「運命の番」だと胸を張って言えるまで

黎明まりあ

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第6章 王宮生活<帰還編>

113、水面下での取引<前>

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「さて、今日はお話しできますか?」

 目の前で静かな口調で話す見知らぬ騎士からの問いかけに、僕はそっと目を伏せる。

 ここはシルヴィス宮で入口にほど近い部屋であり、1日1回必ず、僕にこの問いかけがなされた。
 今日も僕は口を開いて答えようとするが……のどがギューッと締め付けられたような感じがして息苦しくなり、慌てて息を吸う回数を増やすが、かえって息ができなくなっていって、とうとう座っているソファから床へ転げ落ちる。

「レッ、レンヤード様!」

 僕が座っていたソファの後方に黙って控えていたマーサが駆け寄ってきて、僕の身体からだを起こしてくれた。

「大丈夫です、大丈夫です、もう終わったことですよ」

 マーサはそう言って、僕の背中をゆっくりとさすってくれる。
 背中から伝わるマーサの手の暖かさと、「もう終わったこと」という言葉が、僕の意識をゆっくりと現実に戻らせてくれた。

 あれから僕は容疑者として取り調べを受けるために、牢獄ろうごくがある建物へと連行された。
 テオの件とアルフ様の件をどうやら重ねてしまった僕は、その衝撃を受け止められず、話すことができなくなってしまい……またそのことを、取り調べを行う騎士に上手く伝えることができなかったため、最初の頃はわざと黙秘もくひしていると見なされ、身体的な暴力こそ受けなかったものの、厳しい取り調べを受け続けた。
 故意によるものではないと理解されてからは、今度は医学的見地けんちから徹底的に全身が調べられ、その結果、僕が話せない原因は、心因性によるものと診断された。

 しかし取り調べる側も、ここで僕からの証言を取ることを、諦めるわけにはいかなかったようだ。

 声が出せないなら仕方ない、あの時の状況を書いて伝えよと切り替えられても、筆記具を持つと僕の手は大きく震えて文字を形成できず、ならばと、声は出さなくても口さえ動かせたら解読できる、読唇どくしん術の心得がある者をわざわざ派遣されたが、アルフ様の倒れた状況を思い出しただけで、僕は全身が震え、口は堅く閉じたまま。
 数週間に渡る過酷かこくな取り調べは、僕から睡眠と食欲を奪い、とうとう身体の衰弱すいじゃくを理由に、医学的観点から取り調べの中止要請ようせいが出されることとなった。

 たったひとりの、僕の全面的味方であるマーサが内密に調べたことによると、王妃様は僕が悪いと主張し続けてはいるが、詳細しょうさいを語る事は拒否し、リリーは自分が毒を運んだことはすんなり認めたが、それ以外は黙秘もくひ、被害者であるアルフ様はセリム様を始め神力での解毒と、王妃様から提供された解毒剤のお陰で一命は取り留めたものの、摂取した毒が即効性の猛毒だったため、未だ意識不明の重体のままだ。
 だからこそ、最後の当事者である僕の証言が真実解明のため渇望かつぼうされたが、それが叶わない今、事件は迷宮入りの様相をていしてきた。
 しかし、だからと言って真実追求の手を緩める訳にはいかず、僕への取り調べと同時に、医務官と神官が総力を挙げてアルフ様への治療を懸命に続けているが、どちらも手まり感があり、この状況を知っている者たちは、一様いちように焦りの表情を隠そうとはしなくなっていた。

 そして……シルヴィス様と僕は、再び会えていない。

 まだアルフ様の容体を公表していないため、政治的案件は代理のシルヴィス様が全て対応され多忙なのと、まだあらぬ疑いが晴れていない僕と会うことが、捜査上好ましくないと見なされているからであり、この事は取り調べの騎士からも、はっきりと言い含められた。

 健康上の理由から僕はシルヴィス宮に戻されたものの、眠る時以外は常に監視を兼ねている護衛が部屋の中でも付く。
 素直に毒を運んだと供述きょうじゅつしたリリーは、犯行に関わったことがほぼ確定なため、引き続き牢獄に入れられており、王妃は全貌ぜんぼうを話していないのと、あまりにも早く解毒剤を提供したことが逆に怪しまれ、やはり僕同様の扱いを王妃宮にて受けているらしい。

 相変わらず情報提供はできなかったが、ここのところ1日の中で最大の仕事である取り調べを終えた僕は、そのままソファへ横になった。
 医務官より寝台まで護衛の目があるのは健康上良くないとの提言により、僕の寝台がある自室に護衛は入ってこないが、僕としてはこれ以上の疑惑をかけられるのは、体調の限界……つまり命の危機を感じそうになるので、どんなに体調が悪くても、自室の寝台にこもりきりになることは、避けるようにしていた。
 やはり身体の衰弱が激しいせいか、いつの間にか、僕はソファに横たわったまま、軽く眠っていたようだ。
 意識だけがふと覚醒かくせいした時、かすかな人の話し声が僕の耳に入ってきた。

「交代の時間だ。
 シルヴィス妃の様子はどうだ?」
「特に変わりはないが……」

 どうやら監視を兼ねている護衛の交代時間のようで、僕が眠っているせいか、申し送りがそのまま室内で行われているようだ。
 せっかく意識だけは覚醒かくせいしているので、ちょっとした好奇心のつもりで、そのまま僕は会話を聞き続けることにした……それが今後の転機となることも知らぬままに。

「なんだ?
 気になっていることがあるなら早く言え!」
「妃は横になっている時間が、段々長くなっているような気がする」

 少しの間沈黙が続く。
 しばらくして、さらにおさえた声で会話が続けられた。

「あれだけ衰弱すいじゃくされているなら、もしかしたら妃は、長くはないかもな。
 王様も依然いぜん、意識は戻らず回復の見込みもないそうだ。
 王太子はいまだ幼な子で、このことは伏せられているが……身体は弱いと聞く。
 そうなると……」

 話し手は考え込んだせいか、ここで一旦いったん話し声は途切れる。
 だが相手は気になったようで、先を催促さいそくした。

「早く先を言え」
「いいか、この先は仮定であるから、聞くだけ聞いたら、胸の中に仕舞っておけ。

 王様がこのまま目覚めず、万が一があったら、王太子はまだ幼く身体も弱いため、我らがシルヴィス様が即位される。
 先の一件で公にされているが、現シルヴィス妃は子どもが産めない。
 となると、いくら運命の番とはいえ、言葉は悪いがこのまま衰弱されて亡くなられた方が、シルヴィス様は新しい妃を迎えることができる。
 そして新しい妃が最強アルファであるシルヴィス様の子どもを産めば、その子がきっと王位をそのまま継ぐことになるのでは?」
「なるほど……その方が我々シルヴィス様を支持する者にとっても、喜ばしい未来だな」

 あまりの衝撃的な会話の内容に、僕は意識を再度闇の底に沈めた。
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