1 / 16
1 余剰の子供
しおりを挟む俺の母は女の子が欲しかった。
最初に物心ついたのは、幾つの頃だったろうか。
周り中自分より大きな物ばかりに囲まれ、大きな人達に見下ろされ。
『男でその上Ωだなんて』
『すみません…』
『隆一郎も、何故貴女の我儘なんか聞いちゃったのかしらね。4人もαの男子がいれば、もう十分だったでしょうに』
『……』
幼かった俺が祖母と母のそんな会話をよく覚えているのは、目の前で似たような会話が日常的に繰り返されていたからだ。
幼児だから理解出来ないと侮っての事だったんだろうが、同じような場面ばかりを見せられて、刷り込まれて、しかもこっちは成長していくのだから、その意味を理解するのにそう年月は掛からない。
小学校に上がる前には、俺は自分の立ち位置を完全に理解していた。
α家系に生まれた余計者。
αの兄弟の末に生まれたみそっかす。
最初は庇っていてくれた母も、度重なる祖母の嫌味に精神を病み、俺の世話を放置するようになり、父はそんな母を見て、母が責められる元凶になったらしい俺を憎むようになった。
5人目が欲しいと望んだのは母だった。男子ばかりが続いた後の女の子を望んで。父は母の体を慮って止めたと聞いた。けれど、それでも母は望んだ。
妊娠中の性別判定で男なのを知り、母はガッカリして落ち込んだ。堕胎も考えた程だったらしい。けれど、せっかく授かったのだし、今更男が1人増えるのも変わらないと思い直したようだ。
ただ、生まれた俺には母の落胆がそのまま名付けられた。余。余剰。もう大して必要ではないもの。
それでも、愛する伴侶との間に生まれた俺を、母なりには愛そうとしてくれていたんじゃないだろうか。小さな俺が女の子の服を着せられて髪を結われた写真が何枚も残ってるから、性差の現れる前の幼い内だけでも紛い物であっても娘のいる気分を楽しもうと思ったのかもしれない。女の子の格好をさせられた俺は、兄達にもそれなりには、可愛がられて構われていた記憶がある。
風向きが変わったのは、3歳の頃だ。
検診の際に受けたバース検査で、俺にはΩとの判定が出たのだ。
年々受けられる年齢が早くなるバース検査だが、小学校入学前の検査は義務ではない。母が俺にそれを受けさせたのは、何の気無しの事だったんだろうと思う。
αの父にΩの母。その間に生まれた子供は、90%以上の確率でαの筈なのだから、母も周りも俺がαである事を疑わなかった。
けれど、あの日。
たった1枚の検査結果が記された紙切れが、俺を取り巻く全てを変えた。
検査結果を前に顔を覆って泣く母、顔を真っ赤にして怒鳴る祖母、最初こそ母を庇っていたが、祖母のあまりの剣幕にとうとう黙り込んでしまった父と祖父。
幼心にもそれは衝撃的な場面だったようで、3歳だったにも関わらず今でも俺の一番鮮明な記憶の1つだ。
『あまり、なんて、よくつけたものだわ』
祖母は馬鹿にしたように皮肉を言い放った。
祖父と祖母はα同士の夫婦で番ではない。だが、一粒種で最愛の息子である父を溺愛していた祖母は、父を誑かして番になった卑しいΩだと、母の事を憎んでいた。次々子供を授かる母を、Ωの獣腹、と嘲笑した。
そんな末に産まれたΩの俺の事を、母と共に蔑んだのは当然だったのかもしれない。
それでも、母は。
最初は俺を、庇おうとしたのだと、思う。性別は違えど同じΩに生まれた俺を。完全に望まれない子供になってしまった俺をこの世に生み出してしまった責任を、感じたのだろうか。
けれどそれも、祖母によって母の精神が壊されていくにつれ、難しくなった。
俺は祖母に母を虐げる理由を与えてしまったとして、父だけでなく兄達にも冷たい目で見られるようになった。
家族に見放された俺には、それでも外聞があるからと小学生の内までは世話係が雇われた。
経済的に不自由が無かった事だけは救いだ。それさえ与えられない家庭だって、世の中には多くあるのくらい、俺だって知っている。
世話係になったのは初老の女性で、彼女は俺を献身的に面倒を見て育ててくれた。俺は彼女を、母とも祖母とも思い、慕った。
しかし。俺が小学校を卒業した日、彼女は俺の世話係の任を解かれた。
『もう自分の事くらい自分で出来るだろう』
それが、12歳になった俺に、数年振りに父が掛けた言葉だった。
中学に上がった俺は、針のむしろである家への滞在時間を減らすべく、街を徘徊したり新しく出来たやんちゃな友人達とつるんでゲーセンに行ったり、友人の家に泊まったりしていた。
どうせ俺が不在でも、いちいち俺の部屋のドアをノックして所在を確かめるような家族は居ない。
顔を合わせても、胡乱な目で見てくるのはまだ良いとして、居ないもののように視線も合わせない人間も居るのだ。
もう、血をわけた肉親だなんて思えなかった。
そんな状態で過ごしていても、2年に上がった辺りからは、父や祖父母と顔を合わせる度に、一定以上の成績は修めるようにとうるさく言われるようになった。
ある程度の高校には進学してくれなければ外聞が悪いらしい。
外聞。また外聞だ。
自分の子供で、血の通った人間である俺より、他人の目にどう映るかの方が大切らしい。
俺は胸の内で嘲笑して、それでも純粋に経済的環境を与えられている事に対する返礼として、また自分の将来の為に、言われた通りにある程度の成績をキープした。どれだけ素行が悪くても、進学に問題が無い程度には。
そしてその事が、先の見えていた薄暗い俺の人生を180度変える出会いに繋がっていくなんて、真っ赤な髪をした頃の俺には想像すら出来なかったんだ。
46
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
オメガ大学生、溺愛アルファ社長に囲い込まれました
こたま
BL
あっ!脇道から出てきたハイヤーが僕の自転車の前輪にぶつかり、転倒してしまった。ハイヤーの後部座席に乗っていたのは若いアルファの社長である東条秀之だった。大学生の木村千尋は病院の特別室に入院し怪我の治療を受けた。退院の時期になったらなぜか自宅ではなく社長宅でお世話になることに。溺愛アルファ×可愛いオメガのハッピーエンドBLです。読んで頂きありがとうございます。今後随時追加更新するかもしれません。
【Amazonベストセラー入りしました】僕の処刑はいつですか?欲しがり義弟に王位を追われ身代わりの花嫁になったら溺愛王が待っていました。
美咲アリス
BL
「国王陛下!僕は偽者の花嫁です!どうぞ、どうぞ僕を、処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(笑)」意地悪な義母の策略で義弟の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王子のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?(Amazonベストセラー入りしました。1位。1/24,2024)
Ωの不幸は蜜の味
grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。
Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。
そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。
何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。
6千文字程度のショートショート。
思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる