悪役令息に転生したので、死亡フラグから逃れます!

伊月乃鏡

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凱旋

6.青年の恋

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──とまぁ。それが、アーノルドがヴィンセントを迎えに来た顛末となる。それまでに諸々、煩雑な手続きや追手の始末や反乱軍の沈静化など諸々あったが、そんなものは全て些事。
そこに姫がいて、虐げられて泣く灰被りを魔法使いが見つけた、ということが重要なのである。

「…………アーノル、ド……?」
『まぁそうだ。アーノルドといえばアーノルドだな。久しぶり、ティア』

ぼやけたティアの視界に、柔らかなぬいぐるみが映る。ぴょこん、と滑稽にベッドから飛び降りるのは埃被った可愛らしい犬型のもので、大人の男になったティアの手にも余る大きさだ。
そこから、ああ。大好きなひとの声がする。とうとう自分もおかしくなったか、とすでにおかしくなった自分を棚に上げてティアは笑った。

ポテポテと明らかに重そうな足取りで近づいてきたぬいぐるみが、部屋の隅で丸まるティアをよっこいせと抱き上げた。

「っ? あーのるっ、ど! なにして……!」
『いや、まぁ実は時間無いんだよな。魔法で操ってるんだけど、遠隔な上に聴覚しか同期出来なかったからうまく動かせなくて』
「もっ、もっと根本的なことを聞いてるんだけど……!?」

ああでもこれ、何だかアーノルドに本当に似ている。自分もなかなか精巧な夢を見る。
懐かしいなぁ、と体温のない埃だらけのぬいぐるみに身を預けた。ぽすりと少しばかり荒く乗せられたのは、兄の授けたベッド。

アーノルドの魔法は、いつも少しばかり荒くて雑なのだ。本人はいつも『俺は考えが至らないから、後のことをあまり考えない。だからいまいち利便性がない』だなんてぼやくけれど、幼いティアにとってはそれでも憧れでしかなくて。

同級生になって、言っていることの意味が何となくわかり始めた。三年にもなると完全に理解して、そんな一言をずっと覚えてる自分と、大切な約束もあっさり忘れたアーノルドへの腹立たしさで嫌がらせもした……本人は全く気にしてないどころか、気付いてすらなかったけれど。

『俺は考えが至らないから、後のことをあまり考えない。視覚も移せば良かったんだがな、これベッドで合ってるか? どうも王宮に侵入者が出たらしく、右手と両目は交戦中だ』
「超人的なのもアーノルドっぽいなぁ」

そして大抵のことも、たいていの至らぬ部分も、基本的に本人の培った力で解決してしまう。その姿があまりに堂々としているので全ては計算のうちだとでも思われがちなのだが、けっこう行き当たりばったりな性格をしているのだ。
結局何とか出来るのだから同じことだけれど。自分もアーノルドほど優秀だったら、兄の手を煩わせることはなかったのかもしれない。

ティアをベッドに運んだぬいぐるみがどこかへ行こうとするのを弱々しく抱きしめる。

「いかないで!」
『ティア……?』

大きくて重いぬいぐるみは、弱りきった腕では持ち上げるのも一苦労だ。けれど、それ以上にどうしても。

「行かないで。行くな、お願いだから……。アーノルド……」

何の匂いもしない。埃のせいで咳やくしゃみが微かに出る。そんなエネルギーもなくなり死を待つだけの身体であったので、本当にすぐに収まったけれど。
腕の中のぬいぐるみは暴れるようなこともなく、おとなしくティアに閉じ込められていて。
いつもそうだ、貴方は──お前は──。

「結婚しようって言ったのに、何で、ティアのこと迎えにきてくれなかったの。なんで助けてくれなかったの? なんで覚えてないふりなんてしたの」
「お前はいつも俺の側で眠るのに、安心出来るとまで言って、結局オトートくんの側に行く。お前を買ったのは俺でしょ? 朝の光が疎ましかった」

一番安心出来るなんて、なんて酷い言葉なのだとヴィンセントは思う。
もう男は豊満な女の体に初めて精を吐き出し、アーノルドを呼んで泣いていた頃とは違う。女を知り男を抱き、欲というものをいっとう知っている。好きな男と眠る時、安心なんてしやしないのだ。本当は……。

『……ん? ヴィンセント。意識が戻ったか』
「ハイハイ。ヴィンセントですよ……お前、いっつも俺の話聞いてないのね」

浸っていた懐古から体を引き戻す。首を軽く振ってみるとくらりと目眩が起きて、栄養失調だなとまた体が警告を鳴らした。
──はたと気づく。
いやいや。このぬいぐるみは、『ティア』の見た他愛のない走馬灯だよ、な?

「何で、夢から覚めてもお前が」

轟音。
何もかもを切り裂くような破裂音が王宮中に響いた。隠密もクソもない、みたいな乱暴な魔法が扉を吹き飛ばし、そのまま部屋を突き破る勢いで風刃が切り抜けていった。定位置にいれば明らかに巻き込まれてそのまま死んでいただろう。

『ヴィンセント発見、ヴィンセント発見、避難済み、避難済み』
「ア、アーノルド?」

うぃんうぃんと謎の声真似をしながらアーノルドが同じ事ばかりを話し続ける。これは、自分の依代を一時的に別の場所に繋げる魔法。であれば。この声を持つ、術者は──

かつり、と厚底の靴が一歩踏み出す。無理やり扉を吹き飛ばした影響で埃がひどく舞って、人影はゴホゴホと盛大に咽せた。王宮から漏れる光が埃に反射する。体を折ってむせていた男が、ぬいぐるみの声に反応して顔を上げた。

柔らかなミルクティー色の髪、一瞬痛ましそうに細まった優しげな垂れ目に凛々しい眉。火傷の痕は痛々しいが、それ以上に彼自身を象徴し安心感がある。元老院のつくったモノには火傷が無かった。麗しく美しく、そうして彼ではない生き物。

「うへぇ、埃だらけ……そうだ悪いなヴィンセント。その魔法、術者が近くに来ると効きが悪くてな、何か言ってただろ?」

一目で、本人だとわかってしまった。
惚けるヴィンセントを見て、かれはキョトンとした顔をして、自信に溢れた男の顔で笑った。
ああ、だってあんまりにも同じだったもの。

「よ。お姫様。使が迎えに来たぞ」

かつての日、ティアのを名乗った、少しばかりガラの悪い魔法の先生と。
目の縁を温かいものが伝う。駆け寄った男がヴィンセントの細い体を支え、逞しい腕が腰に回る。

「よっこいせ」

何ヶ月も清めていない体を、汚いだろうにそんな顔も見せず抱き上げた。豪奢なローブを惜しみなく体を隠すようにかけ、アーノルドの体温が頬に映るようだった。

「アーノルド、なに……」
「外はもう木枯らしが吹いている。寒かったら、もっと寄っておいで」
「さ、寒くない。でも、落ちたら困るし」
「そうか」

幼い頃のように素直でも可愛らしくもないティアを、アーノルドが変わらず淡々と受け入れている。それだけでもう安心してしまうのはきっと、あの頃よりのサガなのかもしれない。

「安心して良い。国ごと、お前も守ってやるから」
「……学級長かっこいー……」
「ふん。わざとらしいやつ」

もしこれが夢だとしたら、もう永遠にこの夢で良い。ヴィンセントは男に縋りつき、ようやく安心して目を瞑り、うたた寝をした。
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