「運命の番」だと胸を張って言えるまで

黎明まりあ

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第5章 王宮生活<大祭編>

76、加護持ちの奇跡<前>

 セリム様は何も言わず、しばらくの間、僕を見つめていた。
 その後ローサの侍女が持っていた供物くもつ台にセリム様の視線が移されると、眉間みけんしわが少しだけ寄せられる。

「セリム様……これはですね」

 僕の横にいたローサが説明しようと口を開いたが、セリム様は1つ首を振って、ローサを止めた。

「よい、状況の理解はできた。
 控えよ」

 ローサはさすがに神官長であるセリム様には逆らえないようで、少し悔しそうな表情を浮かべた後、侍女たちを引き連れて、祭壇さいだんにほど近い王族席へ座る。

「その傷つけられた供物のなえを、祭壇の中央へ置きなさい」
「かしこまりました」

 セリム様の指示に、ローサの侍女たちから供物台を受け取った神官たちが素早く動いた。

 真っ白な儀式用の神官服を着用されたセリム様は青みがかった髪と、大聖堂という場所のせいでもあるだろうか、よりぎ澄まされた透明感が全面に出ており……なんだか人ならざる者のようで、格別な神秘さがにじみ出ている。
 この場の真の主が現れたせいで、あれだけ騒がしかった諸侯しょこうらも口をはさめず……堂内は静寂せいじゃくに包まれた。
 セリム様は祭壇真下にある祈りの場に、音も立てず静かに移動すると、僕を呼ぶ。

「レンヤード、こちらへ」

 せっかく呼ばれたにも関わらず、諸侯らにひざまずいて頭を下げ続けた僕の心は粉々こなごなくだけてしまい……セリム様の要請ようせいに応じる気力と体力はすでにない。

「もう歩けません」

 仕方なく僕は自分の状態を、小さな声でセリム様へ伝えた。
 するとセリム様は「ロイ」とひと言呼ぶと、ロイがなかきかかえるようにして、僕をセリム様の元へ運んでくれる。

「あの供物の苗を、もう一度祈ろう」

 もはや1人で立つことが出来ず、うつむいて座り込んだままの僕を見下ろしながら、セリム様がそう提案される。

「できません」

 実際、祈る形を取るのも難しいほど疲労困憊こんぱいの僕は、もうセリム様にも見限られてもいいと思って、そう答えた。
 そんな僕の対応にセリム様は無言で、ただ僕を見下ろし続ける。

 この空間に響き渡るのは、ザァーザァーという大雨と、時折ときおりビュービューと吹き荒れる暴風、そして先ほどからずっとゴロゴロと地響きのような音を立て続ける雷鳴だけだ。
 人の声は、全く聞こえない。

 項垂うなだれ、下を見続けているのもつらくなってきた僕は、今度は逆に天井近くにあり、雨風がたたきつける天窓を見つめながら、やはりこのおもいにふけってしまう。

 もう、このまま故郷に帰ってしまおうか?
 シルヴィス様はいくら待っても帰ってこないし、一方的に発生したねたみから、この国を支える身分ある者らの前で、土下座を要請される

 加護かご持ちということで、大事にされていたけど、この大祭たいさい当日の大荒れな天候を見る限り、それもまぼろしだったかもしれない
 今日は大祭で人の出入りも多いし、この悪天候の中、王宮をひっそりと去るなら誰にも気づかれないだろう……何なら雨に打たれ続けて、動けなくなってしまうかも?

 ぼんやりとそんな事を考えながら、僕は天窓を見つめて涙を流し続けた。
 そんな僕の目の前にいるセリム様は、やがてゆっくりと腰をかがめ、座り込んでいる僕と目線を合わせて、こう語りかけられた。

「レンヤード、これで最後にして良い。
 もう一度だけ、アルフの教会で祈っていたように一緒に祈ろう」
「最後?アルフ様?」

 セリム様からの提案に、僕はまだぼうっとしながら聞き返す。

「そうだ、あの丘の上の教会でアルフはソファで休んでいただけだったが、私たちは奥の間で祈りを捧げていた。
 それをこの場でやるだけだ。
 
 祈りに入りやすいように、私が先導しよう。
 大丈夫だ、私がいる。
 何もうれうことはない」

 セリム様はそう言うと、僕の頭をポンと優しくひと撫でした。
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