悪役令息に転生したので、死亡フラグから逃れます!

伊月乃鏡

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ヴィランの幕引き

24.悪夢

 幼い頃の自分は、たくさん夢を見ていたような記憶がある。
 例えば色とりどりの花畑で花冠を編んだり、果てのない砂漠でオアシスを探したり、深い森林の奥に眠る遺跡を呼び起こしたり。子供らしく荒唐無稽でファンタジックで、実のところ魔法使いにとっては起こりうる内容を思い描いて眠っていた。
 その傍にはきっと暖かな誰かがいて、その誰かの体温に酷く安心して、そんな優しい夢を見ていたのだろう。

 けれどこれは──そう、たとえば、その頃の自分が見るような夢だ、と思った。目の前のそれが、夢であればの話だが。

「……そんな、嘘。やっぱり……なんてことを……!」

 隣で、ルースが憤っているような嘆いているような、それを混ぜ合わせたような声を震わせている。馬車はもうない。到着した瞬間吹き飛び、二桁近くいた──忍んでいる人数を含めれば、二桁は超えていただろう──従者達は皆どこに行ったかも分からない。

 それもそのはず。セリオンだって公爵として立場が無ければ、取り乱し嘆き、怒りのまま喉が枯れるまで叫んできたことだろう。

 暴風が戦場を満たす。戦場? そこには誰もいなかった。紛争を起こしているという人間も、欲に塗れた国々も、綺麗に、痕跡もなく。まるで最初から存在していなかったのように、そこには何も無い。

 

 ミルクティーのように柔らかな色をした髪が暴風の中央でさらさらと揺れている。背丈はセリオンより小さいが、ルースより大きい程度の男。体格はよく使われるための筋肉が無駄なくついている印象が強い。

「っぐ……」
「セリオン!」

 指先がタクトのように振られて、同時に鉄をも切り裂くであろう鋭い風がセリオン達に降り注ぐ。咄嗟に防御膜を張るが、ともすれば押し負けそうなほどに密度が高く、重い。
 魔法というより、魔力そのもの。強大で果てのない力。繊細な技巧は後回しに大雑把に魔法の皮を被せられているが、その本質は原初の精霊術に近いだろう。

 防ぎ切れなかった風の刃がセリオンの服と薄皮を小さく切り裂く。深くは切れておらず致命傷ではないが、純然たる力の差。相手は指一本示しただけで、セリオンの防御膜を突破したのだ。

 防御を諦め、ルースを抱え一足飛びに後ろへ飛んだ。くい、と指を捻り男は追従してくるが、四方八方へ逃げるセリオンが煩わしくなったのか、甘い垂れ目を顰めて広範囲に重圧を掛けた。

「ゔっ……づ……!」
「セリオン! 足が……少し止まれる!?」
「止まれると思う……!?」

 逃げの一手。
 男は圧倒的であった。知っているより、予想していたより、ずっと。先程からセリオンは男から離れようと体を浮かせているが、大気の流れを操っているのか浮いたら浮いた分だけ戦場の中心部に近寄っていく。

 戦場の中心部だった。男は傲慢に、中空で足を組み座ってみせる。大道芸のようだがそこには確かに椅子があるのだろう。高みから、虫ケラでも見るかのようにセリオンを睥睨したその顔は、確かに史上最強の魔法使いとも言える。

 なんにしろ、セリオンはこの男と正面からやったところで、勝てはしないだろう。

(対処法が……ない……!)

 それが致命的だった。
 逃げ回りながら視線のみで追撃を行う男を見上げる。対処が出来ない。あらゆる魔法には隙のようなものが生まれるはずが、男のそれには一切の隙も可愛げもないのだ。力そのもの。力自体には、弱点なんてない。
複雑な演算を苦にしている様子もそれによって所作が煩雑になる様子もなく、ましてや鼻歌でも歌いながら殲滅しようと緩慢に視線を動かすのみ。

「どうして貴方が……アーノルド=フィレンツェ!」
「ハハッ、面白いことを聞くじゃねぇか、愚弟!」

 男の顔には火傷がなく、両のまなこは美しく圧倒的なアメジスト。星屑のようなそばかすは平常通りだが、まず表情からしてちがう。

「俺はお前を殺しにきたんだよ、国の命令でな。国っつーか、勝手に暴走してるジジイ共だが……俺としちゃ死のうが生きようがどうでもいい生きもんを殺してくれと縋られちゃあ悪い気はしねぇ」

 歌うようであった。
 男の言葉は、表面ばかりは荒々しく安い酒場で飛び交うようなスラングに塗れていたが、何処か品があり歌劇の中心にでも出てくる人間のよう。

 暴風域の真ん中で弟二人へ殺害予告をする男は、まさしく異常で、鮮烈な美しさがある。
ハープの音色を奏でるように繊細で麗しく、荒々しい声が逃げ回っているセリオンとルースを捉える。
 圧倒的──そんな言葉が場を支配する。ルースを抱えながら走るのは無理があり、しかしルースは自分では逃げ切れやしない。セリオンの姿がよほど滑稽にうつったのか、アーノルド(?)は酷く明るく嘲笑った。

「アッハハハハ!! すごいなお前ら、こんなことで俺から逃げられると思ってんのか!? 可愛いことしてくれるなよ、いじめたくなっちまうだろ」

 声に反応するように、土地が脈打つ。思わず飛んで後退すれば大気はうねり、うねる土地から離れれば目の前には岩でできた檻が据えられる。
 何度も、何度も何度も繰り返す。セリオンは幾度となく逃げようと画策し本気で死なないように立ち振る舞い、アーノルドはそれを見下ろしていた。戦場の真ん中にたゆたい、遊ぶように──事実遊びで、セリオン達を追い詰めながら。

「ダメだぜ愚弟。俺は“最強”なんだから。どっかの誰かさんのおかげでな」

嘘だと笑えたらいいのだが。
アーノルドはわらっている。端正な顔立ちを歪め、悪そのものの顔をして。そしてどこか艶やかな笑顔で、笑っている。

(……勝てる気がしない)

そして恐らくこの感覚はあっている。

「ほらほら、もう逃げるのはおしまいか? かわいそうに、疲れたんだな。ゆっくり休むといい」

下品な笑い声をあげ、アーノルドはその目を細めてゆったりと近づいてくる。髪はふわりと揺れ、端正な白い肌は白いままに。均整の取れた体つきは、今の彼より幾分か若い。

降りてくる。絶対的な男が。王者が。
ルースが抱き抱えられながら防御膜を張ろうとした。セリオンが対応できない相手に、この兄弟が対応できるわけもない。

「そうそう! お前の唯一厄介な聖なる力は、今は使えねぇぜ。今のお前はただの魔法使い。三流のな!」

そんなことまで。
そこで初めて、駆けつけるのが遅かったのだ、と知る。この相手に、時間を与えてしまった。
ここを自分の都合のいいように改変する時間を。

(魔法使いは、ホームグラウンドの方が圧倒的に強い。慣れているのはあるけれど……動きやすいように周囲を作り変えられているから)

フィレンツェのものはフィレンツェ領で無類の力を誇るように、それは長きに渡って創り上げていくものだ。
こうしてセリオンを圧倒するまで不利な場に、この期間で……例えば、王国から司令が与えられた時点で飛んでいたとして、ここまで改変するなど神の如き所業……。

「せ、セリオン……」
「……」
「ッハハ! 良かったなぁルース庇われて? 愛らしいお姫様みたいじゃねぇか」

嘲笑いながらそのたおやかな手をこちらに伸ばされた瞬間、セリオンは一度細く息を吐き、吸った。
どうしてか今、目の前の男が愛情を以て与えた言葉を思い出す。

「──『助けて、兄さん!』」

一瞬、戦場が光に満ちた。
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