NO.1様は略奪したい

Q矢(Q.➽)

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 マンションのオートロックが鳴らされたのは夕方の5時半。
 4時すぎに大学から帰宅した祈里は、7月の暑さで汗だくになった体をシャワーで流し、洗った髪をドライヤーで乾かして、ようやく一息ついたところだった。
 部屋のドアを開けると、入って来た天馬は日頃の明るさが嘘のように神妙な顔つきで、まるで別人のように暗い顔をしていた。服装も毎週日曜に来る時のセットアップとは違い、黒地に柄の入ったシャツに黒いパンツという、やや綺麗めとも言えるスタイル。金茶の髪もいつもとは違う分け目でセットしている所為か、ほんの少しだけ大人びて見えた。
 ホストだと聞いた時は、(確かに派手めだけど、大学にもこれくらいの感じはたまに居るし…)とたいして気にもしなかったが、改めて観察すると確かに天馬からは夜の住人独特の雰囲気が醸し出されているように思えた。

「暑かっただろ。何か飲む?…コーラとお茶しかないけど」

 天馬がいつも来た時の定位置であるソファベッドに腰を下ろし、前のローテーブルに財布とスマホを置いたのを見て、祈里は冷蔵庫前から声をかけた。天馬は小さく

「じゃあ、お茶で」

 とだけ答えて、静かに座っている。その様子に祈里は首を傾げつつ、キッチン横の小さな棚からグラスを2つ取り出し、冷凍庫を開けてそれぞれのグラスに氷を入れた。そしてペットボトルから緑茶を注ぎ、2つのグラスを直接両手に持って、天馬の居るソファベッドへと向かった。学生の一人暮らし用の狭いワンルームなので、キッチンからソファまでの距離はほんの数歩だ。

「はい」

 グラスの1つを手渡すと、天馬は小さな声でありがとうと言いながらそれを受け取った。

(なんだか、らしくないなあ)

 いつもの天馬なら、調子の良い笑顔で「サンキュ!」なんて軽い言い方をする筈。左手に残ったグラスを持ったまま天馬の傍に腰を降ろした祈里は、横目で彼の横顔を見た。天馬は俯いて茶のグラスを見つめたまま動く気配は無い。いつになく緊張しているような、強張っているような表情。出会って初めて見る顔だなあと思いながら、グラスに口をつける。これはやはり別れ話で間違いないのでは。
 自らも望んでいたとはいえいざその場面が来るとなると、変に胸が苦しくなる気がしてくるのは何故だろうか。自分も随分身勝手だなあ、と祈里が自嘲した、その時。

「あのさ…」

俯いたまま、天馬が言った。

「うん?」

「話があるんだ」

「うん、なに?いやに改まるじゃん」

 まあ、おおかたの内容は想像がついてるけど…と思いながら、祈里は天馬に先を促すようにグラスをテーブルに置いた。できれば自分から別れ話を持ち掛けるより、相手に振ってもらいたい。その方が変な恨みも買わずに別れられてラクだし、未だ優柔不断に残る未練も否応無しに断ち切れる。祈里はそう考えるタイプだった。

「いや、あの、さ...」

 口を開いたは良いが、今度は歯切れが悪い。祈里は意外に思った。天馬との付き合いは3ヶ月ちょいと短いが、良くも悪くもはっきり物を言う...というか、やや考えの足りないタイプなのをわかっていたからだ。口ごもったり悩んだりなんて場面は見た事が無い。しかしそういう裏表の無さそうなところが祈里は気に入っていたし、騒がしいほどに明るく、楽しい気分にさせてくれるのも好きだった。
 恋愛対象もまだ定まらない中学時代、学校のちょいワルな上級生に目をつけられ、追い回されて絆されてバックバージンを奪われてからというもの、どうしてもどこかその上級生に似た部分のある男に引っかかってしまう祈里の男の趣味は、哀しいほどに残念なのだった。

「...どした?はっきり言いなよ、怒んないからさ」

 別れるならさっさと引導を渡して欲しいと、いつも以上に穏やかな口調でやんわりと急かす祈里。だが、それに思い切ったように顔を上げた天馬が放った言葉は、祈里が想定していたものとは全く違った。

「助けてくれないか」

「わかった。...え?」

 すっかり『別れよう』が来るものだとばかり思ってイメトレしていた祈里は、まさか全然違う言葉が出て来るとは思わず、了承の返事をしてしまった。完全なるフライングである。しかし、助けてとは、なんぞや?しかし、どういう事かと聞き返そうとする前に、天馬に抱きしめられてしまった。

「良かった!祈里なら何も言わずにそう言ってくれるって信じてた!!」

「ぅぶっ」

「ありがと、祈里。めちゃくちゃ愛してる!!」

「え、あぁ...うん?」
 
 別れるつもりでいたけれど、祈里は天馬を嫌いになった訳じゃない。今以上に気持ちが入ると天馬の仕事に嫉妬しだす未来が見えたから別れたいと思っただけだ。そんな風に好きな気持ちが残った状態なのだから、愛してるなんて言われるとキュンと来てしまうじゃないか。こんなんで別れる事なんてできないじゃん、と祈里は思った。しかも、愛してるだなんて。

 ぶっちゃけ顔と体目当ての男ばかりに言い寄られて付き合って来た為に、『好きだよ』は耳にタコができる程言われてきた。でも、『愛してる』なんて言われた事はほぼ無い。

 体だけは成熟しても、恋愛偏差値は10程度だった祈里は、わかり易くときめいた。なので、困惑しながらも、天馬の背中を抱きしめ返してしまったのだった。









 
 

 

 

 
  
 
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