王道学園のコミュ障ニセチャラ男くん、憧れの会長と同室になったようで

伊月乃鏡

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激動! 体育祭!

19.わんこ書記は〇○がお好き

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へぇんへぇん、と泣いていた。ボロボロと、顔全体が爆弾になったみたいに熱かった。
情けない泣き声に、子供がギャアギャアと笑う。

「また泣いてるこいつ! やーい泣き虫弱虫!」
「そんなだからお前の母ちゃん、いなくなったんだろ!」

そうなのかもしれない、と浩一郎は思った。もっともっと情けなくて涙が溢れてきた。お母さんがいなくなって、お父さんができて、引っ越してきた小学校は、浩一郎のことが嫌いだった。

「見ろよこのうさぎ、男がこんなん持って学校来んなよ!」
「女男! 女男~!」
「そ、それ、おかあさんの」
「ブッサイク!」

同じクラスの男子に、いつも持ってるぬいぐるみを振り回される。縫い目が甘くてよくワタが出てくる、コートの予備ボタンを目に括り付けられた、浩一郎が唯一持ってる遊び道具。
生まれつき貧乏で、忙しくて帰ってこないお母さんが浩一郎にくれた誕生日プレゼントだった。

「きったねぇの、ほぼゴミじゃん!」
「雑巾で出来てんじゃねぇの?」

お母さんがいなくなる前に、お母さんは『これでこうちゃんは幸せになれる』と言った。
そんなこと、全然ない。帰ってもお母さんがいないし、お父さんは浩一郎の誕生日もアレルギーも覚えてないし、だから。

「お、おかあさぁん……」

帰ってきて。
情けなく母親を呼んで泣き始めた浩一郎の様子は、同じ年頃の子供からすれば情けなく、要するに相手に見えた。
誰かがおもむろにぬいぐるみを叩きつける。そのまま足を振り上げ。

「ダッセェなぁお前ら!」

横から入ってきた子供に、思い切りぶん殴られた──スコップで。

「っ、でぇぇぇええ!!」
「てっちゃん!!」
「何すんだよ、ってぇ!! やめ、やめろ!!」

がすがすがすがす。
子供らしい一切の容赦なさで、横から入ってきた子供は相手を打ちつける。
あまりの驚きに、浩一郎は泣くのもやめてポカンとその様を見ていた。

ヒーローのお面、砂場のスコップとおもちゃの入った小さいバケツ。虫籠を提げて、大きい星のプリントされたシャツと半ズボン。

「あーん? おいおい泣いてんのかよ、だっさ~。泣き虫弱虫女男~! 女の子みたいにべそべそ泣いて恥ずかしくねぇの~?」

自信満々の笑い顔。
にやっと笑うと、鋭い犬歯が口から覗く。
その子の言った通り泣いていたいじめっ子は、ぱこんとバケツでぶたれて限界を迎えたらしく、火が付いたように泣き出した。

「お、覚えてろよー!」
「二度と顔見せんじゃねーぞダサ集団!」

溌剌と言い返す、その頭の回転と強さが羨ましいと思った。
座り込んで鼻を啜る浩一郎に、その子はようやく目を向ける。

「……あ、ありが」
「言っとくけど」

ぬいぐるみを持ち上げて、子供はぽんぽんと優しく土を払った。そのまま浩一郎に寄ってきて、ぬいぐるみを渡す。

「オマエもダサいから。大事なもん、取られてんじゃねーよ」

そしてその子は、バケツを振り回して溢れたおもちゃたちを拾い集めて遊びに行ってしまった。

一部始終を見ていた他の子から、彼の名前が田中宗介というと教えてもらった。
小学校の乱暴もの。でも、背が高くて力が強い上級生からみんなを守ってくれるのだと。

──強くてかっこいい『乱暴もの』には、小学二年生で再会した。
少し言い返せるようになってもまだ虐められてる浩一郎を見かねたのか気まぐれか、ひとつ前に座っていた宗介くんが話しかけてくれたのだ。

「オマエ、ぬいぐるみ持ってこねーの?」
「ぇ、う……うん」
「へぇ。ま、オマエ弱いしいいんじゃね? いじめる方がだっさいけどな」

そう言って周囲をじろりと見る。宗介くんは強いから、いじめっ子たちは彼に睨まれると黙ってしまう。小学校は案外縦社会だ。
宗介くん──宗ちゃんは、外での遊びが好きな子だった。家の中でゲームするより、外の空気が好きなんだそう。

「えー? オマエ野球出来んの?」
「わ、わかんなくて」
「家にバットとかないん」
「ない」

そう言った時の、つまらないなみたいな顔が嫌で、浩一郎は父に頼んでバットを買ってもらった。浩一郎がバットを買ってきた日、宗ちゃんはバットとグローブを二個ずつ持ってきていた。

「持ってるなら言えよ!」

買ったんだと言うのは恥ずかしくて、わかったと頷く。初めての友達だからと浩一郎は張り切って、から回った。
教えてくれる色んな外遊びを真似して、練習しまくって、上手になったらまた別の遊びを教えてくれる。それを繰り返していれば虐められることもなくなって。

「宗ちゃん、魔法使いみたい」
「構わん。あんな雑魚ども気にすんな。てか、そのなよっちい話し方やめろよな」
「うん……ああ?」
「ぶきよーだなこうちゃんは」

やっぱりいつでも宗ちゃんは自信満々で、かっこいい。蝉がひどく鳴いていて、濃い青の空に白い入道雲がぽっかりと浮かんでいた。

──生徒会を、ぶっ壊しちゃる──

「?」
「どうしたよ」
「いや……」

気が付けば、宗ちゃんの黒髪が、太陽のような金色に変わっている。
背は高く、しかし自分の目線は見上げていたのから見下げるように。柔らかく整った顔立ちに、優しげな笑顔を浮かべていた。

「……宗ちゃん」
「なに」

自分の声も、今よりずっと低くなっていた。
宗ちゃんは浩一郎のことを覚えていなくて、浩一郎が知らないこともたくさん増えていて。それがひどく悲しかった。
かっこいい硬派な乱暴者から、すっかり変わってしまったし。

「あのね、おれ、大変なんだよ」
「その喋り方やめろって……なんかあったのか?」
「イブキってやつが」

王道高校Fクラス、九鬼イブキ。

高校を束ねる番長である男が、生徒会への反逆を目論んでいる。

少し前にそういう情報を手にした浩一郎は、革命を起こさせないため九鬼派を潰していっていた。

だが。

「イブキは、今年の体育祭を狙ってた……二年前から」

王道高校の現状を知ったイブキは、虎視眈々と──誰もが見ている中で、生徒会長を潰す策を練っていたのだ。

今から体育祭を中止するわけにはいかない。

しかし今まで番長として、会長とは別種の信頼を集めてきたイブキを放置すればどうなるか。

「たくさん仲間、集めて。学校の人たちを、たくさん」
「──そうかよ」

イブキも浩一郎の動きを不穏に思ったのか、喫茶店に出勤する道すがら襲われた。多勢に無勢、イブキに傷を負わせられはしたがまだ駒はいるのだろう。

その中には自分を慕ってくれた後輩の姿もあって。

鈍臭い浩一郎は、どうしたら良いのかわからなくなってしまった。

生徒会は好きだし、でも、それを邪魔に思う人はあまりにも多くて。

「お前なー、弱いくせに考えすぎなんだよ。こうちゃんはホント不器用だな」

どういうこと、と情けなく頼れば、宗ちゃんはいつも通りにやっと歯を見せて笑った。

「だからな、こう言うんだ──」


紙を捲る音がする。
瞼を押し上げた浩一郎の隣で、何かがパタンと閉じる音がした。それが本を閉じる音だと、なんとなく理解できて。

「起きた?」
「、あ……」
「手酷くやられたね。あの男から事情は聞いた」

そういえば、襲われたとき誰かに助けられたのだったか。早よ逃げぇと指示され……そう、自分のせいとはいえ重傷のイブキを放置するにもいかず、つい持ち帰ってきてしまった。

「まったく甘いんだから……殴るんだったら、相手がどんな目に遭ってもいいって覚悟持ちな?」

傷に障らないよう柔らかく髪をすかれ、暖かな電灯に照らされて光る黄金色の髪を見つめていた。
ぽろりと、乱暴者の彼と離れ離れになったとき、もう吐かないと決めた弱音が漏れ出る。

「……たすけて、宗ちゃん」
「任せとけ」

笑った彼は思い出と変わらず。
浩一郎はかつて、そんな幼馴染が大好きだったことをただ覚えていた。
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