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「ねえ!あの…バンチャ?出してよ鈴木!!」

「……」

…ゴトリ…。

奏の前に量産品の湯呑みが置かれる。

あれ以来すっかり気軽に遊びに来るようになってしまった奏…。

一応の気遣いなのか、梁瀬と鈴木2人が揃っている日に来るようにしているようだが、2人揃っているからこそ、御遠慮願いたい、と2人は思った。

何故か奏も質素な庶民飯がお気に召したのか、ちゃっかり晩御飯を食べる。
食べたら食べたで眠くなるらしく帰りたがるので、表に抱えて出ると、スッと待機している奏専用車が迎えに来るので便利ではある。
だけどどうせそこにいるのなら、玄関先迄迎えに来て欲しいなと梁瀬と鈴木は思った。


今晩も奏は番茶(低級)と、鈴木特製焼きうどんをペロリと平らげた。

「木本、焼きうどん好きなの?」

あまりの食いつきっぷりに梁瀬が聞くと、

「ばあやが前に作ってくれたから…。」

と返ってきた。


ばあやさんがね。へえ。
おばあちゃんじゃなくて、ばあやさんがいる家か。
なるほどね。

鈴木の目は細くなった。
鈴木家にいたのは血縁関係のあるおばあちゃんだけだったぞ。


「でもなんか味は少し違うね。もっと味薄かった気がする。」

「ばあやさんか…ばあやさんとかの年代なら、和風で醤油味とかだったんじゃない?」

「言われてみれば焼きうどんって和風で醤油味で作る人が多いですよね。
でも僕、真治さんのソース味好きですよ。」

「あ、そうかも。ソースだからかも。僕だってソース味も好きだよ。」

「ウチは母さんが焼きそばも焼きうどんもソースだったからさあ…。」


どうでもいいような会話をしながら食事を終える。

そろそろウトウトし出すかなと思ってたら、奏が急に口を開いた。

「おお兄、たぶんちぃ兄に会ってると思うんだよね。」

真面目な顔で言う。

梁瀬が聞く。

「何でそう思ったの?」

「匂いが…。」

「匂い?」

奏が言うには、こうだ。


最近遊び歩く事を辞めて家にいた奏は、昨日スマホの電源を落とし、ダラダラと部屋で過ごしていた。

父親は部屋にいたようだが、長兄と義姉は朝から出かけていたようだった。
一緒に出かけていたのかと思ったら、昼過ぎになって義姉だけが買い物から帰って来たのが部屋の窓から見えた。
夕方、1階に降りて行くと義姉と会い、今日は出かけていなかったのか、と少し慌てた様子で言われた。
なら久しぶりに食事を一緒に、と話していた時に長兄が帰宅した。
玄関から入ってきた長兄も、奏を見て少し戸惑っていたようだったという。今日はいたのか、と。
俺がいちゃ悪いのかと拗ねて笑われたのだが、その時長兄から、長兄以外の、憶えのある匂いがした。
奏が思わず長兄を見つめると、慌てたように微笑んで部屋に入って行った。

1時間もして食事の席に現れた長兄からは、既にその匂いは消えていた…。


「ほんの数秒だったけど、俺が間違える筈ないよ。」

奏は確信した表情ではっきりと言い切った。


「あれは、ちぃ兄の匂い。」

「…木本が言うなら、そうなんだろうね。」

梁瀬は答えながら考えた。

やはり国外に出したというのは方便だったのだ。
次兄は国内にいるに違いない。
それも、思っているよりは、そう遠くはない場所に…。


「俺、ここ何年かは 家にずっといるって事無かったし、居ても部屋に誰かと篭もりっきりだったから気にした事無かったけど、前にもそんな事あったんだ。
その時は一瞬だったから気の所為だと思ってたけど、昨日ははっきりわかった。」

「そっか…。」


梁瀬としては、次兄が国内に居た場合、長兄は次兄に何らかのコンタクトを取っているのではないかと考えていたのでさほど驚きは無い。

 

少し種明かしをすると、昨日、長兄が奏が在宅していたと知らなかった様子なのは、奏がスマホの電源を落としていたからだ。

チョーカーに組み込まれたGPSからの位置情報は、父親が奏に付けている側近の部下のみが把握している。

父親と長兄は、必ずしも連携が取れている訳ではなかった。
長兄である総は、父親を尊敬し追従しているようでいながらも、利一を家から出したあの時から  父親と少し距離を取っている。
だがそんな事は知らない奏は、父親と長兄を1括りに見ていた。
奏の立場と、あまり思考の得意ではない事を思えば仕方の無い事だ。

けれど、梁瀬は違った。

奏から聞く話の端々から、何処と無く父親と長兄に思惑の分離を感じる。最初に持っていた印象とは変わってきている。



(…接触してみるべきかもしれないな…。)



勿論、相手は木本家長兄、
木本 総である。



よく言うではないか。


将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。

…と。








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