NO.1様は略奪したい

Q矢(Q.➽)

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「お金、先に取らなくて良いの?」

 窓辺から動かない背中に、後ろから声をかける。

「…あっ」

 振り向いた祈里のしまったというような表情に、麗都はクスッと小さく笑った。ジャケットの内ポケットから長財布を出して、適当に摘んだ札を出す。普段はカードだけで札など殆ど持ち歩かないけれど、今日は祈里の為に50万程は下ろして来た。なのに、まさか一晩10万だなんて。価格破壊なのか。到底祈里の価値に見合っているとは思えないその金額に、顔には出さなかったものの、実はずっとムッとしていた麗都。路上〇春の相場など知らないので、それが他の男性の売り専や女性のウリよりも高め設定なのもわからないのだから、仕方のない事ではあった。

「多かったです」

 渡した札を数えて、数枚を返して来る祈里の手を押し戻す。麗都は金に無頓着という以上に、一度出したものを引っ込めるのを面倒臭がる男だった。祈里は(良いのだろうか?)と少し困ったような顔をしたが、麗都がにっこり笑ったのを見てこれ以上断ると角が立つと判断したのか、

「ありがとうございます」

と軽く頭を下げて、持っていたグレーのミニショルダーバッグの中に金を収めた。嬉しそうというより、申し訳なさそうな表情の祈里。その様子を見ながら、麗都は考える。こういった金の受け渡しの時、祈里がどんな気持ちでいるのだろうと。
 気まずい?仕事だからと割り切っている?それとも、テンマの為に稼げたと喜んでいる?
 交通費すら抜かずに稼ぎの全てを相手に捧げるとは、どんな気分なのだろう。そんなにもあんな男(テンマ)の事を好きなのだろうか。自分の体を毎夜複数の他人に明け渡すほど?どんな覚悟でこの仕事を受け入れた?

 考えるほどに腹立たしくなるので、一旦そこで思考を切る。やっと再会が成ったのだ。今は目の前の祈里に集中しよう…と思ったら、急に祈里がてきぱきと動き始めた。荷物をテーブルに置き、スマホを手にして何かしていたかと思ったら、今度はベッドにスマホを置いて何処かへ歩いて行こうとする。そんな祈里に、麗都は後ろからやんわりと抱きついた。
 
「どこ行くの」
 
  ふわりと鼻を擽る髪の香りと柔らかな体臭。シャツ越しに伝わってくる体温。驚きに小さく跳ねる薄い肩。首も細いし、胸板も薄い。最初に見た時から華奢だとは思っていたが、これは痩せ過ぎなのでは?と心配になる麗都。元々そういう体質なのか?そうでないなら、これからはきっちり食べさせて肉を付けさせなければと心に誓う。
 因みに麗都は、最近は多忙になった為に通いのハウスキーパーに任せきりだが、家事は苦手ではない。特に料理は趣味なので、時間が空けば気分転換に作ったりもしている。なのでこの先祈里の為ならば、時間はいくらでも捻出するし料理も毎食作るつもりだ。
 まだ接触して間も無く、自分の正体すら明かしていないにも関わらず、麗都の脳内未来予想図では既に祈里との新婚…否、同棲生活がスタートしていた。
 気が早過ぎる。

 祈里はどうやら、風呂に湯を張りに行こうとしていたようだ。察するに、それがいつもの手順なのだろうか。麗都的には、一緒に入る風呂は確かに魅力的ではあるが、今はこの腕の中から祈里を逃がしたくない。なので、ならシャワーだけでもという祈里の提案も却下した。せっかく初めて抱き合うのだから、ボディソープの残り香よりも彼本来の匂いと味を堪能したい。

「わかりました、じゃあ…」

 麗都の腕の中で祈里が頷くと、襟足の髪がさらりと割れて、隙間から白いうなじが見えた。目の前にそんなものをチラつかせて誘惑されたら、男としては堪らない。指先で髪を掻き分けて、露わにしたうなじに唇を押し当て、食んだ。温かい肌は唇に柔らかく馴染み、麗都は一瞬で夢心地になってしまう。滑らかな皮膚に舌を這わせると、俯いた祈里が小さく吐息を漏らした。
 
(可愛い…)

 反応が良いと、もっと本格的に責めたくなる。そうなるとサングラスが邪魔な事に気づき、外して手近なサイドテーブルの上のスタンド横に置いた。それと同時に、祈里が体を捻って麗都の方を向く。星空の瞳と、直に目が合った。
 麗都の素顔を目にした祈里が目を見開いて動きを止める。そのまま2人は暫く見つめあった。あまりに長く見つめられたので、麗都はふと思った。

(もしかして、気づいた?俺の事…)

 しかし、それはないかと浮かんだ考えを打ち消した。過度な期待は持つまい。あの頃の祈里は、物心さえついてはいなかった。
 だから祈里がこんなに見つめて来るのは、別の理由だろう。
  
「どうしたの?俺の事、知ってる?」

 細い腰を抱いて、微笑みながらそう聞いてみる。麗都に聞かれた事で我に返ったらしい祈里は、顔を赤くしながら目を伏せて答えた。

「あ、の…はい、近くの看板で、見た事が」

 その返答に、やっぱりと気落ちしながらも、まあそうだよなと納得する麗都。
  この街で麗都は有名人だ。何より、あれだけ毎日せっせとテンマに金を運びに、裏口とはいえ店に来ているのだから、そのテンマが勤める店のNO.1の顔くらいは知らない筈はないと思ってはいた。だが取り敢えず今は、それには触れずに頷く。

 「ああ、そうだよね。あの公園から近いもんね」

 言いながら祈里の前髪を優しい手つきでかきあげる。現れた秀でた綺麗な額に、ちゅっとキスをすると、ますます真っ赤になる祈里。本当に2ヶ月も体を売って来たのかと疑問を抱いてしまうほどの初心さ。演技だろうかと思ったが、そんな事が出来るほど器用で利口なら、そもそもテンマのような3流ホストにまんまと騙されないだろうな…と思い直す。
 
 それから麗都は、力の抜けた祈里の体を後ろのベッドに押し倒し、戸惑う瞳を見つめながら、その両手指に自分の両手を絡めた。





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