悪役令息に転生したので、死亡フラグから逃れます!

伊月乃鏡

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二年目の魔法学校

23.恋の終わり

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荒くれの宿屋、といっても賑やかなわけではない。

息をひそめ闇に溶け込むように、見窄らしい格好の男女が酒を飲み最低限の飯を食い、養豚場みたいな臭いのするベッドメイクもされてない一室へ上がっていくのだ。

目的はそれぞれ。
売春だったり薬だったり……売春といっても少なくとも、娼館のように店を構えて出来るような代物ですらないのだろう。
入った瞬間素知らぬふりをして魔力探知を使う。かっこつけて習得した無詠唱魔法がここで役にたつとは。

「……アンタかい。何号室?」
「703」
「……通りな」

おっと、もちろん七階なんて無いぞ! これはこの宿特有の合言葉みたいなもので、使用する部屋によってランダムに数字が振り分けられているのだ。全員共通のパスワードと考えてくれるとありがたい。

魔力探知を王都全てに張り巡らせても良かったが、上級の一端であるこの魔法は周囲に感知されない代わりに大変魔力を食う。
王都中ともなればティアを奪還する余力がなくなるし、位置を特定できても移動される可能性は捜索隊への連絡を考えれば得策ではない。

「い、いやっ、やめて!」
「やめてだってよ、かぁいいなぁ~」
「こんなカワイ子ちゃんが出歩いて、何が起きるか教えてもらえなかったのかね」
「無理だろ! だってコイツ、貴族だぜ!? 警備も付いてないってことは、攫って鬱憤晴らしに使ってくださいってことじゃねーか!」
「ちがう! ちがう、ティアは……」

まぁその場合、俺が単身乗り込むのが得策かと聞かれればそうでもないのだが──

「助けてっ、アーノルド……!」

呼ばれては仕方がないし。
何か抵抗しているような衝撃、物のぶつかる重い音。その中から薄い扉を通過して聞こえてきた微かな叫びに、頭の良くないところがぐつりと沸騰した。それは一般的に、冷静さや理性と呼ばれる部分だったと思う。

「おっ、王子様に助けてーってか? かわいいなぁお姫様!」
「こんなとこに貴族なんて来な──」

開けてもらうのも手間だったので、扉を吹き飛ばした。
何もかもを切り裂くような破裂音が地下中に響いた。が、この場所を見に来る酔狂な人間なんていないだろう。荒くれどもは程よく互いに無関心だ。

見ての通り破裂した扉の奥で、汚いベッドに押しつけられる美しい少女が泣き腫らしていた。荒事に慣れていないのかなんなのか男たちは一瞬呆けて、すぐに刃物を構える。もう遅い。

「……今日の授業では言わなかったが、魔法には属性というものがある。基本は水雷炎氷土の五つだな。それによって得意魔法は違うから、参考にしてみるといい」

底のペラペラな靴で、室内を歩く。相変わらずこもった異臭がする場所だ。
こんなところにふさわしくないお姫様は、その可憐なまなじりからぽろりと涙をこぼした。

「また、演算を通せば魔力を他の属性に変質させることも出来る。呪文や魔法陣の持つ役割は、その演算をサポートする……要は計算機だな。
俺はよく詠唱を破棄するが、初めて使う魔法はその変換作業と演算の組み立てに慣れるため煩雑な手順を何百回も行って習得しているんだ」

俺の短い歩幅でも、すぐに入り口からベッドへ辿り着く。眠るためだけの場所だ、それとも、そういうことをするための。

ティアに覆い被さっていた男が怯えたように俺を見て、少女を盾にしようと無理やり持ち上げる──が、体が固まる。思うように動かない。動かそうと思えばさらに動かなくなる。訳がわからないよな。

「それと、魔法使いの持つ戦闘能力は圧倒的に他者を凌駕するんだ。理由はわかるか?」
「な、なんだお前、い、異常者──」
「特別だからだ。こんなふうに」

指を一本動かせば、男はベッドの上から吹き飛んだ。そうして地面に転がり、体が凍りつく。

「俺か? 俺は……だよ。お姫様を迎えにきた、概念上のな」

一つ空気を吸えば肺が冷える。こんな場所にいてはティアも風邪を引いてしまうだろう。
ポカンと口を開けているティアに苦笑し、手を差し伸べる。

「帰ろうティア。みんな待ってる」

小さな妖精が思い切り俺に抱きついた。

「アーノルドッ!」
「おっと……」

ふらつきながらその細い肩を支え、抱き上げる。
もう味わえなくなるその重みに寂しく思い、俺は部屋をあとにした。

どうにかオッサンを説得し、ティアに関所の秘密を頼み込み、俺は簡易箒で空を飛んでいた。関所を秘密にする代わり、王都に送り届けろとお姫様から指示が来たからだ。

煌めく星々の中、闇夜を切り裂くようにゆうゆうと箒を駆る。思ってたよりあっさりと解決したので、胃が軋んでいる殿下もさぞ安心することだろう。
引き裂かれて無惨な姿になったドレスをどうにか身に纏いながら、俺の首元にティアが縋りついた。

「どうした? 風、強いか。寒いならもっと寄っておいで」
「さ、寒くない! けど、くっつきたいから……」
「そうか」

彼女もさぞかし不安だっただろう。
ティアは確かに人見知りで耳年増だが、そういう行為を強制されかけたのは初めてだ。そもそもこんな幼い子供に性的欲求を向ける大人は彼女のそばになんかいない。

奴らを煽るのは征服欲だ。自分より弱い存在を支配し、屈服させ、気持ち良くなりたいだけ。
……俺は、もう彼女と会えないだろう。殿下は庇ってくれるだろうが、そもそも浮遊魔法を教えるだけ教えたのは俺だ。
元々、王宮の連中はティアから何かを奪いたくてウズウズしているような奴ばかり。これを機に接触禁止令なんて出るかもしれない。

「ティア」
「なぁに?」

それが悔しかった。
だから、ほんの出来心だ。かわいくて健気で引っ込み思案な女の子に、昔俺と遊んでいたことを覚えていて欲しくて。
そうして彼女が、二度とこんな酷い目に遭わないように。
恋愛感情があったかと聞かれればそうではない。ただ守りたいと思った。

「大人になったらさ、俺たち、結婚しよう。今度こそ、俺がそばで君を守るよ」

いずれ何もかもが奪われたときは、真っ先にティアを迎えに行こう。そう思ったのだ。こんな怖い世界に彼女一人残しておいていけないと。

──魔神と契約し、彼女を守る力も失われ。
そして彼女が男でありかなり嫌な奴に進化したのを知るのは、このいくらか後だった。

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