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9 元恋人にも捕まる
しおりを挟む本当に今日は厄日だろうか。
明石が出て行って10分程してから、俺も店を出て帰路についた。
明石とは家も別方向だし、それくらい時間を開ければもう、かち合う事も無いだろうと思ったのだ。
会計をしている時の、店員のお兄さんの『大変ですね…。』感が、口にされずとも伝わって来て、微妙な気持ちになる。
はたから見たら恋人同士の痴情のもつれって感じに見えたのだろうか…違うからね、お兄さん。
今度こそ会社からの最寄り駅に着くという時、誰かに後ろから抱きつかれた。
うわ、と悲鳴をあげかけたが、聴こえてきた声にそれを飲み込む。
「暁!!やっと会えた…!」
「…君ら、結構気があってるんじゃない?」
「え?」
振り向くと、やはりそれは俺の、1週間と少し前迄恋人だった佳也だった。
華奢で可愛くて、ΩらしいΩ。何年も俺に片想いしてくれていたと真っ赤になって震えながらいじらしい告白をしてきてくれたのがつい昨日のように感じる。
けれど、もう俺には関係の無い人になった。
「…なんか…匂うね。もしかして、アイツと会ってたの?」
明石とはこれといって接触していなかったのに何故わかるんだろう、と思ったが、そう言えば手首を掴まれたんだったなと思い出した。
「この近くの喫茶店で、少し話しただけだ。
君と同じように、こんな風に待ち伏せされたから仕方無くね。」
俺は胴に巻き付いている佳也の腕を剥がしながら言った。
けれど、佳也はイヤイヤをするように今度は強く抱きついてくる。
こうなると佳也は面倒臭い。
自分の主張を聞いて貰える迄、とにかく意地でも退かないのだ。
俺はいい加減疲れていた。
「本当に離して。」
若干声に苛立ちが混ざっているのを感知したのか、佳也が少し怯んだ気配がした。
すかさず体を離して距離を取る。
久しぶりに見た佳也の顔には痛々しいほどの濃い隈が出来ていた。
せっかくの可愛らしい顔が台無しだな、と他人事のように思う。
まあ、他人なんだが。
あんな場面を見てしまったとはいえ、番になろうと迄考えていた相手のこんな姿を見てもこんな風に突き放して考えている俺は、本当に薄情なんだろう。
「…アイツの話は聞いてやったんだ…?」
「不可抗力でね。」
「でも、一緒にいたんだよね。」
「…まあ、そうなるね。」
たった1週間でげっそりと頬の削げた佳也の目は、以前よりも大きくなっていて、瞳だけが異様な光を宿していた。
少し、怖い。
明石に経緯を聞いていたから、佳也が明石に気移りしていた訳ではないらしいと知ったから、それならこの1週間、ずっと悩んでいたのかもしれないと想像はついた。
明石の話にも付き合ったのだから、佳也の言い分も本人から聞くべきなんだろう。
はぁ、と息を吐いて、俺は言った。
「君の話も聞けば気が済む?」
「そんな言い方しないでよ…。」
普通に言ったつもりだったけれど、今迄佳也には出来るだけ優しく接するように務めていたから、彼に興味を失くした今の俺の口調は冷たく感じたのかもしれない。
我ながら悪い癖だとは思うが、だからといってどうする気も無い。
この先会う事も無い相手に使う気遣いは持ち合わせていない。
それにしても、また喫茶店かカフェで話に付き合わなければいけないのか。
腹も減ってきたのに、とゲンナリした。
「…お腹空いてるんじゃない?」
「え。」
「この時間だもんね。僕、何か作るよ。だからマンションに帰ろ?」
見透かされた上に、怖い事を言い出した。
「彼処に?冗談やめてくれよ。」
帰ろう、という言い方も嫌だった。
彼処はもう俺の帰る場所ではないし、一緒に行ってなし崩しに丸め込まれるつもりもない。
俺の反応に大きな目にみるみる涙を溜めていく佳也。
通行人は振り返って迄二度見、三度見していくし、スマホを向け出すバカも出てきた。
いやもう本当勘弁してくれ。
「そこの定食屋にいる間だけなら聞くよ。」
俺は直ぐ近くにあった店を指した。
「…定食屋さん…。」
佳也はその店を見て、ぽかんとしている。
それはそうだろう、と思う。
佳也は結構裕福な家に生まれ育ったΩで、交際している間も、食事はきちんと格のついた店ばかりを利用したがった。
俺は美味ければそんなに拘りは無いけれど、佳也を優先していたからそれなりの店ばかりに連れて行った。
定食屋なんか、佳也は足を踏み入れた事すら無い筈だ。
「嫌なら帰ってくれて良いけど。」
そんな彼に、俺のその言葉は、随分意地悪く聞こえたかもしれない。
だが佳也は、首を振った。
「ううん、良い。僕も定食屋さんでご飯食べる。」
「…あ、そ。」
俺が先に店に入ると、佳也は後から小走りについてきた。
無理しなくて良いのに、と思う。
俺みたいな、普通の中流の家に生まれたαに何時迄もこだわっているより、明石のように先祖代々αの家系のαをみつける方が佳也は悠々自適に暮らせると思う。
俺だって給料は悪くないけど、実家が資産家かと言われたら、そうでもないからだ。
ウチは由緒正しいα家系じゃなくて、家族も親族も殆どがβ、時々Ωだ。なのに俺がαに生まれたのは、Ωだった母親の事故死した恋人がαだったからだ。
恋人というより、既に番だったらしい。
番を亡くしたΩだった母親は俺を産んで間も無く衰弱して恋人の後を追ったという。
だから俺は、その母の姉夫婦を義両親として育てられた。
誤解されたくないのは、親子仲は決して悪くはないという事だ。
義両親…伯母夫婦は善人で、情のある人達だ。
只、俺が義兄妹達に遠慮しているだけだ。
αである俺に、義両親は実子以上の愛情をかけて育ててくれたから。
それはもう、熱心過ぎる程に。
自動ドアを入って直ぐ壁際にある券売機で食券を買う。
迷ったが、ついでなので佳也にも何を食べたいのか聞いた。
「別に、席に着いてメニュー見てから決めても良いけど、どうする?」
そう聞くと、
「ううん。暁と同じので良い。」
と言われたので、俺と同じ肉野菜炒め定食と、追加で唐揚げを押した。
お上品なお坊ちゃんのお口にどれだけ合うかは知らないけどね、と思いながら、出てきた釣り銭と食券を取って、席に移動した。
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