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10 (俯瞰)
しおりを挟む「お二人は、恋仲なのでしょうか?」
身構える間も与えず、青秋はそう口にした。
八束は無表情になって青秋を見据え、一織は真っ青になる。こんな時にも反応は正反対なのだなと、青秋は内心感心した。本当に面白い兄弟だ。
「…何故ですか?」
八束が動揺したのは一瞬だった。直ぐに表情を消して現状を把握する為に青秋に対峙する体勢を整えた。
だが、青秋は目を伏せて八束の視線を受け流し、戦意は無いと示した。
「不躾に申し訳ありません。咎めだてする気はないのです。そんな資格も私には無い。」
「では、何故。」
腑に落ちない、と八束は眉を寄せた。
「どうしてそう思われたんですか?」
八束と一織は肯定はしていない。だがおそらく青秋は知っていて、確信を持っている。
だから口にしたのだろう。
動揺で思考停止している一織はともかく、八束は何故漏れたのかと頭の中で目まぐるしく考えていた。
確かに、堪え性の無い一織のお強請りで、この屋敷に来てからも、既に何度も性的関係は持っている。何なら八束はそれを想定して、監視カメラや盗聴の類があれば撤去するように言ったのだ。万が一それを発見したら、二週間経過を待たずその場で切り上げて帰ると言って。
勝手な偏見のようで悪いかとは思ったが、上流階級というものに縁が無く、得体が知れないと思っている八束達は、黙っていたらそれくらいされるかもしれない、なんて事を半分本気で考えていた。
実際には庭の何ヶ所かと廊下に複数箇所、防犯目的のカメラがあっただけで、プライベートな空間には最初から設置しておりませんと篠宮にも言われてしまったのだが。
セックスしたのは部屋の中だけだった。当然、二人だけしかいなかった。
なのに何故、どうやって青秋は知ったのだろうか。
「先日、一織さんが体調を崩されました折、私はお見舞いに伺ったのですが、」
「え?お見舞い?」
「我が屋敷の内部で起きた事。主としては責任がありますから。」
「…あれはちゃんと言えなかった俺が悪いのに…。」
一織がそう言うと、青秋は首を振って答えた。
「お顔色やご様子を見て察する事が出来なかったのは此方の落ち度です。それ以前に、屋敷内で起きたあらゆる事は私の不行き届きなのです。」
セレブもセレブで気苦労はあるらしい、と一織と八束は思った。しかし、待てよ…と思う。
「…部屋に来たって事ですか?」
青秋が部屋に来た記憶は無い。まさか…。
「はい。篠宮と共に。
お取り込み中だとわかり、引き返しましたが。」
「…。」
お取り込み中…。それを指すのはこの場合一つしかない。
二人が固まっていると、青秋は頬を指で掻きながら、少し言いにくそうに言った。
「失礼ながら、扉はきちんと閉められた方が。
勿論、お返事もないのに勝手に開けるような不調法者は家にはおりませんが…。
隙間から艶めいたお声がずっと…。」
「!!!?」
開けて見た訳ではない、けれど八束達の不注意で扉はきちんと閉まっておらず、隙間から最中の声が漏れていた…そういう事だ。
そう言えば、と八束は思い出した。
一織の為に食事や薬を持って来てもらって、それを扉の所で受け取り、部屋の中に運んだ。扉がきちんと閉まらなかったのは音でわかったが、寝る前に閉めにいこうと思っていたのだ。青秋の言う通り、この屋敷には許可無く勝手に扉を開ける使用人は居ないから、誰か来たらノックでわかると思っていた。
きちんと閉じきらないというだけのそこから、そんなにも声が漏れるなんて思わなかった。
普段ならその辺にもきちんとしている八束がそんなミスをしたのは、やはり一織の不調の影響だと言わざるを得ない。
一織と八束は愛し合っていて、それ故に互いがウィークポイントなのだ。
青秋に聞かれたと知った一織は真っ赤になり、八束は押し黙った。やはり不用意な事をするものではなかったと反省した。
二人にとってはまるで現実味の無い、高級旅館か何かのような屋敷だったから、他人の家だという感覚が薄かった。
自分のミスだ、と八束は唇を噛み締めた。
Ωの双子で、当然血をわけた兄弟で番のような事をしている。決して他人に知られてはいけない事だと、わかっていたのに。
「もう一度言いますが、咎めだてするつもりで申し上げたのではありません。」
悲壮な空気を読んだのか、青秋は苦笑して二人に言った。
「私も他人の事は言えないんです。…ずっと従弟に懸想してますからね。」
「いとこ?」
青秋の口から出た、意外な言葉に一織はぽかんとしてオウム返しに聞いた。
「尤も近い従弟です。
…男性で、αです。彼は私の気持ちは知らない、ずっと。」
そう答えた青秋の表情は、切なげで苦しげで、一織だけではなく警戒していた八束迄もがつい、気になってしまう。
「私は子供の頃からずっと従弟を愛しているんです。
けれどこれは、伝えても報われてもいけないものだ。
家の為に。」
熱心に婚約を申し込んで来た割りには、ずっと掴み所の無い男だと思っていた青秋の、初めての吐露は思いがけないもので、一織も八束も何と言って良いのか言葉に詰まる。
「私はお二人が羨ましい。」
そう呟くように言った青秋の声は寂しげだった。
家の為に、と青秋は言った。
ならば彼はこの縁組に、実は消極的だという事なんだろうか?
「では、一織と婚約したいと言っていたのは…フェイクだったという事ですか?最初から婚約する気は無かった、と?
だから僕が一緒でも構わなかった?」
どうにもよくわからない。
家を背負っているから、自分の心を捨てて、跡継ぎになる子供を作る為に結婚…という事なんだろうが、何故、一織だったのか。何故、八束迄同じ候補にして招き入れたのか。
別に、単なる付き添いという形でも良かった筈だ。なのに高城家は八束迄も一織と同じように迎えた。何故だったのか。
「フェイクではなく、一織さんなら、と思いました。
今ではお二人なら、に変わりましたが。」
「それは、どういう…?」
戸惑う一織と八束に、青秋は先程とは違う笑みを浮かべて言った。
「最初は一織さんのΩらしくない部分が好ましかった。けれど今は、愛し合うお二人だからこそ、という気持ちです。」
ますますわからない。
二人が首を傾げていると、青秋の笑みはより一層深くなった。
「私には、私を愛さないΩが必要なんです。」
やはり青秋の言葉は不可解だ。
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