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8 気づかれていた事を知る
しおりを挟む「やっぱり先輩、Ωだったんですね。」
真田は見た事もないような笑みを作って、俺に言った。
その言葉を聞いた瞬間、俺は自分の周囲が真っ暗になったのを感じた。
何故、何故、お前が。
何故、真田がそれを。
「先輩、何時頃からかいい匂いさせてたもんね。ホント、毎日毎日、こっちの気が狂いそうになるくらい。」
身動きが取れなかった。
知られていたのか。
じゃあ、会社の他の人達にも…?
足元がグラつく。
「大丈夫ですよ。
多分ね、俺以外、気づいてませんから。」
俺の考えている事を察したように真田は言った。
「絶対、連絡下さいね。」
真田は俺のスマホに自分の連絡先を半ば強引に登録させて、また笑った。
「お連れの人、αですね。何だか見た事あるなあ。」
真田は少し離れた場所にいる千道に目をやり、そう言った。
「でも、深い関係じゃない。」
「さな…さな、だ…。」
何故わかるんだ、お前には何が見えてるんだ。
「匂いが全然付いてないもんなあ…。」
「真田、お前…さっきから、何を…。」
舌が縺れるのを何とか動かして、やっとまともな語彙を発した。
ある可能性が脳内に導き出されつつある。でも否定したいから、決定的な言葉にするのを避けた自分の往生際の悪さにうんざりする。
けれど、それは至極あっさりと真田によって肯定された。
「わかるに決まってるでしょう。
俺も、αなんですから。」
「お前…βだって…、」
未練がましく食い下がる俺に真田は言った。
「便宜上ですよ。
でも新入社員がほんの数年で本社勤務になる時点で、皆察するでしょうけどね。」
「…」
それは、俺も引っかかっていた。本社役員の親族なのかとか。
でも、真田は確かに優秀だった。
教えた事は直ぐ覚えたし、吸収が速かった。
それが全て、αの特性故であったというのなら、今なら納得出来る。
……つまり、俺は…自分にとって、最も危険な相手と、最も近しく接していたという事なのか。
全身が総毛立ち、体が小刻みに震えた。
異変を感じたのか、千道が立ち上がった気配がした。
「おっ、と。
あのα、近しくはないけど先輩に好意を持ってるみたいですね。
…無駄なのに。」
頭頂から脂汗が流れ出すのを感じる。
額に、頬に、顎に、首筋に、背中に。
真田は俺の顎に滴り出した汗を右手の人差し指の腹に取り、それをぺろりと舐めた。
「やっぱり先輩が一番美味い。」
もう俺は卒倒しそうだった。
「先輩、連絡、絶対下さいね。
あの余計なコブは絶対寄せ付けないように。」
千道が動いた気配と同時に、真田はにこやかに手を振りながら去っていった。
俺を囲っていた重圧感はほんの数秒だった筈だが、俺は酷く消耗していた。
「大丈夫ですか?
座りましょう、咲太さん。」
俺の様子が余程おかしかったのか、駆け寄ってきた千道は慌てたようにそう言った。
多分、肩を貸したり支えてくれたいんだろうが、俺に気を使って、触れないんだろう。
でも俺はそれどころではなかった。
「すいません、少し…掴まって良いですか?」
「!!は、はい!!」
千道の上腕二頭筋すご、と頭の何処かで思いながら、俺は子供達の待つベンチ迄歩いた。
「だいじょうぶ?パパ、どっかいたい?」
暫く座っていると、莉乃が心配そうに覗き込んできた。
この子は本当に賢いな。
俺が戻って直ぐに騒いだりせず、少し落ち着くのを見計らって声を掛けてきた。
「大丈夫。もう収まってきたよ。」
これは本当だ。
千道が近くの自販機で買って来てくれた水を少しずつ飲んで、座っていたら先程の重苦しい何かは徐々に霧散した。
アレは、何だったんだ。
横で嵐くんを膝に乗せて、俺を気遣わしげに見ている千道が、
「車に戻りますか?猫ランは、また来たら良いでしょうし…。」
と言い出し、俺は慌てた。
子供達がこれだけ楽しみにしているのに俺のせいで途中離脱だなんて!
「いや、そんな。大丈夫です!」
そう答えた俺に、千道は膝の上の嵐くんを無言で指差して、苦笑いした。
嵐くんは寝てしまっていた。
「3歳児ですからね。
幾つかアトラクションこなして、ご飯食べたら眠いんですよ。多分、莉乃ちゃんも。」
「…あ…。」
確かにそうだな。
お昼寝だって、そろそろしてる頃だろうし。
「だから、ね。1日で無理するより、何度も来る方が、また次回の楽しみもあるでしょ。」
千道はそう言って、首を傾げた。少しドキッとする。
…この人って、たまにこういう仕草を自然にするんだよな…。
邪気の無い表情とか、そういうのがしっくりくるのは育ちのせいなのか、本人の資質なのか。
そういうのを見ると、憎めないなと思ってしまう。
そして、こういう人に、男だからと言うだけで変に構えてしまっていた俺の方が、偏見に満ちているんだと思い知らされる。
「そう、ですね。
そんなに遠い訳でもないですもんね。」
俺がそう言いながら莉乃の様子を見ると、莉乃は逆に嬉しそうだった。
「またくるの?
ならもうきょうはねてもいい?」
「…そだな。今日はもう帰ろっか。」
帰りの車内で俺と千道は、3歳児を連れてフルは無理、と結論を出し、次回からも午前か午後どちらかだけの予定を組む事で落ち着いた。
遠方から来る他所のファミリーなら、滞在日数の予定などもあり 無理してでも遊ぶんだろうが、俺や千道は幸いにもそう遠くない場所に住んでいる。
「また来月あたり、予定組みましょう。」
「そうですね。」
それから俺と莉乃は、行きで迎えに来てもらったのと同じ、マンション前で降ろしてもらい、今日のお礼を言って別れた。
千道はずっと俺を心配してくれていたので、何だか申し訳無い。
薄々わかってはいたんだけど、彼はなんだかすごく優しい人だ。
毛嫌いして、申し訳なかったな…。俺はこれ迄の自分の態度を反省した。
部屋に戻って、抱えていた莉乃をソファに降ろして寝かせて、その傍に腰を下ろした。
一気に疲労が来る。
数時間しか動いてないのに体力不足だろうか。デスクワークだから体が鈍るんだよな、と反省する。そして思い出した。
…さっき、千道の腕、凄かったな…。
そして考えた。
俺、今日 自分から千道に触れたのに、平気だった。
千道に触れられた時も、平気だった。
千道には、拒否反応が出なくなっている…?
そう考えて、その後、再会した真田の事を考えて、ズンっと全身が重くなるのを感じた。
真田は、αだった。
俺が未だ自覚していなかった時期に、既に俺のバース性を認識していた。
それが、何を指すのか。
スマホを鞄から出して、眺めた。
真田の連絡先を入れられてしまった。
しなければ、いけないんだろうか、連絡…。
あんなにウマがあった相手だったのに、今日は何だか全く知らない相手のように感じた。
あの頃とは別人のように、恐ろしいと思った。
いや、もしかして、あの頃からあんな奴だったのか?
俺は何だかとても大事な事を、見落としている気がする。
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