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35 初出勤 (逃桐)
しおりを挟む「どうでした?」
「…まあ、何とか…。」
宇城と共に高校へ向かい、迎えた初出勤から数時間。
昼休み、昼食をとる為に宇城に会った俺は、既に疲れ果てていた。
朝、宇城に職員室迄案内されて、席は彼処ですから、と耳打ちされた。既に出勤をしていた職員達と挨拶を交わしつつ、それぞれの首にかかっているストラップに付いた名札で名前を確認。
殆どの職員の首にはそれがあり、名前わからない問題は何とかなりそうだと思いつつ、俺もリュックの中にあったストラップを取り出して首に通した。
担当教科の指導要領は目を通したし、クラス毎の授業の進行具合いも、残されていた資料からある程度把握出来たと思うけど、実際はやってみなくちゃわからない。
素人じゃないし同業だから教鞭を取る事に抵抗は無いけど、如何せん初めての職場だからな…勝手がな…。
こっちの俺が几帳面タイプだったから、残されてる記録でだいぶ助かっているけど、俺と同じ大雑把だったらこうはいかなかっただろう。
とはいえ、職員室でのミーティングを終え、午前中の授業をこなしただけで俺はもう疲労困憊だった。
俺の様子はきっと今迄とはかなり違うんだろう。違和感を感じているような教師や生徒達も結構いたが、病欠で何日か休んでいた事が不幸中の幸いだったと言うか…『未だ調子悪そうですね。』で済んでしまう。
バレるならバレるでも良いけど、外見はそのままなんだから、そりゃまさかそれ迄とは別人と入れ替わってるとは思わないよな。本当の事を説明したって信じてもらえる筈もないし、頭がおかしくなったのかと思われるのがオチだろう。
大丈夫、時間さえ経てば、徐々に慣れてこちらの日常に溶け込める…。
俺はヨボヨボになりながらもそう自分を慰めた。
昼休みに入って直ぐ、職員室の窓の外からこっそり俺を呼ぶ宇城に気がついた。
「あっちから出て来て下さい。」
俺は頷いて、ドリンクだけを持って職員室を出た。
宇城に連れて行かれたのは、園芸部が丹精しているという花壇や、ちょっとした畑のある裏庭だった。大きな木の影にシートを敷いて、宇城は俺を座らせた。
「これからは俺がお弁当持って来ますから。」
そう言った宇城は何処か楽しそうだ。
「じゃあ昼食用にも食費は払う。」
やっぱりそこはきちんとしておかないとな。
「はい、じゃあお願いします。」
宇城は素直に頷いてくれて、俺は安心した。こちらの宇城は普通の高校生だ。特に有ふという訳でも無さそうだし、俺の食費を甘える訳にはいかない。
先に纏めて渡す方が買い物の目処も立て易いだろう。
今日は帰りに金を下ろせるか銀行かコンビニに寄ってみないと。
宇城はシートの真ん中に包みを置いてそれを解いて開いた。
「あ、うまそ…。」
出てきたのはおにぎり。だけど、こないだ作ってくれた白いのおにぎりとは違った。
「ワカメの混ぜ込みご飯で握ったんです。中に鮭が入ってるんです。ワカメ大丈夫ですか?」
「うん、なんか小さい頃にばあちゃんの田舎で食べた事ある。」
俺はラップに包まれたおにぎりを手に取って、ラップを剥がした。かぶりつくと、良い塩気。ワカメ美味い。冷えてても美味い。
「美味しいですか?」
俺は宇城の問いにこくこく頷いた。宇城はニコニコ微笑んで、自分もおにぎりを食べ始めた。
――静かだ――。
朝晩は未だ寒いけれど、日中は陽射しが暖かくて、天気が良いから風も吹き抜ける。
でももう少ししたら湿っぽい季節が来るんだろうな。
おにぎりを咀嚼しながら、目の前の花壇の花々がさわさわと揺れるのを眺める。
「良い場所だな。」
俺がポソッと言うと、宇城は少し黙った後、答えた。
「そうでしょう。一度、入れ替わる前の先生とも此処で昼食を食べました。」
「そうか。」
食べ進めていくと焼き鮭の身が出てきて、またワカメと相まって美味い。
気を張らないで良い自然な食事がこんなに美味いなんて、俺はずっと忘れてた。
皇城の飯は美味かったけれど、一緒に食べてくれる人は居なかった。俺には世話係がつけられていた筈だけど、さっさと帰る気でいた俺がそれを拒否したから気を使ったのか、姿を見たのは最初の一度きりだ。
でも多分、俺がクソ皇子に痛めつけられて気を失った時、何時も手当てしてくれていたのはあの世話係だったんだろうと思う。
名前は何と言っただろうか。
皇城に居る連中は皆敵だと思ってたから、一度も礼を言った事すら無かった。
宇城も、俺を抱きに来る以外に部屋になんて来なかったから、俺は何時も体の痛みを堪えて、窓の外を見下ろしながらモソモソと飯を食っていた。
そんな日々が続き、次第に食う気力を失くして、飯が美味いなんて感じなくなっていた。
只々、こんな場所から抜け出してやると、その一心でその方法を来る日も来る日も考えた。
そうして今は、憎いと思っていたクソ皇子と同じ顔をした男と、こんなに美味い飯を食っている。
世界線が変わるだけで、同じ人間相手にもこんなに幸せを感じる事が出来るとは…。
俺は不思議な気持ちで横の宇城の横顔を見た。
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