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ヴィランの幕引き
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セリオン。見間違うはずもない。目を瞑って引き立つ端正な顔立ちと、シンプルにまとめられてはいるが、服や装飾品の類をよく見れば目玉が飛び出るような値段のもの。
ぐったりと気絶しているので所持品を確認すれば、公爵の徽章が目に入った。何だ、爵位を継いだのはセリオンだったんだな。どのルートに行ったんだろう?
(曲がりなりにも覚醒ルートは経たわけだし、エンディングは済んでるのか?)
というか学校はどうしたんだ学校は。卒業を急かして、あまつさえ無理やり継がせたんじゃないだろうなあのクソ親父。
(……俺には、もう関係ないか)
進みかけた思考を止め、溜め息を吐く。俺はもうフィレンツェでもないし、セリオンの兄でもないし、学級長でもない。
責任もなければ……権利もないのだ。幸福で残念なことに。
「脈は……安定してるな。ちょっと脱水気味か? おつきはいないみたいだし、逸れたんだろう。水……」
カエラムから持たされた、何らかの動物のどこかで作った水入れを持ち出す。確か膀胱とかだった気がするが、目が覚めたら喚きそうだな。まぁ良いか。
セリオンの頭を持ち上げ、口を軽く開かせる。唇がカサついていて少し痩せていた。公爵の仕事が大変なのだろう。
「飲めるか? セリオン。よしよし……良い子だな……」
また背が高くなっている。髪は伸びて、肩甲骨くらいだろうか。編み込んで後ろに纏めている姿がまた中性的な危うい魅力を強めていて、これじゃまた狂う輩が増えるだろうなと苦笑した。久々に笑ったような気がする。
木漏れ日がさす。白に近い銀の髪がキラキラと細く輝いて、そこに精霊が舞っているようだ。固く閉じられた目には長いまつ毛。アメジストの瞳は見えなくて、静かに嚥下する喉にはくっきりとした喉仏。
綺麗な男になったな、セリオン。
「なぁセリオン、ほら、お兄ちゃん言ったじゃないか。お前は立派に、ちゃんとやって行けるって。俺が居なきゃやっていけないなんての、結局は俺がお前に押し付けた妄想だったんだ……」
白い、ふわふわの毛玉がついてきていた日々を久々に思い出した。復讐心で血塗られて、この三年ですっかりこびりついて見えなくなったと思っていたけれど。セリオンを通せばなんと綺麗に見えることだろうか。
まるで何でもない男の子の何でもない青春のようだ。事実、俺の幸福は概ねセリオンに在ったのだから仕方のないことではあるが。
さて、それはそれとして起きてもらわなければならない。起きて自分でお付きと合流できるようならそれで良いが、迷子であればウチャに話を聞かないと。
(何にせよ外国のお偉いさんを気絶したまま連れて帰れば、カエラムになんて言われるか)
カエラムはしっかりしているが少しそそっかしく、俺も説明が面倒でよく放置するので、ぷんぷんと怒ったまま思いの外口をきいてくれなくなることがある。イルドリは呆れた顔で見てくるものの事情の説明はしてくれない。
誤解を解く手間を掛けるより、ここで誤解を発生させる要因を潰した方が手間がない。
「……旅人さん、旅人さん、起きてくれ。旅人さん」
起きねぇな。
水を飲ませて顔色の良くなったセリオンを揺さぶってみるも、全然起きない。そういえばこの子は昔から馬鹿みたいに寝汚かったな。カエラムとイルドリは朝日が昇る頃にきっかり起きているから、逆に新鮮だ。
「おい。おーい。……」
試しにぴっとりとナイフを首に当ててみるが、びっくりするくらい無反応だった。フィレンツェ領の公爵とあろうものがこんな至近距離で命狙われて目覚めないとかあるかよ。
もうもちもちじゃなくなった頬をもちもちしてみるも、ただ可愛いだけ。万策尽きた。これ以上強くは起こせない。心から本当に可愛い弟だから……。
(そもそも、俺は王国と関わる気は無いんだ! 勘弁してくれ……)
じゃあセリオンをここに放置していけば良い話だが、こんな硬い場所で寝て体が痛くなったら可哀想だろう。
俺は世界で一番セリオンが大切で、それはずっと揺らがない。愛していると言っても良い。いやもうセリオンの中から俺が消えたので時効だと思って言うんだが普通に愛してるし恋してる。恋愛!
なので、見捨てると言う選択肢は存在しない。とばっちりを受けるイルドリとカエラムには今後何かする。何か。新しい御伽噺とか知ってるんじゃないか? セリオンが。
「……セーリーオーン。起きないとちゅうするぞ? まったく……今日は朝露を採取するって言ってただろ? いいか? 魔法というのは一日手を抜けば三日かけてブランクを埋めるものなんだ。朝露の採取もそう。お前は天才だが、それにかまけて基礎的な努力を怠る傾向にあるからなぁ~」
なーんて。俺が起こす時によく言っていた文句である。説教とも言う。セリオンはいつもいつもこの小言に眉を顰めていたが、反論はないらしく渋々起き上がってくるんだ。可愛い奴め。
さ、起きないようなら俺が運ぶのも視野に入れないとな。
「んん…………」
いや、起きるんかい
ぐったりと気絶しているので所持品を確認すれば、公爵の徽章が目に入った。何だ、爵位を継いだのはセリオンだったんだな。どのルートに行ったんだろう?
(曲がりなりにも覚醒ルートは経たわけだし、エンディングは済んでるのか?)
というか学校はどうしたんだ学校は。卒業を急かして、あまつさえ無理やり継がせたんじゃないだろうなあのクソ親父。
(……俺には、もう関係ないか)
進みかけた思考を止め、溜め息を吐く。俺はもうフィレンツェでもないし、セリオンの兄でもないし、学級長でもない。
責任もなければ……権利もないのだ。幸福で残念なことに。
「脈は……安定してるな。ちょっと脱水気味か? おつきはいないみたいだし、逸れたんだろう。水……」
カエラムから持たされた、何らかの動物のどこかで作った水入れを持ち出す。確か膀胱とかだった気がするが、目が覚めたら喚きそうだな。まぁ良いか。
セリオンの頭を持ち上げ、口を軽く開かせる。唇がカサついていて少し痩せていた。公爵の仕事が大変なのだろう。
「飲めるか? セリオン。よしよし……良い子だな……」
また背が高くなっている。髪は伸びて、肩甲骨くらいだろうか。編み込んで後ろに纏めている姿がまた中性的な危うい魅力を強めていて、これじゃまた狂う輩が増えるだろうなと苦笑した。久々に笑ったような気がする。
木漏れ日がさす。白に近い銀の髪がキラキラと細く輝いて、そこに精霊が舞っているようだ。固く閉じられた目には長いまつ毛。アメジストの瞳は見えなくて、静かに嚥下する喉にはくっきりとした喉仏。
綺麗な男になったな、セリオン。
「なぁセリオン、ほら、お兄ちゃん言ったじゃないか。お前は立派に、ちゃんとやって行けるって。俺が居なきゃやっていけないなんての、結局は俺がお前に押し付けた妄想だったんだ……」
白い、ふわふわの毛玉がついてきていた日々を久々に思い出した。復讐心で血塗られて、この三年ですっかりこびりついて見えなくなったと思っていたけれど。セリオンを通せばなんと綺麗に見えることだろうか。
まるで何でもない男の子の何でもない青春のようだ。事実、俺の幸福は概ねセリオンに在ったのだから仕方のないことではあるが。
さて、それはそれとして起きてもらわなければならない。起きて自分でお付きと合流できるようならそれで良いが、迷子であればウチャに話を聞かないと。
(何にせよ外国のお偉いさんを気絶したまま連れて帰れば、カエラムになんて言われるか)
カエラムはしっかりしているが少しそそっかしく、俺も説明が面倒でよく放置するので、ぷんぷんと怒ったまま思いの外口をきいてくれなくなることがある。イルドリは呆れた顔で見てくるものの事情の説明はしてくれない。
誤解を解く手間を掛けるより、ここで誤解を発生させる要因を潰した方が手間がない。
「……旅人さん、旅人さん、起きてくれ。旅人さん」
起きねぇな。
水を飲ませて顔色の良くなったセリオンを揺さぶってみるも、全然起きない。そういえばこの子は昔から馬鹿みたいに寝汚かったな。カエラムとイルドリは朝日が昇る頃にきっかり起きているから、逆に新鮮だ。
「おい。おーい。……」
試しにぴっとりとナイフを首に当ててみるが、びっくりするくらい無反応だった。フィレンツェ領の公爵とあろうものがこんな至近距離で命狙われて目覚めないとかあるかよ。
もうもちもちじゃなくなった頬をもちもちしてみるも、ただ可愛いだけ。万策尽きた。これ以上強くは起こせない。心から本当に可愛い弟だから……。
(そもそも、俺は王国と関わる気は無いんだ! 勘弁してくれ……)
じゃあセリオンをここに放置していけば良い話だが、こんな硬い場所で寝て体が痛くなったら可哀想だろう。
俺は世界で一番セリオンが大切で、それはずっと揺らがない。愛していると言っても良い。いやもうセリオンの中から俺が消えたので時効だと思って言うんだが普通に愛してるし恋してる。恋愛!
なので、見捨てると言う選択肢は存在しない。とばっちりを受けるイルドリとカエラムには今後何かする。何か。新しい御伽噺とか知ってるんじゃないか? セリオンが。
「……セーリーオーン。起きないとちゅうするぞ? まったく……今日は朝露を採取するって言ってただろ? いいか? 魔法というのは一日手を抜けば三日かけてブランクを埋めるものなんだ。朝露の採取もそう。お前は天才だが、それにかまけて基礎的な努力を怠る傾向にあるからなぁ~」
なーんて。俺が起こす時によく言っていた文句である。説教とも言う。セリオンはいつもいつもこの小言に眉を顰めていたが、反論はないらしく渋々起き上がってくるんだ。可愛い奴め。
さ、起きないようなら俺が運ぶのも視野に入れないとな。
「んん…………」
いや、起きるんかい
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