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1 不毛な悪癖の理由

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(またハズレだったな…。)


時永 敦はあおむけになって頭の後ろで腕を組みながら、薄暗い照明の高い天井を見つめた。
バスルームからは勢いのある水音がする。
さっき迄時永を抱いていた男がシャワーで体を流しに行ったからだ。

恋人とか、そんな甘ったるい関係の男ではない。
セフレですらない。
つい2時間程前に、同性愛者の集うというバーで声をかけられたからついてきただけの相手だ。
正確な年齢すら知らないし、名前なんか更に知らない。
わかるのは、同じリーマンかなという事だけ。
いや、それも怪しいな。スーツを着ているってだけで、実は違うかもしれない。
けれど、時永にはそんな事は興味の無い事だった。

彼では、駄目だった。
それだけが全て。

時永は起き上がって、ベッド脇のティッシュを数枚掴み、尻を拭いた。中出しはさせてないけどローションが残っている。体中にこびり付いている相手の精液や唾液は既にカピカピに乾いているから、もう諦めてその上にシャツを羽織り、絨毯の上に落ちているスラックスを拾って履く。
周囲を見回すと、ネクタイがスツールに掛かっていた。今日の相手は衛生面も気にならないのか、シャワーすらさせてくれずに抱かれたから実は靴下は穿いたままだ。マニアックな趣味の持ち主なのかもしれないが、確認していないからわからない。

髪の乱れを手櫛で簡単に直して、ソファに置いていた鞄を持つ。中から財布を取り出し、万札を1枚テーブルの上に置いた。

上着ポケットからスマホを出して時間を確認する。

23時30分。

(今なら未だセーフかな。)

廊下を歩くのが足早になるのは終電が近いからだ。
タクシーで帰っても別に良いが、無駄な出費もした事だし、出来ればこれ以上の無駄遣いはしたくない。

ホテルの出入口の自動ドアを出ると、一気に生温い夜風と街の喧騒が耳に入ってくる。
連れ込まれたのはバーから近い、相手の宿泊していたビジネスホテルだった。
出張で来ているのなら後腐れも無かろうと誘いに応じたのだ。
バーで飲んでいた時から自信満々だったから、少し期待したのに、全く駄目だった。


「ヘッタクソ…。」

今回もイけなかった。相手が扱いても舐めても勃起すらしなかった。
ぞんざいに後ろを慣らされて、突っ込まれた。
相手は文字通り時永を使って数回射精していたから、それなりには楽しんだんだろうと思うが、時永は只疲弊しただけで何も楽しくはなかった。
別に相手が悪い訳では無いし、相手は相手で、反応の鈍かった時永をハズレだと思っているかもしれない。

時永はもう半年も前から、週末毎にこんな事を繰り返している。
要するに、男を引っ掛けて、寝るようになったという事だ。
時永はゲイではない。現在でも、恐らく違う筈だ。
だが、女性でも勃たなくなってしまった。俗に言う勃起不全だ。

時永がこんな事になったのには理由があった。


もう7、8ヶ月も前の話だ。

その夜、時永は高校時代からの友人達と5人で飲んだ。
その数日前に彼女に振られた時永を慰める為にという名目で久々に集まってくれた友人達に愚痴を聞いてもらいながら、時永は荒れた。

彼女とはもう3年付き合っていた。年齢的にも結婚を意識する時期だ。
互いに忙しくなってきていて中々タイミングが合わないが、落ち着いてきたら折を見て。そう考えていたのに。

『別れましょう。私、本社に呼ばれたの。』

彼女の勤務するのは外資の医療機器メーカーだ。
考えてみれば彼女は、何故時永と付き合っているのかと思う程の高スペックな帰国子女で、上昇志向も強かった。
美貌だしスタイルも良い、高学歴。帰国子女だけに語学も堪能。
最初から時永と結婚する気はなかったのかもしれない。
まずまずの有名商社に勤務する時永は、付き合う相手としては、手頃だったというだけ…。
時永は、見た目は平凡だが、清潔感のある雰囲気イケメンと言えなくもないし、本人にも そんなには悪くないという自覚もある。
気配りも出来るし、優しいとも言われる。

彼氏としては、及第点。

彼女は時永をそんな風に考えていたのかもしれない。


時永には彼女の栄転を止める事なんかできなかった。
そんな権利も無いだろう。2人は単に付き合っていただけで、婚約していた訳でも無い。お互いに燃えたぎるような気持ちがあったなら、絶対に別れない為に何らかの手段も考えたかもしれない。
だが、時永はそうしなかったし、彼女もその気は無かった。
遠距離恋愛だって、こんな熱量の無い関係じゃ、無理だ。
結局はどうしたって別れる事にはなったのだろう。
でも、こんなに突然に、勝手に別れると決めての事後通告というのはどうなんだ、という話だ。


今更そんな事を言ったって詮無い事なのに、酒が入るといやに滑らかに次々と愚痴が出てきた。
友人達はそんな時永を慰めてくれたが、1人が先に帰った辺りから、時永は酔いが回り、呂律も怪しくなった。
残った友人の誰かがタクシーに同乗して自宅迄送ってくれていたのは朧気に覚えているが、それが残った家の誰かは、既にほぼ寝ていた時永には未だに思い出せない。

只、その後 凄く気持ち良く鳴かされたという体の記憶だけはあった。

翌日、目が覚めた時 時永は部屋に1人だった。
だが、ベッド脇のローテーブルの上にはスポーツドリンクのペットボトルと二日酔いの薬が置いてあり、キッチンにはインスタントのしじみの味噌汁が置いてあった。

起き上がって歩いた時の体の怠さは二日酔いのせいだけでは無かった。腰は痛いし、洗面所の鏡で見た腰の横や後ろ辺りにはくっきりと、掴まれていたらしい手の跡があったし、何より尻の穴に何か挟まっているような違和感があったのが決定打だった。
鎖骨周辺には鬱血痕も複数あって、時永は動かぬ証拠に頭を抱えた。二日酔いで頭痛がしたというのもある。

断片的に、やたらと気持ち良かった記憶だけが残っている。彼女を始めとして、女性とは数人付き合ったし、勿論セックスだってしてきたけれど、それとは全く違う感覚だった。

体中を愛撫され、中に押し入られ、喘ぎ声が止められなかった。抱き締められた体の包み込んでくるような熱さに、妙な安心感があった。


『やっと抱けた…。』


輪郭のぼやけた記憶の中のその男の声は、吐息混じりの悩ましい呟きだった。

そしてその日以降、時永のナニはピクリとも反応しなくなった。
AVを見ながら自分で触っても、女の子とそういう事になっても。
だからある時、ふと考えた。

(もしかしたら俺の性癖が、元から男だったって事か?)

あの夜時永を抱いたのは友人達の内の誰かという事なんだろうが、探りを入れるのも何となく怖かった。
大体、何と言って聞くのか。
自分を抱いたかと全員に聞くのか?

「…無理だな。」

時永は、犯人探しを諦めて、他に自分をイかせてくれる男を探す事にした。

もしテクニシャンにあたれば、勃起させてもらえるのではないか。
それを切欠に治るかもしれない。
だって、あの抱かれた夜、時永は射精していた。


そう考えた時永は毎週末の晩、同性愛者の集まる店に行くようになった。
果たして自分がゲイなのかも確認したかったというのもある。
しかし、それから数人に抱かれてみているのだが時永のペニスが復活する事は無く、只々相手のオナホの役割を果たしているだけの気がする。
一応は確認作業に付き合ってもらっているから、ホテル利用の時は半額を出すが、今日みたいにビジネスホテルに出張で宿泊してる相手は初めてだったので金を置いて来てしまった。


「…無駄な事、してるのかもなあ。」

不毛な事をしているんだろうと思っている。
いっそクリニックにでも通った方が良いのかもしれない。

駅について、ギリギリ乗れた終電の窓から暗い景色を眺めながら考えた。

本当に友人達の中の誰かなのだろうか。状況的には、間違い無い気がする。
でも犯人探しをすべきではない。そう強く思う。


何故なら、

友人達は、皆 既婚者だからだ。








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