トライアングルの真ん中で

Q矢(Q.➽)

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2 弟なら多分順応出来た

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「どうして森の中に倒れていたのか、覚えてるかな?」

屈辱のお姫様抱っこで運ばれている道中、レイス様と呼ばれていた彼は俺にそう問いかけた。
歩く度にさらさらと揺れる銀糸の髪がきらめくのを見ながら、俺は首を傾げ、左右に振った。

「居たところ、が…違うと…思う…。」

何とか嗄れた声が出て、我ながら聞き苦しい事だなと思った。
あいつが何時も褒めてくれた声が台無しだ。
まあ、そうしたのも…あいつな訳だけど。

俺は意識がブラックアウトする直前迄見ていた湯木の顔を思い出していた。
目に焼き付いている、恐ろしくて、でもとても苦しそうな湯木の顔。ずっと俺が邪魔だったんだな…。
そんな事も気づかずに俺は彼女と…。

泣いてた…。

湯木が泣いたのなんて見た事無かったから、それにも意表を突かれて、抵抗する気力を奪われたのだと思い出した。



「居たところが違う?」

レイス様は眉を顰めて、俺を見た。
正直、俺にも何がどうなっているのかわからないから、どう説明したら良いのか。
今俺が生きてるって事は、あの後死なずに気を失って、それを死んだと思い込んだ湯木に何処かに運ばれ放置された、という推測くらいしか出来ない。
だが、何処に。ここは何処なんだろうか。
景色も、見えてきた建物も、人も、日本のものとは思えない。
でも、まさかものの数時間で男一人を抱えて外国に捨てになんて現実的でもない。
何せ、俺を助けてくれたレイス様も、連れらしい茶髪の人も、日本語を話しているんだ。日本の中の何処か、と考える方が筋ではないか。
…あ。もしかして、コスプレイヤーの人では…?
俺にはアニメやゲームが好きな中学生の弟がいるので、よくそんな画像を見ているのを覗き込んだ事があった。


レイス様は歩きながら俺をまじまじと見つめた。


「貴方、国は何方ですか?」

「え…日本…。」

当たり前の事を当たり前に答えたのに、レイス様の眉間の皺は深くなった。

「ニホン、ですか。」

「そりゃ、日本、でしょ?」

「お名前は?」

「さかした、みつる…。」

「シカシタ、ミツル…。」

レイス様が復唱した俺の名前は、確かに日本語の筈なのに何故だかとても不思議な発音に聞こえた。
そしてレイス様は、俺が理解不能な事を言ってきた。

「ミツル。貴方、どうやら…いや、十中八九、この世界の人ではないようですよ。」

「へ?」 

今度は俺がレイス様の顔を斜め下から見上げた。
この世界の人ではないって、何?

「私が今日、あの場所を通ったのは、夜明け前の祈りの時に星が落ちたからでした。」

「星?」

「まあ、お告げのようなものです。神が何かを下される時の合図のようなものですね。私にしか見えませんけど。」

レイス様の瞳が細められて、幻想的な薄い色の中に俺が写っている。
お告げ…って?俺の事を?
レイス様しか見えないって、レイス様は霊能力者か何かなんだろうか。
言われてみれば見た目は凄くそんな感じもする。
神がかった美しさと言うか…。ゲームのキャラクターみたいな。

そう考えている俺の心など知る筈もないレイス様は、尚も言葉を続けた。

「だから空が白み始めるのを待って、森へ入ってみたんです。そうしたら、貴方が倒れていた。」

「…ありがとう、ございます。」

「なんの。」

ふふっ、と笑ったその顔の流麗さ。テレビや映画で観たどんな人間にも、これだけの美形はいなかった。
やはり二次元の住人では…?それともこれ、夢?実は俺は未だ気を失ってて、実際にはあの場に倒れたままか、病院のベッドで意識不明だったりして。

そう思うくらいには、今の状況もレイス様の姿にもリアリティが無い。


「私が思うに、ミツル、貴方は、」

レイス様は細身なのにだいぶ力があるようで、森を抜けても大きな建物に入って石の階段があっても、立ち止まる事無く俺を抱えたまま上り、歩いている。
俺、平均的な身長体重で、決して軽くは無い筈なのに。
茶髪の男はその少し後ろを、静かに歩いてついてきていた。

「貴方はおそらく、此処とは違う世界から落とされた方。」

「違う世界?」

レイス様って、真面目な顔して冗談言う人なんだな、と俺は少し笑った。
だが、次に視界に入ったものを見て、俺の笑いは消えた。

「貴方の住んでいた世界とは、どれ程違うのかはわかりませんが。」

レイス様の視線の先を、俺も追った。
レイス様が俺を抱えて上がったのは、塔だったようだった。
そこから見える景色は、見慣れない建物と、海だった。

「…ピンク色の…海?」

「あれは湖ですが、貴方の世界と違う点はありますか?」

レイス様の言葉に、ハッと我に返る。夢かもしれないならこういう事も不思議ではないかもしれないと、頭の片隅に冷静な自分もいる。

「俺の世界では、水は青い、です。」

「…そうですか。」


そうだよ。空はちゃんと青いのに、水がピンクなんて事、有り得る訳ない。だからこれはやっぱり夢だ。
夢だと思っている冷静さとは逆に、この心臓の激しくリアルな鼓動は何だろう。

現実味が無い夢だと思っているのに、冷静さが崩れていく気がする。

まさか、と思う。
まさか、本当に?

死んで異世界に、って事?それとも死ぬ直前に?
異世界って、あの弟がよく読んでるライトノベルの題字とか帯でよく見た異世界転生とか、そういう? 
でも何故俺が?
もしかして死後の世界が異世界って事?

どんどん混乱して来て、冷や汗が流れる。
今、俺はどんな表情をしているんだろうか。


「貴方に起きた良くない事に、神が憐憫をかけられたのかも知れませんね。」

レイス様は俺の首を撫でながら、彼の方が哀れむようにそう言った。

「…ふ、ぐっ…。」
 
夢かもしれない、異世界だなんて考えるより、夢だと片付ける方が未だ現実的だ。そう思うのに、それが出来なかった。
俺はレイス様の首に手を伸ばして抱きついて泣いてしまった。
21にもなって、誰かに抱き上げられて、その上胸を借りて泣くなんてカッコ悪い。
そんな事わかっているのに、我慢出来なかった。
急に心細くなったからだ。

感情の波が胸の中で荒れ狂うのを、どうにも出来なかった。

そんな俺をレイス様は、何故だか優しく宥めてくれた。

「私は貴方を神に託されました。此処では私が貴方を護りましょう。
私はレイス。
このエルストゥスの国で聖女としての力を戴き、役割りを果たしている者です。」

それを聞いて急に俺の涙は止まった。
…聖女?

「…レイス様、女性なんですか?」

「まさか。」

「聖女って、女性では?」

「聖女の力を預けられたのが、たまたま男の私だったという事で。」

「…???」

涙も止まり、訝しくレイス様を見つめる俺。

そんな事ある?
いや、あるの…か?
なんかそういう特殊スキルとしての力に、男も女も無いのか?でも、なら呼び方神官とかでも良くない?駄目なのか?


俺の脳内は泣いてるどころではない疑問符で溢れかえっていた。













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