
胸が痛んだ。右手のことを知られたら、きっとがっかりさせてしまう。
だから、そっと袖で隠す。
「もちろん。時間ができたら、また一緒に描きましょうね」
そう言うと、子供たちは歓声を上げ、嬉しそうに跳ねまわった。
その横で、エリオスが小さく笑う。
「君は人気者なんだな」
「昔は、よくここで子供たちと遊んでいたの」
そのとき、ふと視線の先に、きらびやかなドレスをまとった令嬢の姿が見えた。
施設の関係者と談笑していた彼女と目が合い、心臓が跳ねる。
――セリス。
まさか、こんなところで会うなんて。
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