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36 疲労回復には生姜焼きらしい(逃桐)
しおりを挟む何とか勤務が終了し、疲れ切った俺はデスクの上をノロノロと片付けて席を立った。やる事やれたのかよくわからんが、とにかく今日はもう無理。覚えは悪く無い筈だけど、細かい色々があり過ぎていっぺんに把握は難しい。
「お疲れ様でした…。」
と帰ろうとしたら、向かいのデスクの中年の男性教員に、打刻しました?と聞かれ、朝の出勤時の事を思い出した。そっか、同じカードで退勤タッチしなきゃなんないのか。どれだっけ。
朝もどれがそうなのか、他の先生に探して貰った。
どうやら交通機関で使うICカードがそれに該当するらしく、確か緑っぽいやつだったと思い出す。
無事に退勤を打刻して、今度こそ職員室を出た。
夕暮れの景色の中、校門を出て暫く歩くと、
「先生。」
と、何処からか声がした。
周囲を見回すと、道沿いの民家の塀の向こうから制服姿の男子生徒が小さく手を振っている。
「宇城。」
宇城が、ニコニコしながらそこに居た。
「そろそろだと思って。先に近くのスーパーで買い物しといたんで、一緒に帰りましょう。
未だ通勤路、ちゃんと入ってないでしょ。」
「う、宇城~~!!」
お前って奴は!お前って奴は!と、俺は感激。
世界がちょい違うだけで何故こんなに良い奴なんだ宇城。
俺は不覚にも目が潤むのを感じた。飯も美味いし優しいし気が利くし、コイツ、もしかして最高の男なのでは?
俺が帰り道で迷わないかと心配して、買い物しつつ待っててくれたって事だよな。どうしよう。元の世界でもこんなに心配された事なんか無いんだが。
「疲れたでしょう。
今日は豚肉安かったんで、疲労回復に生姜焼きでも作りましょうか。」
生姜焼き。どんなものかはわからないけど、宇城が作るなら美味いんだろうから俺は全幅の信頼をもって大きく頷いた。
そして頷いた後、大事な事を思いだした。
「あ、そうだ。その前に金下ろせるか試さないと…。」
財布の中の現金では心許無いし、どうにしろ下ろせないではこの先困る。
究極困れば暗証番号を忘れたって事で窓口に行くなりって手もあるんだろうが、本人確認やらで面倒な上に日数も掛かるというから出来ればそれはしたくない。
「そうでしたね。
帰り道にATMは何ヶ所かありますから、どれかに寄りましょう。
どこの銀行のカードでしたっけ?」
そんな話をしながら歩き、駅に着いて電車に乗り、自宅の最寄り駅で降りた。最初にこっちの世界に来た時に彷徨いてコンビニに入ったあの駅前だ。持ってたキャッシュカード二枚の内、一枚をコンビニのATMで試してみる事にした。
旧式で動きの遅い機械のガイダンスに従って入力していく。
カードを挿入口に入れて、残高照会、暗証番号…。
「0、5、1、1…。」
俺と、少し離れて宇城が凝視する中、画面は数十万円の金額を提示した。引き出しの中にあった通帳に記載された金額と、そう変わらない額だ。
「いけた…。」
俺は宇城と顔を見合わせた。信じられないが、マジでラクのバースデーでクリアだ。
「おめでとうございます。当座の生活費に困る事は無さそうですね。」
「そうだな。よかった…。」
俺はもう一度操作して、数万円を引き出した。
宇城に食費を渡しておきたかったし、何があるかもわからないからだ。
もう一枚のカードも同じ暗証番号で残高が確認出来た。そこには最初のカードより結構多い金額が預け入れされていた。このカードの通帳を見つけて確認した時にも入金以外の取り引きの形跡は無かった所を見ると、やはりこっちは貯蓄用なのかもしれない。俺は元々こっちの世界に居た“俺”の堅実さに感謝しつつ、ありがたく金を使わせてもらう事にした。さす俺。しかしどっちも同じ暗証番号って不用心なのでは?
チューハイと宇城の茶とツマミとアイスを買ってコンビニを出て帰路につく。
「やっぱあの夢、あっちとリンクしてたと思うわ。」
「やはりそうなんでしょうか。偶然って事は?」
「…まあ、ラクの誕生日だから、俺も使った事はあるし、偶然…の可能性も無くはない、か?」
それでも様々なものの暗証番号に使う数字の組み合わせなんて、ラクの誕生日の他にだって幾つかはある。
現に暗証番号を考えていた時には思い出さなかったのだから、やはりあれはリンクしていたのだろうと俺は思った。
アパートに帰り着き、一緒に部屋に帰宅。
宇城は早速キッチンに立って手を洗い、買ってきた食材を冷蔵庫に入れていく。
何か宇城がずっとウチに来過ぎてて、部屋に馴染み過ぎている感があるな…。
俺はリュックを置いてから洗面所に手を洗いに行き、戻ってから部屋着に着替えた。
宇城は早くも米を研ぎ終え炊飯器をセットしていて、これから調理に取り掛かるといったところ。
邪魔しちゃ悪いので、俺は俺で今日覚えた事を脳内で復習しつつ、リュックから取り出したタブレットに充電ケーブルを差し込む。
そうしながら、近々スマホとやらも何とか入手しなければと考えた。
今日一日だけでも、やはり必要不可欠なものらしいとわかったからだ。
テレビをつけて、少し考え事をしている内にテーブルには出来上がった料理が運ばれて来た。焼けた肉からは何とも言えない良い匂いがして、思わず腹が鳴る。
ほかほかの飯と、それに合いそうな濃いビジュアルと食欲中枢を刺激する匂い。
「美味そう。」
「美味いですよ。」
テーブルに自然に並ぶ、温かな二人分の食事。
何となくこの先も、こんな風に宇城と食卓を囲めたらと思ってしまった。
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