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紬希は、父親の居ない私生児として育った。
母は番を持たないΩの女性だったが、彼女は若い頃に勤めていたキャバクラで、客の一人と恋に落ち、妊娠してしまった。客はαだったから、母はてっきり彼と番になるものと思っていたらしい。しかし蓋を開けてみれば、彼にはすでに婚約者が居た。それも、企業合併を前提とした、いわゆる政略結婚。
つまり母とは、結婚前の遊びだったのだ。
それを知った母は、まとまった金をもらって身を引く事を選んだ。いくら悔しくても、社会的地位の高いαと事を構えるのは愚か者のすること。いい事などひとつも無い。
そして、一人で紬希を産んだ。父親に認知は求めないとの条件で多めに金をもらったので、キャバクラの仕事を辞めても、生活はできた。
状況が変わったのは、紬希が三歳になり、母が再び働き始めた頃だ。
高卒で水商売の道に入った母は、再就職先もやはりキャバクラで、紬希は夜間保育に預けられた。それから二ヶ月も経たないうちに、母には新しい恋人ができた。
相手はまたしても店の客だったが、既婚者だった。つまり、またセカンド。愛人である。とはいえ、この時はビジネスライクな関係だったのか、半年ほどで切れ、紬希も特に嫌な記憶は無い。
その男と切れてからは、母にはひどい男ばかりが寄って来た。番が居ない状態で子どもを産んだシングルマザーのΩは、何故か同じ境遇のβ女性よりも下に見られがちだ。子どもまで孕まされておきながら、αに選ばれなかったハズレ品、というレッテルも貼られてしまう。そのくせ若いΩは容姿が良いので、遊んでやろうと近付く男が絶えないのだ。
Ωは通常、ごく若いうちにαのお手付きになることが多い為、二十代半ばを過ぎてもフリーでいるのは珍しい。特にβの男は、αしか味わえないΩの体に興味津々というのがその理由である。
ところがそういった連中は、Ωという性を持つ母に希少性を感じていながら、瑕疵品だろうと言って安く買い叩こうとする奴ばかり。
軽い鬱状態になった母は店を辞め、数年仕事が出来なかった。その数年で紬希の父から受け止った金はほぼ尽きてしまい、紬希達親子は一時的に、生活保護を受けながら暮らした。
紬希にとって唯一幸いだったのは、母と親子としての相性は悪くなかった点だ。母は学歴も無く、流され易いところがあるが、人間性は悪くなかった。散々な扱いをされ辛い境遇になっても、紬希に八つ当たりや虐待するような事はなく、母なりに精一杯、紬希を育ててくれた。だからこそ紬希も、母が男を連れ込もうが鬱になろうが、母を悪く思うことはなかった。
紬希が中学生になると、母は紬希の顔や体つきを見て、残念そうに言った。
「検査までまだ間があるけど、わかるわ。アンタもあたしと同じΩだろうね」
なぜそう思うのかとは聞けなかった。この姿を見ればそれは愚問でしかないと思ったからだ。折しも、紬希自身が自分の姿を客観視し始めた時期だった。
母によく似た、愛らしく整った顔。発育途上にある体は、同年代の男子達より、いや女子よりも、小さく細い。男子、三日会わざれば刮目して見よなんて言葉もあるが、自分に関してはそれは来そうにないなと、何となく思った。
その時の勘は見事に当たり、紬希の成長は遅く緩やかにしか進まなかった。そして高校二年の検査で出た紬希のバース性判定は、やはりΩだった。
母は紬希がΩだとわかると、少し申し訳なさげに眉を下げて、「アンタは苦労しなきゃいいんだけど」と溜息をついた。
そしてその日から母は、今まで語らなかった父とのことを紬希に聞かせるようになった。
それと同時に、αという生き物がどんな鮮烈な香りを纏ってΩに近寄ってくるのか、そしてどんな風にΩの理性を奪うのかも、何度も聞かされた。だからこそ自衛の為に、抑制剤は絶対に欠かさず飲み、肌身離さず持ち歩けと。そして、どれだけ甘い言葉で約束をくれても、果たされるまでは信じるなとも。
そして話の締めくくりには決まって同じ愚痴をこぼした。
「αはΩの為に、Ωはαの為に居るのよ。あんなβ女が居なきゃ、あの人はあたしを番にしていたはずなのに……」
それは、紬希の父親の婚約者が、βの女性だったことを指しているに違いなく、母が自分を冷酷に捨てた父に未だに未練を持っている証に他ならなかった。
そしてその呪いのような母の言葉は、紬希の中にとある価値観を根付かせた。
αはΩの為に存在し、Ωはαの為にある。その間に介入するβは排除すべき異物であると。
だから紬希は思う。
自分のαの隣に居座っていたβを排除したのは、正しい行為だった。
αである三塚に選ばれるべきは、Ωである自分なのだから。
母は番を持たないΩの女性だったが、彼女は若い頃に勤めていたキャバクラで、客の一人と恋に落ち、妊娠してしまった。客はαだったから、母はてっきり彼と番になるものと思っていたらしい。しかし蓋を開けてみれば、彼にはすでに婚約者が居た。それも、企業合併を前提とした、いわゆる政略結婚。
つまり母とは、結婚前の遊びだったのだ。
それを知った母は、まとまった金をもらって身を引く事を選んだ。いくら悔しくても、社会的地位の高いαと事を構えるのは愚か者のすること。いい事などひとつも無い。
そして、一人で紬希を産んだ。父親に認知は求めないとの条件で多めに金をもらったので、キャバクラの仕事を辞めても、生活はできた。
状況が変わったのは、紬希が三歳になり、母が再び働き始めた頃だ。
高卒で水商売の道に入った母は、再就職先もやはりキャバクラで、紬希は夜間保育に預けられた。それから二ヶ月も経たないうちに、母には新しい恋人ができた。
相手はまたしても店の客だったが、既婚者だった。つまり、またセカンド。愛人である。とはいえ、この時はビジネスライクな関係だったのか、半年ほどで切れ、紬希も特に嫌な記憶は無い。
その男と切れてからは、母にはひどい男ばかりが寄って来た。番が居ない状態で子どもを産んだシングルマザーのΩは、何故か同じ境遇のβ女性よりも下に見られがちだ。子どもまで孕まされておきながら、αに選ばれなかったハズレ品、というレッテルも貼られてしまう。そのくせ若いΩは容姿が良いので、遊んでやろうと近付く男が絶えないのだ。
Ωは通常、ごく若いうちにαのお手付きになることが多い為、二十代半ばを過ぎてもフリーでいるのは珍しい。特にβの男は、αしか味わえないΩの体に興味津々というのがその理由である。
ところがそういった連中は、Ωという性を持つ母に希少性を感じていながら、瑕疵品だろうと言って安く買い叩こうとする奴ばかり。
軽い鬱状態になった母は店を辞め、数年仕事が出来なかった。その数年で紬希の父から受け止った金はほぼ尽きてしまい、紬希達親子は一時的に、生活保護を受けながら暮らした。
紬希にとって唯一幸いだったのは、母と親子としての相性は悪くなかった点だ。母は学歴も無く、流され易いところがあるが、人間性は悪くなかった。散々な扱いをされ辛い境遇になっても、紬希に八つ当たりや虐待するような事はなく、母なりに精一杯、紬希を育ててくれた。だからこそ紬希も、母が男を連れ込もうが鬱になろうが、母を悪く思うことはなかった。
紬希が中学生になると、母は紬希の顔や体つきを見て、残念そうに言った。
「検査までまだ間があるけど、わかるわ。アンタもあたしと同じΩだろうね」
なぜそう思うのかとは聞けなかった。この姿を見ればそれは愚問でしかないと思ったからだ。折しも、紬希自身が自分の姿を客観視し始めた時期だった。
母によく似た、愛らしく整った顔。発育途上にある体は、同年代の男子達より、いや女子よりも、小さく細い。男子、三日会わざれば刮目して見よなんて言葉もあるが、自分に関してはそれは来そうにないなと、何となく思った。
その時の勘は見事に当たり、紬希の成長は遅く緩やかにしか進まなかった。そして高校二年の検査で出た紬希のバース性判定は、やはりΩだった。
母は紬希がΩだとわかると、少し申し訳なさげに眉を下げて、「アンタは苦労しなきゃいいんだけど」と溜息をついた。
そしてその日から母は、今まで語らなかった父とのことを紬希に聞かせるようになった。
それと同時に、αという生き物がどんな鮮烈な香りを纏ってΩに近寄ってくるのか、そしてどんな風にΩの理性を奪うのかも、何度も聞かされた。だからこそ自衛の為に、抑制剤は絶対に欠かさず飲み、肌身離さず持ち歩けと。そして、どれだけ甘い言葉で約束をくれても、果たされるまでは信じるなとも。
そして話の締めくくりには決まって同じ愚痴をこぼした。
「αはΩの為に、Ωはαの為に居るのよ。あんなβ女が居なきゃ、あの人はあたしを番にしていたはずなのに……」
それは、紬希の父親の婚約者が、βの女性だったことを指しているに違いなく、母が自分を冷酷に捨てた父に未だに未練を持っている証に他ならなかった。
そしてその呪いのような母の言葉は、紬希の中にとある価値観を根付かせた。
αはΩの為に存在し、Ωはαの為にある。その間に介入するβは排除すべき異物であると。
だから紬希は思う。
自分のαの隣に居座っていたβを排除したのは、正しい行為だった。
αである三塚に選ばれるべきは、Ωである自分なのだから。
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