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しおりを挟む梁瀬が木本家の長男、総にアポが取れたのは3日後の事だった。
只の議員秘書ではなく、後継修行としての立場だから思う以上に多忙だろうと考えていたので、3日後なら早い方かなと梁瀬は思った。
おそらく、梁瀬が弟の婚約者でなければ、もっと日程は後回しにされていたのでは、とも思う。
梁瀬自身が木本の関係者にコンタクトを取ろうと動いたのは初めての事だったからか、電話を取った総はかなり意外そうだった。
名乗って最初は訝しまれたが、連絡先は奏に聞いたというと、なるほどと納得したようだった。
総は見るからに洞察力の鋭そうな切れ者だ。まさか、婚約者同士、親交を深めているとは思っていないだろう。
何なら梁瀬と鈴木の関係だって、知っていてもおかしくはない。
只、自分の弟の素行の方が遥かに問題があるのを知っているから、知っていても言及はして来ないのだろう、と梁瀬は思った。
3日後に会ったのは、梁瀬家の経営するホテルの一室。
数時間に及ぶかもしれない話の内容を漏らさない為には、何処が安全かと考えて、わざわざスイートを空けておいたのだ。
因みに鈴木の勤務するホテルにしたのは、たまたまそこが梁瀬にも木本にも都合の良さそうな、近過ぎず遠過ぎずの位置にあるからだ。
決して、その後、翌日休みの筈の鈴木と、音を気にせず思いっきり何やかやしたかったからとか、そういう訳では無い。
そういう訳では、決して無い。
午後8時。
木本 総は黒塗りの車でエントランスに乗り付けた。
後部座席から颯爽と降り立ったスーツ姿の総は、少し疲れがあるのか、撫で付けた髪の解れを手で直しながらゆっくりとロビーに入ってきた。
紛うことなき生粋の、αらしいαの圧倒的オーラに、ロビーに隣接するカフェに居た客は、最初ほんの僅かザワつき、後は目を奪われて静かにその動向を追うのみになる。
αはそういう視線や反応には慣れている。
一瞥もくれずに案内に出た支配人についてエレベーターの中に消えた。
上昇するエレベーターから見下ろす夜景に、総は少し心にザワつきを感じていた。
末弟、奏の婚約者、梁瀬陽一郎。
奏と同じように、只、家や親の言いなりに流されているだけに見えていた彼が、自分に一体何の用なのか……。
実は総は、最近の梁瀬のプライベートの動向などは一切知らない。
気は進まそうなものの、無気力に見えていた梁瀬が何か行動を起こすようには思えなかったからだ。
プライベート迄把握されているかもしれないとの梁瀬の危惧は思い過ごしだった訳だ。
部屋に着き、支配人がドアを開ける。
中に歩み入ると、既に3人の人間がローテーブルを挟んだソファに腰掛けていたが、総を見るなり立ち上がって会釈をした。
総は内心驚きながら、3人を見る。
1人は梁瀬、1人はまさかいるとは思っていなかった、弟の奏。
だが、残る1人は…。
梁瀬が総に話しかける。
「わざわざお呼びだてして申し訳ありません。」
「いえ、……梁瀬さん、此方は?」
「此方は…僕のパートナーの鈴木さんです。真治さん、此方は木本君の1番上の兄君の総さん。」
「初めまして、鈴木です。」
「初めまして…木本です。」
戸惑いがちに挨拶を返す総に対して、鈴木はにこやかだ。
物怖じしない性格なのだろうか、と総はまじまじと鈴木を見た。
自分のようなαと相対すると、普通の人間は圧倒されて、最初からにこやかに微笑むなんて事はあまりないものだ。
年齢や経験値の問題ではなく、α特有の何かがそうさせる。
だがこの鈴木という、名前と同じようにありふれて、何の変哲も無さそうな普通の青年には、全く自分に対する気負いを感じない。
相当胆力があるのか、単に鈍感なのか。
総は不思議な気持ちになった。
しかも、パートナーとは、一体どういう事なのか。
何が何だかわからずに奏を見ると、奏もじっと総を見ていた。
「先ずは、僕達のお話を聞いていただきたくて御足労いただきました。」
梁瀬は総に ソファに掛ける様に勧め、支配人にそれぞれの希望する飲み物を頼んだ。
そして、支配人が部屋を出た。
「では、始めましょうか。」
梁瀬の静かな声が告げる。
何時になく大人しい奏、
全く知らない梁瀬のパートナーだと言う男、
そして暫く見ない内に、怜悧な程に美貌を増した梁瀬。
総の胸には、最早嫌な予感しか無かった。
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