ホテル清掃員の俺がオーナーの御曹司に見初められちゃって自分を略奪してくれって頼まれちゃった話聞く?

Q矢(Q.➽)

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だって、トイレの鏡拭いてたらイケメンに惚れられるなんて、誰が思う?








あの日も俺は朝から通常通りの業務をこなしていただけだったのだ。

朝出勤して、タイムカードを打刻して、着替えて身だしなみチェックして、手袋を着用し、清掃範囲や補充が必要な備品やアメニティのチェックをして、それらを清掃用カートに乗せ…。


数分の朝礼の後、同じ業務の数人と今日の分担区域を確認し、直ぐに仕事に取り掛かった。



俺は現在とある観光都市にある、大手ホテルチェーンのひとつに入っている清掃会社の派遣社員だ。

通常、退職するか余程のクレームでも入らない限り、勤務先が変更になる事も無く、派遣の職業としては安定していると思う。
清掃員というと世間では、汚いとか低賃金とか低学歴なんてイメージがあるんだろうが、ウチの会社はそんなに待遇は悪くない。

大学を卒業し、一応はそれなりの地方銀行に入行したが、仕事に馴染めず人間関係にも悩み、3年で退職。
よくあるパターンである。

その後、すっかりデスクワークも人間関係も嫌になってた俺は、人との触れ合いが極力少なそうな業務を探していた。

そもそも俺には適性の無い職業だったのに、父親の圧に負けて銀行にしちゃったんだよな…。
何事も経験だから、3年丸々無駄になったとは思わないけど、毎日がつまんなかったのは事実。現在この仕事に就けてめちゃくちゃ快適だ。

もう数字は見たくない…ゲーム以外でPCの前に座りたくない…そんな強い意思を持って日々を生きている…。

大の男がやる仕事では無いと、学生時代の友人達や家族に哀れみの目で見られても、平気だった。これだって世の中に絶対必要な仕事だ。

それに俺、めちゃくちゃこの仕事、向いてる。
入って2年だが、仕事振りを評価されたのか、正規社員への打診もされている。

一日中コマネズミのように動き回り 自分が手を動かす度、汚れていた場所や物が綺麗になり、散らかっていたものが美しく整う。
細かい所の埃や髪の毛が残ってないかチェックし、容器などの液だれや内容量調整、壁面の汚れや鏡の曇りも許さない。

目に見えて成果がわかる。

日頃は誰に褒められるわけでもない。気にも留められない。

でもたまに宿泊客と会う事があると、お礼を言ってくれる人もいる。

小さい事だけれど、嬉しくて、モチベーションが上がる。

時にはイラッとくる事もあるが、以前の仕事のストレスに比べればささやかなものだ。

大きな成果に繋がる事は無いけれど、時折小さな喜びがあるこの職を、俺は気に入っていた。


その日もパブリックスペースの清掃を終え、バックヤードの仕事に移った。
スマホを確認すれば、時間配分は十分余裕がある。

少し伸びをしてから清掃中のプレートを出入口に立て、清掃に取り掛かった。
ゴミを纏め、個室内を清掃し、ペーパーホルダーをチェックした後、小便器を清掃し、手袋を付け替え手を洗うシンクとその周囲、鏡…と拭いている時だった。


スラッとした長身の若いスーツの男性が入ってきた。
フロントや事務所で見た事は無いが、単に自分が把握していないだけかもしれないし、もしくは系列店から来ている社員かもしれない。
品が良く育ちの良さそうな、綺麗な整った顔立ち。
こりゃ明らかにαなんだろうな~、と思う。
俺より少し歳下っぽいかな。

ああいう人種は俺みたいな仕事を経験する事は一生無いんだろうな。
別に僻んでる訳では無く、なんとなくそうなんだろうなと。



プレートを立てていても、別に全ての便器が清掃中な訳では無い。
途中で入られるのを嫌がる作業員もいるけど、俺は特に気にせず仕事をする方なので、軽く会釈だけして鏡を順に拭いていた。

独特の小便の音と洗浄音が流れた後、足音が近づいて来て、手を洗う流水音がした。
もう出ていくのだろう。
俺もここの清掃はもう一度シンク周りを拭いて終了だな、と横を見た瞬間、ギョッとした。

直ぐ真横に男がいたのだ。

びっくりして、思わずわっ と声を上げてしまった。
後退ろうとしたら腰にがっしり腕が回された。
俺はパニックになった。

いや何?離して!

人気の無い場所でなんの前触れもなく他人にゼロ距離。

恐怖だ。目的がわからない。

いくら相手がやたら綺麗な男だとしてもだ。


「…な、何でしょう?」

何とか声を絞り出した俺、偉い。

俺より少し目線の低いその男は、黒く長い睫毛に囲まれた碧眼でじっと俺を見つめる。
そして、無言。
それにしても、い、いい香り…。香水かな。

綺麗に撫で付けられた質の良さそうな髪や陶器のような肌は、確かに遺伝子レベルからの違いを感じる程綺麗だけど、今じゃない。 しかも相手は男だ。


「あの…」

腰に回された腕に力が込められ、引き寄せようとするの何で??!

とにかく逃げなきゃ、と思い離れようとするが、今度はもう片方の手で俺の腕を掴む。

もう俺はますます恐怖だった。

悲鳴でも上げるか?いやでも…


…と、男が薄く形の良い口を開いた。



「鈴木さん?」
 
「えっ、は、はい?」
 

えっ?実は知り合いだっけ?
こんなイケメンαが知り合いにいたら記憶に無いのおかしいけど。
あ、もしかして銀行時代の顧客とか取り引き先?
大学時代の同級生?先輩?後輩?
記憶を手繰るが無駄に終わった。


「ネームプレート。」

「あ…。」

何だ。胸元のネームプレートかい。ビビったわ。


「下の名前は?」

「は…」

男は尚もその眼力で、瞬きもせず俺を見つめている。こ、怖ァ…。

「教えてください、下のお名前。」

「真治です…。」

あ、しまった。美形の圧に負けて思わず答えてしまった。


これ、やべえ事にならないだろうな…。



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