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二年目の魔法学校
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キャンディを渡したティアに、とある屋敷の位置を聞く。素直に教えてくれた彼女に感謝しながら、俺は魔力節約のため徒歩で示された道に歩いて行った。魔神はさっきから何も言わない。まぁ、当たり前だろう。こんな空間の中で姿を曝け出すなんて、ぬいぐるみに変えてくださいって言っているようなものだ。
ココアで出来た沼地やティラミスを使った道を裸足でペタペタと歩く。汚れてしまいそうなものだが、何かが作用しているのか別に足の裏が汚れるわけでもお菓子の道が汚れるわけでもない。
「お……」
そうしてぐちゃぐちゃの、森だとか海だとか沼地だとかの地形を超えて、これもまた小高い丘の上にそれはあった。
美しい庭園に、カントリー風のおとぎ話みたいなお屋敷。幻想的な見た目をしているはずだけれど、この世界ではどうも現実的というか。少なくとも、これがこの結界内では特別な場所なのだろう。良くも悪くも。
裸足で土を踏み締める。ふわふわで、転んだって怪我しないような、甘くて美味しくて幸せなだけの場所とは違う。
「それにしても、とんでもない結界だな。なんて範囲だ……学校中を巻き込みやがって」
危惧していた体の痛みは存在しなかった。ほとんど傷が治っているのだろう。ただ顔をさわれば火傷のぼこぼこした皮膚が指先を擦り、笑ってしまう。すっかりこの姿だと覚えてしまったんだろう。
この場所は夢だ。ただし、俺の夢ではない。
アーノルド=フィレンツェを礼賛し、讃え、痛みも苦しみも与えない。そんな世界の夢を見た男が、それを叶えようとしたのだ。
呪われた闇の力で無理やりに。現実の理すらも改変して。
フィレンツェの屋敷は固く閉ざされていた。扉に力を入れれば、俺が入れない場所はないらしく、ぎぃっと扉を開けて、何もない大理石を見せる。
「……ただいま」
人の気配がしない場所だ。先ほどまで誰かがいた痕跡が至る所にあるのに、そのままぱっと消えて痕跡だけ残していなくなってしまったみたいな。
屋敷を回る。
一階を見ても二階を見ても、誰もいない。書斎を開ければコーヒーから湯気が立っていて、本が置かれていた。何だこれ、思春期の息子との付き合い方? 公爵にセリオンの思春期って伝えたんだっけ。
食堂を覗くと、美味しそうなスープが放置されていた。仕方がないので火を止めて、こっそり少しだけつまみ食い。
うーん、美味い。よく出汁が効いている。少し煮詰めすぎだろうか? もう少し早く来ればよかったな。使用人部屋は誰もいないが着替えが落ちているメイド服の中には……。おっと……流石に不躾だったか。忘れよう。
オーロラさんの部屋は、怪しい軟膏だとかよくわからない本だとか。眉唾物のマジックアイテムまで。俺の火傷を気にしているのだ。本当に、セリオンを永遠に傷つけることがなくてよかった。あの親子は幸せであってほしい。
母さんの部屋は……。せめて窓を開けておいた。
彼女のいないこの部屋こそがあるべきものみたいだ、なんて思考は振り払った。だってそれは、あまりにも。
「セリオン、セリオン!」
この学校にいる人間は、教師も生徒も皆ぬいぐるみにされているらしい。その中で唯一動かないもちもちのぬいぐるみと、俺の心地よさ以外を排除した空間。信じられないがまぁ、我が可愛い弟が、タガが効かない思春期に任せてこんな結界を作ったらしい。
この悪夢だか夢だかわからない世界を。
「セリオン!」
呼びかけながら、俺はある種の確信を持って廊下を歩く。キャンディでもクッキーでもチーズでもない階段を下り、まぁ比較的にまっすぐ、この屋敷にくっついている薔薇園へ向かった。あいつは嫌なことがあればすぐあそこに逃げるのだ。
薔薇園は館の裏門からもいける、鳥籠のような柵で覆われた中庭だ。いつ何時も満開の美しい薔薇を咲かせている──はずだが。
普段は赤かったりピンクだったりする薔薇が、黒一色に統一されていた。思わずおお、と声が漏れる。黒が好きなハートの女王かあいつは。
「セリオン? セリオン! お兄ちゃんだぞ、出ておいで!」
声をかけながら歩けば、真っ黒な蔦が振り払うように襲ってくる。身構えれば俺に触れる直前トゲが引っ込み、拘束しようと緩い力で巻き付いてきた。馬鹿が!
「俺を捕まえたいならこの程度で足りるかよ!」
可愛らしく考えなしな弟を嘲笑うように緩い拘束を振り払った。自由の身になった俺は後方へ飛び、弟の位置を探る。
蔦はできる限り俺の妨害をしているみたいだが傷つけようという動きはなく、逆にそれを警戒しているようだった。俺自身というより、傷つけることに恐れているような動き。
現に中空に浮いた俺を引き摺り下ろすような真似はしない。一度浮遊からの落下を目の前で見ているからだろうな。
「そうかお前。魔力切れを狙ってるな?」
浮遊も避けるのにも魔力を使う。身体能力だけでやるには、身体に蔓延る眠気があまりにもデバフになるし──この学校を巻き込んで結界を張れるような魔法使いに、それだけで勝てるとは思えん。
セリオンは天才で、当代最強と称えられる男のはずだ。
「先輩とか、厄介な相手は眠らせてるな? いくら強い魔法使いでも、ここまでの規模で魔法を展開されたら一瞬の隙が出来る。人間である限り睡眠欲から解放されることはない」
ぬいぐるみの洗脳が効かないような耐性のある相手は、どこかで眠っているのだろう。個性を均して、統一して、誰も不快じゃないはっぴぃな世界。
セリオンは何も答えない。だが、ここにいるのは分かっていた。魔力も感じないし姿も見えない、探知魔法にも引っかからない。夢の主だから、巧妙に姿を隠している。
それでもわかる。セリオンがどこに隠れたって、俺は見つけ出せる。
俺はお前の兄さんだから。
「セリオン、セリオン! 怒ってないから、出てきなさい!」
叱られて拗ねられた弟を探していた頃を思い出した。メイドの作った料理を盗み食いして、それをピシャリと叱られたのがショックだったらしくて、セリオンは行方をくらました。俺が兄ちゃんだから探しに行って、その時もこの薔薇園でぐずぐずと泣いていた。
自分が悪いってわかってるんだ。それでもまだ謝りたくないって時、あの小さくて可愛い弟はいつもここにくる。俺が咲かせてやった花の中で、親指姫みたいに縮こまっている。
「セリオン──おいで!」
くるくると空を飛んでいると、一箇所だけ攻撃が激しくなるところがあった。何てわかりやすい。隠し事が苦手な弟らしい。
中央のガゼボ。よくよく見れば、そこが黒い蔦で覆われている。どこもかしこも黒薔薇に蔦が蔓延っているから、そこが塊になっているなんて、薔薇園の見た目をよく知っている人間でなければわからなかっただろう。
「っう」
降り立つように近付けば、強い反発がそのまま魔力の波になって押し流されかける。
ココアで出来た沼地やティラミスを使った道を裸足でペタペタと歩く。汚れてしまいそうなものだが、何かが作用しているのか別に足の裏が汚れるわけでもお菓子の道が汚れるわけでもない。
「お……」
そうしてぐちゃぐちゃの、森だとか海だとか沼地だとかの地形を超えて、これもまた小高い丘の上にそれはあった。
美しい庭園に、カントリー風のおとぎ話みたいなお屋敷。幻想的な見た目をしているはずだけれど、この世界ではどうも現実的というか。少なくとも、これがこの結界内では特別な場所なのだろう。良くも悪くも。
裸足で土を踏み締める。ふわふわで、転んだって怪我しないような、甘くて美味しくて幸せなだけの場所とは違う。
「それにしても、とんでもない結界だな。なんて範囲だ……学校中を巻き込みやがって」
危惧していた体の痛みは存在しなかった。ほとんど傷が治っているのだろう。ただ顔をさわれば火傷のぼこぼこした皮膚が指先を擦り、笑ってしまう。すっかりこの姿だと覚えてしまったんだろう。
この場所は夢だ。ただし、俺の夢ではない。
アーノルド=フィレンツェを礼賛し、讃え、痛みも苦しみも与えない。そんな世界の夢を見た男が、それを叶えようとしたのだ。
呪われた闇の力で無理やりに。現実の理すらも改変して。
フィレンツェの屋敷は固く閉ざされていた。扉に力を入れれば、俺が入れない場所はないらしく、ぎぃっと扉を開けて、何もない大理石を見せる。
「……ただいま」
人の気配がしない場所だ。先ほどまで誰かがいた痕跡が至る所にあるのに、そのままぱっと消えて痕跡だけ残していなくなってしまったみたいな。
屋敷を回る。
一階を見ても二階を見ても、誰もいない。書斎を開ければコーヒーから湯気が立っていて、本が置かれていた。何だこれ、思春期の息子との付き合い方? 公爵にセリオンの思春期って伝えたんだっけ。
食堂を覗くと、美味しそうなスープが放置されていた。仕方がないので火を止めて、こっそり少しだけつまみ食い。
うーん、美味い。よく出汁が効いている。少し煮詰めすぎだろうか? もう少し早く来ればよかったな。使用人部屋は誰もいないが着替えが落ちているメイド服の中には……。おっと……流石に不躾だったか。忘れよう。
オーロラさんの部屋は、怪しい軟膏だとかよくわからない本だとか。眉唾物のマジックアイテムまで。俺の火傷を気にしているのだ。本当に、セリオンを永遠に傷つけることがなくてよかった。あの親子は幸せであってほしい。
母さんの部屋は……。せめて窓を開けておいた。
彼女のいないこの部屋こそがあるべきものみたいだ、なんて思考は振り払った。だってそれは、あまりにも。
「セリオン、セリオン!」
この学校にいる人間は、教師も生徒も皆ぬいぐるみにされているらしい。その中で唯一動かないもちもちのぬいぐるみと、俺の心地よさ以外を排除した空間。信じられないがまぁ、我が可愛い弟が、タガが効かない思春期に任せてこんな結界を作ったらしい。
この悪夢だか夢だかわからない世界を。
「セリオン!」
呼びかけながら、俺はある種の確信を持って廊下を歩く。キャンディでもクッキーでもチーズでもない階段を下り、まぁ比較的にまっすぐ、この屋敷にくっついている薔薇園へ向かった。あいつは嫌なことがあればすぐあそこに逃げるのだ。
薔薇園は館の裏門からもいける、鳥籠のような柵で覆われた中庭だ。いつ何時も満開の美しい薔薇を咲かせている──はずだが。
普段は赤かったりピンクだったりする薔薇が、黒一色に統一されていた。思わずおお、と声が漏れる。黒が好きなハートの女王かあいつは。
「セリオン? セリオン! お兄ちゃんだぞ、出ておいで!」
声をかけながら歩けば、真っ黒な蔦が振り払うように襲ってくる。身構えれば俺に触れる直前トゲが引っ込み、拘束しようと緩い力で巻き付いてきた。馬鹿が!
「俺を捕まえたいならこの程度で足りるかよ!」
可愛らしく考えなしな弟を嘲笑うように緩い拘束を振り払った。自由の身になった俺は後方へ飛び、弟の位置を探る。
蔦はできる限り俺の妨害をしているみたいだが傷つけようという動きはなく、逆にそれを警戒しているようだった。俺自身というより、傷つけることに恐れているような動き。
現に中空に浮いた俺を引き摺り下ろすような真似はしない。一度浮遊からの落下を目の前で見ているからだろうな。
「そうかお前。魔力切れを狙ってるな?」
浮遊も避けるのにも魔力を使う。身体能力だけでやるには、身体に蔓延る眠気があまりにもデバフになるし──この学校を巻き込んで結界を張れるような魔法使いに、それだけで勝てるとは思えん。
セリオンは天才で、当代最強と称えられる男のはずだ。
「先輩とか、厄介な相手は眠らせてるな? いくら強い魔法使いでも、ここまでの規模で魔法を展開されたら一瞬の隙が出来る。人間である限り睡眠欲から解放されることはない」
ぬいぐるみの洗脳が効かないような耐性のある相手は、どこかで眠っているのだろう。個性を均して、統一して、誰も不快じゃないはっぴぃな世界。
セリオンは何も答えない。だが、ここにいるのは分かっていた。魔力も感じないし姿も見えない、探知魔法にも引っかからない。夢の主だから、巧妙に姿を隠している。
それでもわかる。セリオンがどこに隠れたって、俺は見つけ出せる。
俺はお前の兄さんだから。
「セリオン、セリオン! 怒ってないから、出てきなさい!」
叱られて拗ねられた弟を探していた頃を思い出した。メイドの作った料理を盗み食いして、それをピシャリと叱られたのがショックだったらしくて、セリオンは行方をくらました。俺が兄ちゃんだから探しに行って、その時もこの薔薇園でぐずぐずと泣いていた。
自分が悪いってわかってるんだ。それでもまだ謝りたくないって時、あの小さくて可愛い弟はいつもここにくる。俺が咲かせてやった花の中で、親指姫みたいに縮こまっている。
「セリオン──おいで!」
くるくると空を飛んでいると、一箇所だけ攻撃が激しくなるところがあった。何てわかりやすい。隠し事が苦手な弟らしい。
中央のガゼボ。よくよく見れば、そこが黒い蔦で覆われている。どこもかしこも黒薔薇に蔦が蔓延っているから、そこが塊になっているなんて、薔薇園の見た目をよく知っている人間でなければわからなかっただろう。
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