すべてを失って捨てられましたが、聖絵師として輝きます!~どうぞ私のことは忘れてくださいね~

水川サキ

文字の大きさ
52 / 57

52、さようなら、レイラ(セリス)

しおりを挟む
 レイラがバルコニーから落下した。
 正確には私が突き落としたの。

 私は悪くないわ。
 あんな絵を描いたレイラがいけないのよ。

 けれど、こうして冷たい石の牢獄の中でひとり過ごしていると、胸の奥から虚しさが込み上げてくる。

 あれから、私は衛兵たちに捕らえられ、治安隊に引き渡された。
 この鉄格子の向こうには誰もいない。


 レイラに本当に死んでほしいとは思わなかった。
 ただ、私の人生の邪魔だけはしないでほしかったのよ。


 レイラのことが憎くてたまらなくなったのはいつの頃からかしらね。

 幼い頃はレイラに憧れた。
 レイラは父親のいない私に優しくしてくれたから。
 本当の姉のように慕っていたの。


 けれど、レイラは私が決して手に入らないものを持っていた。
 それが母親の愛。

 レイラが絵を描くと、母親は嬉しそうに微笑み、彼女が勉強で良い成績を取ると、頭を撫でて褒めていた。
 私は、それが羨ましくてたまらなかった。

 どれだけ努力しても、どれだけ結果を出しても、私の母は私に優しい言葉をくれなかった。
 むしろ、レイラに及ばない私を叱り、叩くようになった。

 だから私は、レイラに勝たなければならないと思った。
 あの子より優秀でいなければ、母は振り向いてくれないと思ったから。


 けれど、どうやっても私はレイラに敵わなかった。
 焦燥と嫉妬が心を蝕んで、黒い感情が少しずつ私の心を塗りつぶしていった。
 レイラが母親と笑っているのを見るたびに、胸の奥が焼けるように痛んだ。

 そしてある日、知ってしまったの。
 私の母が、兄であるレイラの父と禁じられた関係にあったことを。


 母が私を産んだのは、世間の目を欺くためだったらしい。
 見知らぬ男と一夜を過ごし、計画的に私を身籠ったのだという。
 私は最初から、母の欲のための道具でしかなかった。

 それなのに、レイラは愛されていた。
 レイラの母はいつだって、娘の味方だった。

 悔しくて、悲しくて、何度泣いたかわからない。
 どうして、私だけがこんなにも惨めなのだろうか。
 なんて不公平なのかしら。

 そんな思いでいっぱいになり、レイラを憎むようになってしまった。


 唯一、私の心を救ってくれたのは、伯父様がレイラを虐げていることだった。
 私はレイラが伯父様に叩かれるたびに胸がすっとした。
 その頃から、私はレイラに優しくするふりをして、彼女が苦しむ姿を楽しんだ。

 でも結局、その快感も一時のものだったわ。
 どうやってもレイラに敵わない現実を突きつけられるたびに、私は発狂しそうになった。

 結局アベリオの心も掴めなかったし、誰も私を見てくれない。
 あんなに着飾ってパーティへ出席しても、誰の心も掴めない。

 結局私ってその程度の人間だったのね。


 静寂の中で、壁にもたれかかって腰を下ろした。
 石の冷たさが背中に沁みて、思わず笑いが洩れた。

 レイラは死んだのかしら。
 あの高さから落ちたのだもの。
 きっと助からないはず――

 そう思った瞬間、胸の奥がなぜか痛んだ。


 コツコツと静寂を破る音が聞こえてきた。
 その音へ目線を向けると、そこにはアベリオの姿があった。

 私を溺愛してくれた伯父様でもなければ、私を産んだ母親でもない。
 私には家族なんていなかったのだと、再び現実を叩きつけられた気分だ。


「何か用かしら?」

 私は座り込んだままアベリオの目も見ずに問いかけた。
 すると彼は淡々と告げた。

「君に報告がある。レイラは無事だったらしい」
「……え?」

 思わず振り向いた。
 アベリオは真顔だったが、どこか安堵を滲ませていた。

「そう……助かったのね。本当に強運な子だわ」
「君も、安堵しているだろう?」
「あはは……何を言っているのかしら」

 かすれた笑い声が、冷たい牢獄内に反響する。
 アベリオは静かな声音で話す。

「君だって本当は、レイラに死んでほしくなかったはずだ」
「……笑わせないで」

 綺麗事だわ。
 私の気持ちなんて理解できないくせに。


「君のしたことは許されない。だが、どれほど彼女を憎んでいても、心の底は慕っていたんだ」
「……愚かなことを言わないで」
「僕もそうだ。君も僕も、レイラを思っていた。なのに、僕らは……どこで間違ったんだろうね」

 アベリオの言葉に猛烈な苛立ちを覚えた。
 とっさに声を荒らげて言い返す。

「聞きたくないわ。まるで自分を正当化するような言い草に笑いが出ちゃうわね。あなたっていつもそう。表ではいい人でいたいのよ。あなたが実は自己愛に溺れていること、私が気づいていないとでも思ったの?」

 鼻で笑ってやると、アベリオは表情を歪めた。

「僕は侯爵家の存続のために生きているだけだ。世間の常識に合わせてね」
「あなたと結婚しなくて本当によかったわ。あなたの妻は苦労するでしょうからね」
「今の君に何を言われても響かないよ」


 その言葉を最後に、アベリオは静かに背を向けた。
 コツコツと足音が遠のいていき、再び牢の中は静寂に包まれる。

 ひとりになると、ぽたりと涙が落ちた。
 慌てて拭う。

 これは悔し涙よ。
 だって、私がレイラのために泣くはずがない。
 彼女が助かって安堵するなんて、そんなこと……あるはずがないわ。

 そう、これはきっと、私の負けを認めた涙。
 レイラに勝てなかった女の、惨めな涙なのよ。

 でも、これで本当にもう二度と、レイラと会うことはないわね。

 そう思うと、心のどこかで安堵する自分もいた。


 さようなら、レイラ。
 永遠に――

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。 泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。 まだ八歳。 それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。 並ぶのは、かわいい雑貨。 そして、かわいい魔法の雑貨。 お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、 冷めないティーカップ、 時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。 静かに広がる評判の裏で、 かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。 ざまぁは控えめ、日常はやさしく。 かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。 --- この文面は ✔ アルファポリス向け文字数 ✔ 女子読者に刺さるワード配置 ✔ ネタバレしすぎない ✔ ほのぼの感キープ を全部満たしています。 次は 👉 タグ案 👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字) どちらにしますか?

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

王太子に愛されないので、隣国王子に拾われました

鍛高譚
恋愛
「王太子妃として、私はただの飾り――それなら、いっそ逃げるわ」 オデット・ド・ブランシュフォール侯爵令嬢は、王太子アルベールの婚約者として育てられた。誰もが羨む立場のはずだったが、彼の心は愛人ミレイユに奪われ、オデットはただの“形式だけの妻”として冷遇される。 「君との結婚はただの義務だ。愛するのはミレイユだけ」 そう嘲笑う王太子と、勝ち誇る愛人。耐え忍ぶことを強いられた日々に、オデットの心は次第に冷え切っていった。だが、ある日――隣国アルヴェールの王子・レオポルドから届いた一通の書簡が、彼女の運命を大きく変える。 「もし君が望むなら、私は君を迎え入れよう」 このまま王太子妃として屈辱に耐え続けるのか。それとも、自らの人生を取り戻すのか。 オデットは決断する。――もう、アルベールの傀儡にはならない。 愛人に嘲笑われた王妃の座などまっぴらごめん! 王宮を飛び出し、隣国で新たな人生を掴み取ったオデットを待っていたのは、誠実な王子の深い愛。 冷遇された令嬢が、理不尽な白い結婚を捨てて“本当の幸せ”を手にする

王子様への置き手紙

あおた卵
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯

婚約破棄されたので、戻らない選択をしました

ふわふわ
恋愛
王太子アルトゥールの婚約者として生きてきた 貴族令嬢ミディア・バイエルン。 だが、偽りの聖女シエナに心を奪われた王太子から、 彼女は一方的に婚約を破棄される。 「戻る場所は、もうありませんわ」 そう告げて向かった先は、 王都から遠く離れたアルツハイム辺境伯領。 権力も、評価も、比較もない土地で、 ミディアは“誰かに選ばれる人生”を静かに手放していく。 指示しない。 介入しない。 評価しない。 それでも、人は動き、街は回り、 日常は確かに続いていく。 一方、王都では―― 彼女を失った王太子と王政が、 少しずつ立ち行かなくなっていき……? 派手な復讐も、涙の和解もない。 あるのは、「戻らない」という選択と、 終わらせない日常だけ。

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

【完結】愛人の子を育てろと言われた契約結婚の伯爵夫人、幼なじみに溺愛されて成り上がり、夫を追い出します

深山きらら
恋愛
政略結婚でレンフォード伯爵家に嫁いだセシリア。しかし初夜、夫のルパートから「君を愛するつもりはない」と告げられる。さらに義母から残酷な命令が。「愛人ロザリンドの子を、あなたの子として育てなさい」。屈辱に耐える日々の中、偶然再会した幼なじみの商人リオンが、セシリアの才能を信じて事業を支援してくれる。

処理中です...