他人の番を欲しがるな

Q矢(Q.➽)

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10 許してやれない方も苦しい

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席に座って食券をテーブルの端に置くと店員が来てオーダーを確認していく。

店内の客入りはまずまずだが、運良く店内奥の隅の席が空いていた。

適度にザワついてるし音楽もかかっているから、大声でなければ聞かれる事はないと思う。


「…で、用は?」

俺はスマホをチェックしながら佳也に問う。
佳也は此方をじっと見ているようだった。視線の圧がすごい。

「…もう、こっちを見てもくれないんだね。」

「え?なに?」

何か言っていたようだが聞き取れなかった。

「…何でも。」

そう言って佳也は目の前に置かれたグラスの水を飲んだ。


「…ごめんなさい。僕が悪いのはわかってるけど…、許してはもらえないかな…。」

明石は許されなくても良いと言い、佳也は許して欲しいと言う。
対照的で面白いなと俺は少し笑った。
俺が笑ったからか、佳也も少し表情が和らいだが、もしかして誤解されたのか。

「いや、無理。」

「どうして?僕、あんな事になるなんて思わなかったんだ。何時の間にかされてたんだよ。」

自分が被害者だとでも言いたげな言い方だけれど…。

「どう見ても無理矢理ではなかったし、俺の心象的には君の方が積極的だったように見えたよ。」

「だって、それは!…本能的なものなんだから、あんなに間近で匂いを嗅がされたら…。」

「ヒートでもないのに?」

「……それは、」

「正直に言うね。
君から誘ったんだと、俺は思ってるんだ。」

俺がそう言うと、佳也は黙った。

「…アイツに何かいわれたの?僕よりアイツを信じるの?」

「あくまで俺の心象だよ。」

佳也は素直で一途な性格だけれど、それだけに突っ走りがちな所がある。
兄姉のいる末っ子のΩで、溺愛されて育ったせいか、おおらかだけど我儘でもあった。
そこが可愛くもあったのだけれど。

「俺は裏切られるのが嫌い。
知ってるよね。」

俺の言葉に、俯く佳也。

その時店員が食事のトレイを運んできて、俺と佳也の前にはほかほかと湯気の上がるご飯に味噌汁、肉野菜炒めと唐揚げが置かれた。

「いただきます。」

俺が箸を持って手を合わせると、佳也もそれに習った。
先ずは食べる。

野菜炒めを口にした佳也は、目を丸くした。

「え、何これ…おいし…。」

「良かったじゃん。」

佳也が作る食事は、美味いけれどよくわからない名前のついた洋食が多かった。
普通の庶民の家庭で育った俺の舌には、あまり馴染まないなと思ったけれど、それでも一生懸命作ってくれたものに意見した事は無い。
無いけれど、俺と佳也の味覚は少し違うのかもなと思っていた。
けれど、普通の肉野菜炒めは佳也の口に合ったらしい。
それは素直に良かったな、味覚の世界が広がって、と思う。

見た所、佳也は1週間でかなり窶れているし痩せている。
食事もろくに取れなかったのかもしれない。
それを思えば胸が痛む気もする。
が、それと彼のした事を許すかは別問題だ。

珍しく成人男性らしい食べっぷりで逆に安心する。

俺が知っている佳也は、Ωとしての生を生きる為に、Ωらしく振る舞う事に殊更心を砕いていたように見えた。

綺麗で庇護欲をそそるように愛らしく、嫋やかに。華奢で頼りなく中性的で、美しく。
より優秀なαに選ばれる為に。
そういうα達の理想の伴侶になる為に、自分達も美しく従順である必要があると、そう思っているようだった。

それだからか、付き合った当初は佳也はとても大人しくお淑やかだった。
俺はお人形さんみたいな恋人は要らないから、普通にして良いよと告げると、徐々に自分をみせてくれるようになってきて、それが嬉しくて少しくらいの我儘は可愛く思えた。
番になってずっと一緒にいるのなら、お互いの地を愛せる方が良い。

そう、思っていたのだ。
つい、1週間前迄は。




黙々と食事を進めていると、佳也がぽつりと言った。


「僕さ。本当に、暁の事、好きなんだ。
本当に、何でこんなに好きになっちゃったのかわからないくらいに、好き。」

「…。」

「だから、暁の周り全部に嫉妬しちゃったんだよね。
アイツも、友達面していながら暁を狙ってるって、わかってたから許せなくて…。」

「そう…。」

俺は唐揚げを噛みながらやっぱりムネよりモモの方が良いなあと思った。

「…嵌めてやれば、アイツが暁に嫌われて、居なくなると思ったのに。…人を陥れようなんて考えたから、罰があたっちゃったのかなあ。」

箸を下ろした佳也の目からは大粒の涙が流れ落ちて、次々と絶え間なく落ちていく。

それを慰めてやる事は、もう俺には出来ない。
戻る気もないのに中途半端な優しさを示すような真似はしたくなかった。
期待を持たせる方が、酷だ。


「何で、あんな事しちゃったんだろ…暁といられる毎日が、十分、幸せだったのに。
何で欲張っちゃったんだろ。」

「…。」

どう声をかけて良いのかわからなかった。

「…許してあげられなくて、ごめんな。」

やっとそれだけ言うと、

「…もう、駄目なんだね。」

そう言って、佳也は自分で涙をティッシュで拭った。

その姿は、寄る辺なく頼りなく、他のαならきっととっくに手を差し伸べていたのかもしれない姿だった。

それが出来ない俺は狭量だ。

佳也にはもっと器が広くて優しいαが似合う。

たかが、浮気。
一度くらい、許してやれば。
そんな気が、俺の中にも無くはない。

せめて、相手が見知らぬ他人だったなら、それも可能だったのかもしれなかったのにな、と 俺は口の中に残る唐揚げの油を熱い茶で流した。


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