すべてを失って捨てられましたが、聖絵師として輝きます!~どうぞ私のことは忘れてくださいね~

水川サキ

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51、これがあなたの心よ

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 会場内は私への称賛と疑念を持つ者の声が入り混じっていた。
 サムエル王子がそっと私に声をかける。

「レイラ。光の絵を皆に披露できるだろうか?」
「はい」

 私は冷静に返事をした。


 扉を押し開き、バルコニーへと歩み出る。
 夜風がさっと頬を撫でた。
 薄い雲の向こうに月が柔らかい光を落としている。
 会場内にいた人々も次々と集まり、バルコニーの下の庭園から見上げる者たちもいた。
 無数の視線を感じながら、私は月明かりの空を仰ぐ。

 ちょうど雲の切れ間から、くっきりと明るく月が現れた。

 これほど多くの人の前で絵を描くのは初めてだ。
 胸の鼓動が速まるのを感じる。

 そのとき、すぐそばからエリオスの声がした。

「俺がそばにいる。何も心配しなくていい」
「ええ。ありがとう」


 手を掲げる。
 その瞬間、指先から淡い光が溢れ出し、夜空にいくつもの線を描いた。
 光の粒が風に舞い、やがて線と線が繋がっていく。
 見上げる人々のあいだから、感嘆の息が漏れた。

 私は手を止めず、心に浮かぶ情景を夜空へと刻んでいく。
 それは、誰の目にもわかるほど繊細で、どこか切ない光景だった。

 完成した光の絵を見て、人々がざわめき始める。

「あれは……親子の絵?」
「それにしては何か違和感があるな」
「まるで、母親を追いかける娘のようだ」
「母は娘を見ようともしない……なんて残酷な」
「可哀想に……娘の手が届かないわ」

 それぞれの声が波紋のように広がっていく。

 私はとても残酷な絵を描いたと思う。
 けれど、これが彼女の心の中・・・・・・――


「いやぁぁっ! なにこれ! ふざけないでっ!」

 振り返ると、セリスが絶叫を上げていた。
 顔を歪め、肩を震わせながら、私を睨みつけている。

「今すぐ消しなさいよ! レイラ!」

 彼女の声は、怒りとも恐怖ともつかない悲鳴だった。
 私は冷静に、彼女に告げる。

「ずっと言いたかったことがあるの。セリス、あなたが今まで私に向けていた強い敵意。理解できるわ。けれど、あなたが心に秘めた深い思いをぶつける相手は、私じゃない」
「うるさいっ! 早く、こんな絵は早く消しなさいよ!」

 セリスの瞳には涙が浮かんでいた。

 胸が痛くなるのは、どこかにまだ同情や哀れみが残っているからだろう。
 けれど、それでもセリスが私の腕を壊し、私を騙して陥れようとしたことは許せない。

 これは、私にできる最大の彼女への復讐だ。


「あなたが本当に求めていたのは、私の立場でも力でもない。母親の愛情よ」
「その口を塞ぎなさいよ! レイラのくせに……偉そうに言わないでっ!」

 次の瞬間、セリスが私を突き飛ばした。
 思いがけない力だった。

 体がよろめき、背中が冷たい手すりにぶつかる。
 どよめきと悲鳴が会場に広がる。

 本当に一瞬のこと。
 セリスの手が強く私を押し出していた。

「レイラなんていなくなればいいのよっ!」

 視界の端で、彼女の姿が遠ざかっていく。
 耳の奥で風が鳴り、重力が私を引きずり込んでいった。

 離れていくセリスの顔は、怒りと悲しみが入り混じったようにぐしゃぐしゃで、彼女は泣きながら震えていた。


「レイラ!」

 エリオスの声が届いたのを最後に、私は夜の闇へ落ちていった。

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